その43 ー共闘―
今度出動があったら連れていく、フォルセティはそう約束してくれた。早く一人前になりたいが、このまま平和も続いてほしい。複雑な気持ちを抱えて過ごすある日、ノルンは森林保全隊との共同任務で果たされることになる。
北東から南に延びる鳥獣保護区で密猟の噂が流れた。国境付近の捜査となるため、森林保護隊がフォセティに協力を求めてきたのだ。
双方の隊から二人ずつ選出したものをひと班とし、森林保護隊からは経験豊かで土地勘があるアルクルとその部下のイズンだ。五十過ぎでベテランのアルクルは、駆け出しのノルンにはうってつけで、これがフォルセティの人選であることはあとになって知る。
ノルンはケルムトと今回限りの仲間に挨拶に行った。
「国境騎馬隊のノルンです。よろしくお願いします」
馬に鞍を付けていたアルクルが振り向いた、あごひげを蓄えた四角い顔にがっちりした体格はまさしく山男といった風貌である。彼は傍らにいるイズンを紹介した。ハールと同世代の森林保全隊の若者である。「よろしくお願いします」と挨拶するノルンに対して、最初は無視したがアルクルに一瞥されてわずかに頭を動かした。
アルクルが武具の点検を言い付けた。各々作業を進めるなか、ノルンはイズンの不機嫌な目とかち合った。出会った時からそんな態度なので印象はあまり良くない。
「何か?」
「細っこい体でまともに戦えるのか? 足手まといになるなよ」
ケルムトがぎろりと視線を動かして無言で抗議すると、イズンはたじろいで口をつぐんだ。ノルンは確かに華奢だが諦めない往生の悪さと根性は、これまで一緒に生活したケルムトが一番よく知っている。生死を分けるこの部隊で生きていくにはそれが大事だということも。
居心地の悪さに場を離れたイズンを横目で見て、ケルムトが「気にするな」と呟いた。ノルンにとっては身内が庇ってくれただけでも嬉しいことだ。
準備が整い、馬に跨がろうとしたところへフォルセティがやってきた。アルクレが先に会釈して彼が返す。親子ほど歳が離れているが立場はフォルセティが上だからだ。
「ノルンは初めての出動だ。よろしく頼む」
「人使い荒いのは親父そっくりだよ」
アルクレには息子と娘がいる。特に娘はノルンと歳が近いので、彼の親心を見越して組ませたのだ。
「実戦経験は浅いが腕は立つ。弓使いは重宝だろ?」
そう言ってフォルセティは金色の瞳でノルンを見やった。憂いを帯びたらしからぬそれが気になり尋ねようとしたところへアルクルに呼ばれた。「行けよ」とフォルセティに促されて駆け寄り振り向くともう姿はなかった。
四人は辺りを警戒しながら次第に森の奥へ、途中から馬を置いて自分の足で進んでいく。重なる木々の隙間を縫って陽の光が細く差し込んだ。そのせいか、幾分気温が低く感じられる。こうしていると、以前の暮らしを思い出す。
王妃だったユミルは流浪が祟り体調が思わしくなかった。滋養が必要だが、痩せた大地で収穫できる作物は少ない。なので、セイムダムの仕事が終わるのを待って二人で獲物を捕りに山に入ったものだ。
と、ここでアルクルが片手を挙げて静止を合図した。彼の下に向けられた目線を辿り、ノルンは息を飲む。幅広く踏みにじられた草は人間がいたことを示していた。
突如、けたたましい鳴き声をあげて複数の鳥が飛び立った。驚いて見上げた顔を戻すと奥の茂みが激しく揺れて、アルクルの鋭い声が問う。
「誰だ!?」
現れたのは二人の男で、獣の皮を上着に仕立て一見狩人の出で立ちだ。
「怪しい者じゃない。狩りに来ている」
「ここは鳥獣保護区だ。狩りは禁止されている」
「獲物を追って道に迷ったものでね」
この森で生活している者達なら当然知っている規則。アルクルが鞘を軽く揺らしてノルン達に不審者の合図を送った。三人に緊張が走る。
次の瞬間、男が剣を振り上げて襲い掛かった。ケルムトがいち早く反応して剣を抜きそれを跳ね返す。キンと金属がぶつかり合う音が森に木霊した。
「お前ら、密猟者じゃねえな!!」
アルクルの言葉を裏付けるように、男達は我流ながら剣の扱いに慣れていた。そして、近くに待機していたのか茂みから人影が躍り出る。七対四ではいくらアルクルやケルムトがいても、数ではこちらが不利である。
ピッピーーーーーッ!!
