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その9

 軍服に着替えたノルンが姿を見せると、ハールはあまりの変わりように短く口笛を吹いた。

 ナポレオンカラーの襟元から覗く白いスカーフが凛とした気品さを感じさせる。膝丈のブーツがほっそりした脚を強調していた。皆お揃いの服も、着手によってこうも違うのかと立派に映ったからである。若干サイズが合わないのが残念だが。


「ぼくは何をすればいい?」


 ノルンが尋ねた。


「さっきの調理場に行って飯の準備を手伝ってこい」

「隊員って、食事の支度をするの?」

「それが新入りの仕事だ。つべこべ言わずに行け」


 蹴飛ばされた尻をさすりながら、ノルンはリドの元へ向かった。そこは夕食時ともあって、戦場のような忙しさに誰一人ノルンに気付く者がいない。ぽつんと調理場の入口に立っていると、ようやくリドがこちらを見ると、ふくよかな体をくねらせて狭い通路を器用に歩いてきた。

 

「おや、随分と立派におなりだね」

「手伝いに来ました」

「それじゃあ、服を脱いでおくれ」

「えっ!?」


 服を脱ぐのと何の関係があるというのか、ノルンが立つ竦んでいると


「せっかくの軍服を汚したら大変だろう? ほら、これに着替えな」


 リドが押しつけたのは赤いエプロンだ。身体検査でもされるのかととんだ勘違いに、ノルンは耳まで真っ赤になる。

 - なんだ、そういうことか。

 紫紺の上着とスカーフを外して白いシャツにエプロンを付けるや否や、腕を引っ張られてずんずんと調理場の奥へ連れていかれた。


「今日から入隊した新入りだよ。いろいろと仕事を教えてやりな」


 背中を押されてたたらを踏んだノルンが顔を上げると、一斉に集まる目の多さにごくり唾を飲む。


「ノルンです。よろしくお……うわっ!!」

「時間がないんだよ。こっちへ来な」


 挨拶もそこそこに、ノルンはまたもやリドに腕を掴まれた。連れて来られたのは、山と積まれたジャガイモだ。百人は軽く超える大所帯なのだから食材も半端ない。


「これを剥くんだよ」

「全部……?」


「当り前さ」と吐き捨てて、リドはさっさと自分の持ち場へ戻っていった。三人暮らしだったノルン達に比べて、膨大な数に圧倒されるが、ユミルと一緒にしていたので作業自体は大したことではない。作業台の上に置いてあるピーラーを手に取り、椅子に座って剥き始めた。

 単調で同じ姿勢なので、時々首を回して固まった筋肉をほぐしてまた作業を続ける。没頭していたら、あっという間にすべてのジャガイモがつるつるの実に変わった。

「ふう」とノルンが大きな息を吐くと、聞きつけたリドがかごから一つ取り出して目の高さに持ち上げた。リドもその道のプロで、剥き方一つで普段料理に携わっているか否か見極められる。


「なかなかうまいじゃないか」


 感心した口調を合図に、次々とあちらこちらで催促の声が上がった。どうやら、使えるとリドのお墨付きが出たようだ。


「リド姐さん、今度はこっちへ来させてよ」

「洗い物がたまっているんだ。こっちが先だよ」


 ノルン争奪戦があちらこちらで繰り広げられて、お陰で初日から慌ただしく調理場を走り回る羽目になった。


 あとで知ったことだが、ノルンが手伝っていたのは夕食ではなく夜勤者の食事だという。二十四時間で国境を守る騎馬隊は、二交代勤務となっている。リド達も早番、遅番とシフトを組んで、朝昼夕の食事を作り、夜になるとみんな各々の家へ帰っていくとのことだ。

