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その45

「ぐおおぉぅ!!」


 男が力を込めて矢を抜くと血が噴き出した。脂汗まみれの顔に血走った眼球はノルンを睨みつけている。恨みを晴らすべく近寄る男にノルンは硬直した。今までは援護射撃で見えない敵を狙っていた。だから、自分が傷つけた相手を目の当たりにして恐怖を覚えた。高揚が喪失していく気持ちを悟られないように弓を構え直してみたが勝手に手が震える。


「ガキがなめた真似しやがって!!」


 猛然と襲いかかる男に、ノルンも剣を抜いて応戦した。得物がぶつかり合い散った火花にあの台詞が閃く。

 

 怖いか? 辞めるなら今だぜ

 

 怖くないと言ったら嘘になる。だが、この恐怖を乗り越えた先に本当の強さがあるなら戦わなくてはならない。ここで引き下がれば何も始まらない。

 萎えていた高揚が舞い戻り、再びノルンの瞳が輝いた。


「うおぉぉぅ!!」


 雄叫びを上げて剣を振り払う。男が丸腰になったところへ全体重をかけて横っ面を殴りつけた。生々しい感覚が拳の痛みとと共に残った。再起不能とまでいかなくともしばらく動けまい。ノルンはすぐさま二人を探した。

 ケルムトは苦戦していた。得意な槍は密集した木々の森では使えず、負傷したアルクルを庇っては不利である。ちらっと見た方向にイズンが男と揉み合っていた。必死に受け止めた剣がじりじりと押されて鼻先まで迫っている。

 バシュッ!!

 男が剣を握っている腕に矢が刺さった。イズンが逃げた隙に、ノルンは間髪を入れず男の胸元へ射る。急所を外しているから命に別状はないだろう。


「怪我は?」

「だ、大丈夫だ。助かった」


 反撃に備えて合わせたノルンの背中がかすかに震えていた。気丈に見えてもイズンと同じ実戦経験が乏しい新人隊員に変わりはない。恐怖を感じないわけがなかった。

 ー こいつも怖いんだな。

 こんな細い体でも勇敢に戦おうとする姿にイズンもまた自身を奮い立たせる。

 

「俺はいいからケルムトを援護しろ!!」

「でも……」

「お前ばっかりいい格好させるかよ」


 イズンの見え透いた虚勢にノルンは迷った。しかし、状況はケルムトの方が圧倒的に危機である。ノルンは彼の肩をパンと叩いて走っていった。

 ノルンは連射でケルムトを援護しつつ、荒い息で座っているアルクルに寄り添う。虚ろな目がノルンに向けられた。声は出ないが「すまない」と唇が小さく動いた。


「ケルムト、ここは任せて」

「頼んだぞ」


 ケルムトが水を得た魚のように飛び出して迎え撃つ。それでも劣勢は変わらないかと思われたときだった。


「ケルムト、生きてるか!?」


 聞き覚えのある声に、ケルムトとノルンの顔が輝いた。駆けつけたのは森林保護隊とハール、無意識に探すもう一人。


「油断するな!!」


 黒髪を靡かせるフォルセティに安堵する。苦戦という暗雲が晴れて、勝利を導く一筋の光が差し込んだ。

 二人はアルクルを背に隠して守る体勢に入った。そばにいるだけでこんなに心強いのかと改めて思い知った。


 駆けつけた仲間の参戦で一気に形勢が逆転し、男達が拘束されて終結した。ハール達が密売人を連行して、続いてアルクルが担架で運ばれていく。ノルンが見送っていると隣にフォルセティがやってきた。


「あとはエルデイルが頼りだな」

「はい、隊長」


 いきなり顔を両手で挟まれてこちらを向かされた。目の位置が同じで距離も近い。ノルンと違って華やかな印象はないが男らしい端正な顔立ちに異性を意識した。見つめられて紅潮するのが自分でも分かる。女の子みたいな感情に、心が弱ったせいだと必死に言い聞かせた。そうでなければフォルセティにばれてしまいそうだ。


