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その44

「みんなで行こう!!」


 ノルンが強い口調で言うので、ケルムトやイズンは驚いて注目した。


「ケルムトはアルクルさんをお願い。イズンは道案内頼んだよ」

「ちょっと待ってくれ!!」


 イズンが慌ててかぶらを振る。


「俺だって森全体を知り尽くしているわけじゃない」

「でも、僕たちより詳しいだろ?」

「それはそうだが……」

「あいつらはただの密猟者じゃない。戦い慣れているところをみれば武装した賊だ」


 躊躇するイズンを見兼ねて、アルクルが息も絶え絶えに話した。


「奴らもこんな大掛かりに捜索するとは思わなかっただろう。ましてや国境騎馬隊まで加わるとは」


 ここまで話して、アルクルが血を吐いた。その様子にノルンは血を吐きながら絶命した父を重ねていたたまれなかった。知り合って間もない仲間でも目の前で人が死ぬ姿はこれ以上見たくない。

 エルデイルの所にさえ連れていけば命は助かるはずだ。皆で協力し合えばこの状況を切り抜けられるとノルンは訴える。


「警笛で誰かが駆けつけれてくれるはずだよね、ケルムト」

「あ、ああ」


 警笛はより多くの者に知らせる手段として有効だが、地形や気象など条件によっては保証できない。分かってはいるが、ノルンの気迫に押されてつい返事してしまったのだ。自分より小柄で年下なのに、時々大きく見える。


「だからみんなで行こう」


 ノルンはもう一度言った。吸い込まれそうなほどのすみれ色の瞳、木々の間から漏れた光が金色の髪を輝かせて、圧倒的な美しさに一同は反対する気になれなかった。

 今後の指揮をアルクルから託されたケルムトだが、人の生死に関わる決断を即決できるはずもなく悩んだ。


「ケルムト!!」


 ノルンの強い口調にケルムトは弾かれるように顔を上げた。こちらを見つめるノルンが、何故かフォルセティの姿と重なり決断を促されている感じだった。全く異なる容姿なのに本質的な性格は一緒かもしれない。

 ー 隊長だったらどうするってことか。お前には負けたよ。

 ケルムトはわずかに口許を緩めてアルクルに肩を貸し、ノルン達を見回す。


「合流する。離れるな」


 イズンは前で道案内を、ノルンは最後尾で歩き出した。足を踏み出す度にアルクルの脇腹から血が滴り、比例して彼の顔から赤みが奪われていく。なるべく負担を掛けないよう、ケルムトはゆっくり慎重に歩いた。たかだか十数メートル進むのも途方もなく感じられる。

 ノルンは辺りを警戒しながら矢の数を確認した。いざとなったら剣で応戦する覚悟はあるが自信がない。己の腕ひとつで人を護る厳しさをここに来て思い知った。強くなりたいと願って国境騎馬隊に入隊したが、近衛隊長として王を守り続けたセイムダムの勇敢さと実力には足元にも及ばない。剣術、統制力すべてにおいて凄かった。そして、身近にフォルセティもいる。歳も近く少しでも彼に近づけば強くなれると信じて疑わなかった。

 ー 隊長、ぼくの判断は間違っていないですよね。

 この危機を乗り越えたら彼はどんな言葉をくれるのだろうか。

 

 


 ピッピーッ

 まだ森の奥に辿り着いていないハール達の耳に、けたたましい警笛が鳴り響いた。同行していた森林保護隊もハールが見据える方向に目を凝らす。


「密猟者と接触したらしいな」

「しかもただの密猟者じゃなさそうだぜ」

「どういう意味だ」


 ハールが答えた。


「警笛を吹いたってことはなにか問題が起きたんだろうよ」

「問題って?」

「知るか。とにかく俺は本部へ報告する。あんた達は笛の方角へ向かってくれ」


 ハールは各々の隊長がいる本部へ馬を走らせた。そして、二人を見つけると転がり込むように馬から降りた。


「隊長、密猟者と接触したようです!!」

「誰だ!?」

「分かりません」

「案内しろ」

「騎馬隊長、どこへ行く!?」


 森林保護隊の隊長が慌ててフォルセティを止めた。


「ここはお任せします」


 森林保護隊長の指示を聞かず、フォルセティは待機していた馬に素早く飛び乗った。着いたばかりのハールは息つく暇もなくあとを追う。

 実はこの任務を実行した際胸騒ぎがした。高揚感ではなくねっとりした闇が包みこむ不吉なもので、漠然として根拠のないものだがお陰で何度も危機を回避して命を救われた。ガルーラ言うことには『鼻が利く』らしい。

 いつ誰がどこで・・・・・・などと予言者みたいに断言できないが、無性にノルンが気になった。出発前に会っておかなければという気持ちが足を動かす。初めての実動ということで、ベテランのアルクルや冷静沈着のケルムトを同行させた。密猟者の捜索だから危険はないと判断した。なのに、ノルン本人を前にしてますます胸がざわつく。

 ー そんなに心配なら行かさなければよかったのに。

 エルデイルの声が耳元で聞こえた気がした。幼馴染みの女医者はノルンがお気に入りで、なるべく危ない目に遭わせないようにと口うるさい。頼りなく華奢で体力がなく、補うために埃まみれになって訓練しても気高さだけは汚れない。勝ち気で生意気、直感で行動するから手を煩わせる。

 ー なんだってあいつのことばかり考えてんだ? どこまでも世話が焼ける!!

 段々やり場のない腹立ちさが増した頃、森に入る所で四頭の馬が見えた。生い茂った木々で乗馬は無理と判断したのだろう。

 

「あれはノルンとケルムトの馬ですよ」

「ハール、警笛を吹け」

「了解」


 ハールもまた胸ポケットから警笛を取り出し返答の合図を鳴らした。



 

 ピッピッピー!!

 かすかだが聞き取れる警笛にノルンとケルムトは顔を見合わせた。


「気付いてくれた!!」

「もう一息です、アルクルさん」


 イズンが明るい声で励ました。アルクルの顔は既に精気を失っていたが、朦朧とする意識を気丈にも保ち続けている。

 もう大丈夫と誰もが思ったその時だ。草を掻き分け躍り出た人影にノルン達は驚愕した。


「こいつら、まだいやがったのか!!」


 追い詰められていたのは男達も同じだった。実は密猟者ではなく他国の賊と内通している密売人だ。それも腕が立つ武装集団。国境沿いの森で賊と連絡を取り合うのを地元の者に目撃されて噂となったわけである。

 先ほどの警笛で包囲されるのは時間の問題だ。捕まっても売国行為は重罪だが命までは取らない。だが、ノルン達を襲撃してアルクルを瀕死に追いやった罪はどうなるのか。上手く言い逃れようにも『国境の狼』の追及をかわす自信はない。裏切り者の末路は監獄で老いて死ぬか、囮として賊に放り込まれるか二択しかない。いや、軍隊の三人を殺して国境を越えれるという選択も残されている。男達は後者を選んだ。


「ノルン、笛だ!!」


 ケルムトの指示で、ノルンが警笛をくわえようとしたが男の矢に弾かれた。「あっ!!」と短い悲鳴と共に草陰へ消えていく。


「俺を置いていけ。足手まといになる」


 アルクルは渾身の力でケルムトの肩から転げ落ちた。間髪をいれずノルンが庇うように前に出て弓を構える。


「どけ!!」

「嫌だ!!」

「このままだとみんな死ぬぞ!!」

「死なない!! 死んでたまるか!!」


 ノルンは大きく弦を引き矢を放った。意思が乗り移ったかのような鋭い一射は密売人の右腕を貫いた。


 





 

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