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48/62

その48

 ヘズが悲鳴を上げるより早く、ノルンが追い掛けた。履き込みが浅い女物の靴は脱げやすく、ワンピースの裾がまとわりついて走りづらい。次第に差が広がり焦る状況で、ふっとエルデイルとの出会いを思い出した。あの時も彼女のバッグを奪って逃げる男に、じゃがいもを投げて足止めしたのではなかったか。

 ノルンは、店頭に並んでいたりんごを一つ掴んで大きく振りかぶる。そして、投げ下ろしたりんごは風を切り物凄い勢いで引ったくりの後頭部を直撃した。その威力の凄まじさは、衝撃音とつんのめる男が物語っている。ノルンはりんごとバッグを拾って、白目を剥く男を見下ろした。


「相手が悪かったね」


 どや顔が決まったところに、自警団が駆けつけるのが見えた。彼らとは宝石をめぐりひと悶着起こしているので、こんな格好で事情聴取されたら笑い者にされるだろう。ノルンは逃げるようにこの場から立ち去った。その様子に、数人の自警団員が何か叫びながら追い掛ける。追う側と追われる側、わずかな時間で逆転したノルンは全力疾走で逃げ出した。

 相手を撒くことばかり夢中になって、前を見ていないのがいけなかった。角を曲がったところで出会い頭に人とぶつかり、ノルンはしりもちをついた。


「大丈夫ですか!?」


 降ってきた若い男の声に、ノルンは悲鳴を上げそうになった。


 ー た、隊長!? どうして!?


 思いがけないフォルセティの登場に、咄嗟に俯いて顔を隠した。その仕草が彼の心配を誘う。怪我はないかと聞かれて、首を小さく横に振った。差し伸べられた手に掴まると、力強く引き寄せられる。勢い余ってフォルセティの胸に飛び込み目が合った。何度も本質を見抜いた狼眼ウルフアイ、果たして今回はどうか。


「お前、ノルン……か?」


 やはり気付いた。かつらや服装に惑わされることなく、しかも時間がかからなかった。つい嬉しくなり頷くと、フォルセティは信じられない顔で笑い出した。


「上手く化けたな。いや、待て。なんて格好してんだ?」

「これには事情がありまして」

「だろうな」


 ノルンの行動は頭を抱えることが多いが、必ず理由がある。事情がなければ、今後の付き合いを考えるところだ。


「あっ!!」


 ノルンが叫んだ。視線の先には自警団の姿が見える。狼狽える様子から、また問題を起こしたらしい。「今度はなんだ?」とため息交じりに聞く。


「ぼく、わたしはただ引ったくりを……」


 かなり動揺してもはや一人称が定まらない。状況が分からないまま自警団に囲まれた。


「その女をこちらへ引き渡してください」


 ノルンがフォルセティのコートをぎゅっと握り締めた。自警団とは何かと因縁がある二人で、帽子の下にあるノルンの表情は硬い。どちらにつくか、フォルセティの腹はとうに決まっていた。


「こいつは俺の知り合いだ。用があるなら俺を通してくれ」

「この街では見掛けない者です。そのバッグの中身を改めなければいけません」

「これは引ったくりから取り返した物です」


 ノルンが言った。


「だったらなぜ逃げた? 疚しいことがなければ応じるはずだ」


 自警団がノルンに詰め寄ると、フォルセティは間に割り込んだ。


「そんなおっかない顔で迫られたら、誰だって逃げたくなるさ」


 人相の悪さで、国境騎馬隊がどうこう言えた義理ではない、自警団全員心の中で反論した。


「それとも、俺の言うことは信用ならないとでも?」


 フォルセティは、歳は若いが階級も組織の規模も上である。しかも、『海光石』の一件で苦汁をなめているので強く出れずない。責任は彼が取ると言い張るので、自警団員は渋々引き下がるしかなかった。

 またフォルセティに借りを作ってしまい、ノルンはますます肩身が狭い。


「申し訳ありません」

「なんで謝るんだ? 何も悪いことしていないんだろ?」

「はい。でも、また自警団に疎まれてしまいました」

「神妙になるな。気持ち悪い」


 フォルセティが眉をしかめた。そこへ、大きく息を弾ませたヘズが追いついた。


「ノーランさん、大丈夫かい?」

「おばあ様、はいこれ」


 ノルンがバックを渡した。


「取り返してくれたんだね。怪我はなかったかい?」


 ヘズはノルンの肩を撫でて労った。突如現れた第三者に、フォルセティが事情を飲み込もうとしているとヘズが向き直った。


「その服、あなたも国境騎馬隊の人?」

「ええ、まあ」

「うちの孫も働いているんだよ。ハールっていうんだけど知ってるかい?」

「おばあ様、この方は隊長です」


 ノルンが教えると、ヘズの表情が驚愕に変わった。孫と歳が違わないのに大したものだと感心した。


「ちなみに、こちらはハールのおばあ様」


 今度はフォルセティに耳打ちする。


「で、お前は?」

「ハールの恋人、ノーラン……です」


 フォルセティはすべて察したようで、「なるほど」と呟いた。また厄介事に巻き込まれたら敵わんと、彼は警らの途中だからと任務に戻っていった。間もなく、苛立ったハールが現れた。飲み物を買ってきたら二人がおらず、三つのコップを胸に抱いてあちらこちら探したらしい。ヘズがは宥めながら、これまでの経緯を説明した。ハールはようやく怒りを解いて、今度は複雑な表情を浮かべた。事件は解決しても、隊長にばれてしまったのだ。恋人がいないので、代役で身内を安心させた。しかも、後輩である男のノルンに。フォルセティが他言したりネタにすることはないが、女から言い寄る彼からしたらどう思われたことやら。男のプライドがいささか傷ついたハールは後頭部を掻いた。


 いろいろ街並みを案内したいところだったが、三人は昼食をとることにした。なんだかんだで、すっかり遅くなっていた。賑わう人の群れを背にして路地裏へ入る。大きな店舗が並ぶ大通りと違い、こじんまりとした古い店が軒を連ねている。昔ながらの専門店があり通うのは常連で、昼時だというのに人はまばらだ。ノルンを先頭に数軒通り越してたどり着いた。店の中はカウンターとテーブルが三つ、しかしながら狭さはなく全体的にゆったりした空間が落ち着く。

 実は、祖母を連れていくなら大広場沿いにあるレストランとハールは決めていた。こだわりの食材で作る贅沢な料理は目も舌も楽しませると評判だ。値段がく正装での入店となる。


「な、いいだろう?」


 どや顔のハールとは対照的に、ノルンは渋い表情だ。


「おばあ様は長旅で疲れているから、もっと寛げる所がいいんじゃないかなあ」


 確かにそのレストランだと談笑する雰囲気ではない。王女だったノルンはともかく、ハールやヘズがテーブルマナーを熟知しているとも思えない。ヘズは田舎で慎ましく暮らしてきた。行儀に無頓着ではないが、最低限の作法しか知らない。何本ものフォークやナイフに気を使う余り、せっかくの料理が味わえなくなるのはつまらない。

 ノルンの提案により、ケルムト馴染みのこの店に変更した。よく通うらしく、ケルムトを捜しにやって来た恋人マーニも連れてきたという。案内された席に着くと、ヘズは疲れと共に大きな息を吐いた。


「ふう。人に酔ったよ。あんなたくさんの人は村にいないものだから」


 「いい店だね」と辺りと見回すヘズに、選択が間違っていなかったとハールとノルンは笑みを交わした。

 





 




 



 

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