「な、なんですか? つっ!!」


 いつの間にか付いた頬の傷を触られて顔を顰めた。ひりつく痛さで胸の高鳴りも消し飛ぶ。


「早く手当てしろ。綺麗な顔が台無しだ」

「別に構いません」

「母親が悲しむぞ」


 返された一言に、ノルンはユミルの存在を思い出して項垂れた。一緒に暮らしている頃もノルンの荒れた手やかさついた頬を嘆いていた。今会ったら泣き崩れる姿が目に浮かぶ。


「そうですね。そうします」


 素直に聞き入れたノルンの頭を撫でた。


「よく頑張った。みんなを救ったのはお前だ」


 優しい声色と求めていた言葉に、恐怖と緊張の糸がプツリと切れた。生死の狭間は今回が初めてではないのに体の震えが止まらない。本当は死ぬほど怖かった。怖くて逃げ出したい気持ちを隠すため、自分と仲間を鼓舞し続けてきた。フォルセティの声が支えだった。

 

「ぼくは……、ぼくは……」


 溢れる涙にしゃくり上げて言葉にならない。みんなを救ったのはフォルセティ達で、自分がもっと強かったらアルクルが瀕死の重傷を負うこともなかったかもしれない。


「もしも、とか考えるなよ。自分の力を過信するな」

 

 図星だったノルンは涙と鼻水まみれの顔を上げた。「ほら」と彼が渡したハンカチで拭う。


「引き上げるぞ。ノルン、帰還の合図だ」

「はい」


 ノルンの吹いた警笛が静寂を取り戻した森に鳴り響いた。



 あれから数週間後、医務室で養生していたアルクルが退院するという知らせを受けた。完治していないが傷がほぼ塞がったので、自身の部隊で治療するとのことだ。ノルンが医務室を訪ねると、フォルセティと迎えに来たイズンがいた。


「よお」

「やあ」


 二人は短く挨拶を交わす。


「アルクルさんは?」

「エルデイルが診てる。もうすぐ来るだろう」

「もう歩いて大丈夫なんですか?」

「体だけは頑丈だからな」


 互いに顔を見合わせて笑っていると


「お前ら、俺の悪口で盛り上がっていただろう」

 

 アルクルがエルデイルに支えられて現れた。二日間生死の境を彷徨っていたとは信じられないほどの回復である。


「まったく、躾がなってねえぞ」

「その躾がなってないやつに助けられたんだ、感謝してほしいな」

「違いない」


 一緒に来たフォルセティににやっと笑ってみせた。そして、ノルンに向き直り深く一礼する。


「お前のお陰で命拾いした。礼を言う」

「こちらこそ。アルクルさんがいたからぼく達も戦えました」

「機会があったらまた一緒に任務に就きたいものだな」

「はい」


 アルクルが差し出した手をノルンが握る。大きく分厚い掌が細く小さな手を包み込んだ。

 ノルンは去っていく二人に大きく手を振った。出会った頃は頑なだったイズンも笑顔で応えてくれる。仲間と認めてくれた証だ。


「やっと一人片付いたわ」


 エルデイルは大仕事を成し遂げて、達成感というより疲労が勝る。瀕死の重傷から歩けるほど回復したのは、アルクルの体力もそうだが医療の技術によるところも大きい。彼女が治療に携わなかったらアルクルはここにはいないだろう。そのくらいの状態で運ばれてきた。

 ノルンからも礼が言いたくて振り返ると、エルデイルがフォルセティに寄り添って話をしている。

 

「あなた達が一緒だと必ず面倒なことになるのよねえ」

「俺は悪くない」

「自覚なしね。ところで、この間の話だけど進めそう?」

「今、上申書を書いているところだ」


 何気ない会話に割り込めず、ノルンはそっと医務室を出た。

 





 



 

 







 




  

 


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