 話を聞くと、王女だった頃を思い出す。侍女や庭番、料理人がせわしく王宮を動き回り、特に王である父の元には様々な役職の者達が近くに控えていた。

 一年間の逃亡生活を経て、ノルンは時々思う。もし、自分達が王族ではなくごく一般の家族だったらどんな未来が待っていただろうかと。

 父は無残に死なず、母は体を壊さずにすんだだろうか。

 - もう考えるのはよそう。

 すべては過去の栄光と独りよがりの妄想に過ぎないのだから。



 夕食の支度が整う頃には、西の空が茜色に染まり一番星が煌めいていた。部隊にラッパの音が鳴り響くと、隊員達がどこからともなく一斉に食堂へ集まり出す。

 ノルンも調理場からやっと解放されて食事にありつけた。長いテーブルに置かれた料理や主食を自分達でよそうしくみになっている。ノルンもトレイを持って並んでいると、華奢で端麗な容姿はたちまち隊員達の注目の的となった。好奇の視線に耐えながら、遠慮がちに隅の方へ座ると正面に気配を感じた。


「元気でやってる?」

「エルデイルさん」


 エルデイルは真向かいに座る。半日経っただけなのに、もう一週間ほど会っていない錯覚に陥った。それだけ今日一日がやたら長く感じたのだ。


「仕事は慣れた?」

「調理場を手伝っていました」

「ふうん。新入りはなにかと雑用を押しつけられるものね」


 エルデイルが溢れんばかりの量を皿によそっているので、隊員達が遠巻きにぎょっとした。


「そのじゃがいも、ぼくが剥いたんだ」


 彼女がフォークで刺したジャガイモを指差して言う。


「へえ、やるじゃない」

「ただ剥いただけだよ?」

「ここまで形が残っているだけでも立派よ」


 逆に訊きたい。形が残らない剥き方とは……。エルデイルは、メスさばきは慣れているのに包丁になると苦手らしい。


「よお、あのおばさん達からよく生還できたな」


 聞き慣れた声の持ち主はハールで、ノルンの隣に座ってきた。


「お前も可愛い顔して隅におけねえな」


 肘で小突いて小声で囁いた。


「なんの話?」

「とぼけるなって。あの女の人を紹介してくれよ」


 熱い視線の先には、テンポよく料理を口に運ぶエルデイルがいる。


「ど、どうも。俺、ハール」


 彼女がにっこり微笑むと、しどろもどろで自己紹介をした。


「私はエルデイル。ノルン同様新入りだからよろしく」

「エルデイルさんも隊員なんですか!?」


 ノルンにエルデイル。今回の新入りは美形揃いだとハールが驚いていると


「残念ながら医者なの。具合が悪くなったらいらっしゃい」

「はい!!」


 エルデイルはいつの間にか食べ終えて、「じゃあね」とノルンに挨拶して席を立った。ノルン達の視界が消えると、ハールはノルンの首に腕を巻きつけて引き寄せた。


「おい、彼女とどういう関係だ?」

「この間、ひったくりからエルデイルさんの鞄を取り返しただけだよ」

「本当にそれだけか?」


 疑いの眼差しと探る言い方に、ノルンはしらを切り通す。


「信じないなら、エルデイルさんに直接訊けばいいだろ?」

「わかったわかった。信じてやるから、仲良くしようぜ」


 新入りの教育係を押しつけられて不満だったが、その新入りのお陰で美女とお近づきになれた。疫病神とばかり思っていたが、実は福の神かも知れない。

 にやけ顔が戻らないハールを無視して、ノルンは食べ急いだ。



 その頃、フォルセティは食堂へ行くついでに武具屋へ寄った。ちょうど店の入り口を戸締りする老人と鉢合わせる。


「もう店じまいか」

「飯くらい食わせろ」


 フォルセティの軽口を、ガラールはしかめっ面で返した。歩き出した彼等の足元に不揃いの影が伸びる。


「ノルンとかいう新入り、お前の趣味か?」

「まさか。気に入っているのはエルデイルの方さ」

「あやつ、人を見る目だけは昔から長けておったからのう」


 思い起こせば当たっているかも知れないと、フォルセティは苦笑いした。



 





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