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その57

 ノルンは馬に乗っていた。

 隊長室に缶詰だったノルンは気分爽快で、惜しからずは薄い雲が広がっているのと湿り気を帯びた風。公休以外、単独で部隊の外に出るのは禁止なので、隣にいるのはハールとケルムトである。久しぶりのトリオ復活は、フォルセティの命令で成り立った。もちろん遊びではなく、国境回りの警らである。軽快に馬を駆るノルンに、あとの二人は追いかけるのに必死だ。


「おいおい、そんなにはしゃぐなって」

「ぼくじゃなくて、この子に言ってよ」


 退屈していたのはノルンだけではない。厩舎に来る度、出番がない愛馬はブルルルと鼻を鳴らして文句を言っていた。その鬱憤を晴らさんばかりに駆け抜ける。やっと足並みが揃った三人は昼食をとることにした。馬から降りて、木陰に座るとノルンはリドから預かった包みを各々渡した。


「これ、ノルンの名前が書いてるぜ」

「ほんとだ。ほかの二つにはないね」

「また、お前だけ贔屓しやがって」


 みんなクラブサンドイッチだが、ハールの予想通りノルンだけ鶏もも肉が余分に入っている。『ノルン専用!! ミーミルより』の紙切れにハールが騒ぎ立てた。ケルムトが自分のベーコンを抜き出して差し出すと


「いらねえよ!!」

「じゃあ、ぼくのと代えてあげる」

「なおさらいらねえ!!」


 がむしゃらにサンドイッチを食べ始めたハールに、二人は顔を見合わせて肩を竦める。


「お前って、随分罪なやつだな」

「えっ?」

「本命は誰だ? ミーミルか? 隊長か? まさかエルデイルさんってことはないよな?」


 ケルムトの手が一瞬止まった。無関心を装っているが、実は聞き耳を立てているのだ。


「ミーミルは友達だよ。隊長は......」


 フォルセティとは入隊から何かと関わっている。困ったことがあったら助けてくれて、借りも返しきれないほどだ。だから、悩みがあるなら少しは自分に分けてほしい。頼りなくても、せめて話してくれれば一緒に考えるくらいは出来るのに。一人の胸に仕舞っておくには苦しくて、ハールとケルムトに思いの丈を打ち明けた。ハールは腕組みしてしばらく考えていた。


「隊長は何も言わないけど、ノルンを結構頼っていると思うぞ」

「そうかな」

「俺もそう思う」


 まったくといっていいほど意見しないケルムトが賛同した。


「ケルムトが言うなら信じる」

「お前なあ」


 三人は声を立てて笑った。フォルセティとノルンがぎくしゃくしているのは、ハール達も気にしていたのだ。この時ノルンは、仲間の存在をとても有り難く感じた。

 昼食と休憩を終えて、三人は国境沿いの森林に寄った。以前、密売人を森林保護隊と共に捕らえた場所でもある。進もうとするとケルムトが手で制し、その直後草が揺らす人影を見つけた。ハールは二人に無言で手信号を送り、馬から降りて方から様子を窺う。次第に物音が近づき、存在を確認したところでハールは抜きかけた剣を鞘に納めた。