ノルンは緊急事態を伝える警笛を吹いた。これを聞きつけて仲間が来るはずだ。助けを呼ばせまいとノルン目掛けて矢が唸りを上げる。ノルンもさかさず背中の弓を手に取り矢を放った。速い動きで横に移動してかわす敵に、ノルンは得意の連射で対抗する。紙一重で交わされるも確実に着地点を射止める技術に、アルクルは感心した。密生する森で死角が多いなか、影から狙える弓術は有利になれる。
「散らばるな!! 相手の思う壺だぞ!!」
アルクルの怒号は、木々のざわきと互いの戦の音で掻き消され三人の耳に届かなかった。
実戦経験の浅いイズンは目の前で起きている現実に恐怖心を覚え始めた。常に敵の脅威に曝されている国境騎馬隊と違って、イズンのような森林保護隊の若者は戦い慣れしていない。このような状況を想定して訓練は積んでいるが、相手も味方で真剣に受け止めきれない部分があるのは否めない。
そう思うと急に恐怖がこみ上げ剣を持つ手が震え足に力が入らなくなった。
「イズン!!」
自分を呼ぶ叫び声にはっとなり顔を上げると、大きな影が目の前を横切った。と同時に男の血しぶきが視界を真っ赤に染めた。振り向いた人物はアルクルで彼を助けに来たのだ。やっと会えた味方にほっとしたのもつかの間、アルクルの体が揺らいで片膝をつく。イズンは支えた手に付いた血に驚いた。部下を庇って右腹を刺されてたものだった。数秒の躊躇いが仲間を傷つけたと知り、ますます顔が青ざめる。
「大丈夫ですか!?」
「これくらいかすり傷だ。お前は?」
「俺はなんとも」
「ならいい」と立ち上がろうとしたが再び体勢を崩して動けなくなった。一体敵は何人いるのだろうか? ノルン達は無事なのか? 何も状況が分からないまま、自分を庇って負傷したアルクルを自分は守れるのか。
「アルクルさん!!」
イズンは絶体絶命の危機に現れたノルンに不覚にも安堵した。
「騒ぐな。大したことない」
激痛に歪むアルクルの顔は血の気が引いて脂汗が噴き出していた。医学に素人のノルンでも大したことだと分かる。合流したケルムトは首に巻いたスカーフをノルンに手渡した。
「お前のスカーフと結んで止血する」
言葉少なめの指示にノルンは迅速に従った。体格のいいアルクルの腹にスカーフを巻き付けると、白いそれはたちまち深紅へと変わる。重傷なのは一目瞭然だ。
「どうすればいい・・・・・・?」
イズンは震える声でケルムトに尋ねた。今頼りになるのは無表情な彼だけだ。
「本隊と合流するまで持ちこたえるしかない。さっきの警笛で奴らが退いてくれればいいが」
「俺を置いてお前達は逃げろ」
アルクルは苦しげに言った。
「敵の方が数も腕も上だ。俺が囮になって時間を稼ぐ」
「しかし・・・・・・」
アルクルを置いていけば確実に殺される。一時的とはいえ仲間を見殺しにできる者はここにはいない。だが、ノルンならまだしもがたいのいい彼を背負って遠くまで逃げ延びられるのか。ケルムトは苦渋の選択を迫られる。