「アルクルのおっさんか。おどかすなよ」

「そりゃこっちの台詞だ」


 相手はそれこそ森林保護隊のアルクルで、お互いの連れが姿を現した。ノルンが会釈すると、アルクルも笑顔で返す。


「あの時は世話になったな」

「ぼくこそ助けてもらい有り難うございます」

「俺もいるんだぜ」


 イズンが、出会った頃と同じくおもしろくない顔でやってきた。


「イズン、久しぶりだね」

「たまには顔見せろよ。薄情なやつだな」

「ごめん。イズン達も警らに?」


 密売人の件もあるが、また不審者を見かけたという報告があるとのことだ。ノルンはなぜか、毒矢で倒れたのを思い出していると、アルクルが肩をぽんと叩いてきた。


「お前さんは弓の腕がいいらしいな。今度、狩りをしよう」

「はい」

「それまで達者でいろ。フォルの坊主によろしく」


 フォルセティの話では、アルクル達も心配していたと聞いている。人は独りでは生きられない、人により生かされている。想いは、ノルンの胸にずっしりと収まった。


 部隊へ戻ってきたノルンは隊長室へ向かう。


「どうせ、隊長室に帰るんだろ? ついでに報告も頼むな」、とハールが押し付けたからだ。隊長だからといって常に隊長室にいるとは限らない。しかも、相手はフォルセティで神出鬼没だ。ドアをノックすると、返事が聞こえたので胸を撫で下ろす。


「ただいま戻りました」

「ご苦労。変わったことは?」

「アルクルさん達にお会いしました。また不審者の情報が寄せられたので、警備を強化しているそうです」


 不審者と聞いて、フォルセティのペンを持つ手が止まった。しばし神妙な面持ちで、じっとノルンを見つめた。


「お前、誰かに恨まれていないか?」


 不意の質問に、ノルンは面食らいつつも記憶を辿る。


「こういう職業だ。人知れず恨みを買うこともある」


 ノルンは、彼を殺そうとした踊り子を思い出した。巡業の楽団に紛れて、夫の敵を取る機会を窺っていたという。その後、討伐した賊の妻と取り調べで分かった。世間では悪と見なされる男も、この女にとってはかけがえのない家族だった。立場が入れ替われば正義も変わる。

 フォルセティは「気にしていない」と言っていたが真意はどうなのだろうか。


「アルクルのおっさん、何か言ってたか?」


 場が重くなるところで、フォルセティが話題を変えた。


「隊長によろしくと」

「そうか」

「それから、今日はありがとうございました」


 突然礼を言われて、フォルセティがきょとんとした。警らの件だと説明すると、「あれくらいで」と彼が小さく笑う。本来の任務をさせたまでで、特別や贔屓でもない。だが、気が置けない仲間と馬で駆け回り、相談できたり充実した一日が送れた。こんな心遣いがあるから、フォルセティは嫌いじゃない。最初は何かと衝突していたが、味方なら頼もしい。

 ノルンがいなくなると、フォルセティはまた神妙な顔に戻った。不審者とノルンを襲った者がどうも引っ掛かり嫌な予感しかしない。クリムヒルトやガルーラ曰く、不穏な空気に鼻が利くらしい。数ある賊の中で一番狂暴なヴァン賊と手を組んでまで、ノルンを葬ろうとする狙いは何か。彼女の出生に関係するのか。隊員の事情にお互い干渉しないルールだが、命が関わればそうも言ってられない。

 フォルセティは机に置いた二本の剣を見つめた。この先、いつか抜くことがあるだろうか。


 ノルンは、ハールとケルムトに礼を言うべき宿舎を覗いた。二人に相談したお陰で気持ちが軽くなり、フォルセティと構えずに接することができた。二人は私服に着替えて、街に繰り出して酒場に行く準備をしていた。ハールはともかく、ケルムトが他人と酒を飲むとは意外である。長い付き合いなので、たまにあるらしい。一方的にしゃべるハールの隣でケルムトが静かに飲む構図が目に浮かぶ。

 ノルンも誘われたが断った。警らでいなかった分仕事が溜まっていたし、男同士の酒の場に割って入る勇気もない。ワインより葡萄ジュースの方が旨い、なんて言ったら「お坊っちゃまだもんな」と笑わそうだ。

 ハール達を見送って、宿舎を出たノルンはしばらくしてミーミルに出会った。


「ちょうどよかった。作りたての葡萄ジュースがあるの。一緒にどう?」

「うん」


 ノルンとミーミルは、横たわる丸太の上に並んで座った。手渡されたコップに口に付けると、芳醇な酸味と甘さが喉を潤す。やはり、酒よりこっちの方が性に合っている。







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