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その39

 場違いな客に一同はどう扱っていいか戸惑うなか、ある隊員が閃いて声を上げた。


「ノルンなら話が合うんじゃないのか?」

「そうだな。あいつも貴族らしいからな」


 満場一致でノルンを呼ぶことになり、間もなく隊員に引っ張られての登場となった。ノルンはなんの説明もなく連れてこられてきょとんとしている。


「こいつが国境騎馬隊唯一のお坊っちゃまだ」


 ばっちり目が合ったノルンを、ヒルデダンドは視線を上下に動かして観察した。見た目はそれなりの高貴な出身だと思わせる雰囲気がある。


「あなた、どこの家門かしら?」

「どこって言われても……」


 ノルンははっきり答えなかった。貴族の子息が社会勉強だけのためにこんな僻地へ来たとは考えにくい。落ちぶれたのか、あるいは見た目を利用して身分を偽っているのか、いずれにせよヒルデダンドにはどうでもいいことだった。「答えなくても結構。興味ないもの」と見下した口調でつけ離す。


「それより早く彼の所へ案内してちょうだい。埃っぽくてたまらないわ」

「美人だけどなんかムカつく」

 

 ハールの独り言はしっかり周りに聞こえており、お付きの者が咳払いで咎めた。場の空気が悪くなりかけたので、隊員達はノルンに案内役を押しつけて各々退散していった。

 ヒルデダンドはノルンに促されて歩を進める。二人の身長はほぼ同じだが、土に埋まるほどのヒールを差し引いたら、ヒルデダンドの方がやや低い。

 ノルンは後ろからついてくるお付きが抱えている大きなトランクに首を巡らした。


「ずいぶん大荷物ですね」

「あら、これでも少なくてよ」


 確かに少ない方だと思った。ノルンが王女だった頃はどこへ出掛けるのも馬車が行列していたものだ。一体何をそんなに持っていく物があったのだろうか。今でも不思議だ。


「フォルセティ様は普段どんな方かしら?」


 ヒルデダンドの問いにふと考える。普段のフォルセティ、いつもは飄々として捉え処がないくせに、戦いを前にすると颯爽かつ雄々しい。盗賊を見据える狼眼ウルフアイは鋭いのに、時々見間違いかと疑うほど優しくなる。仲間のためなら、隊長の肩書きさえ捨てることも厭わない。


「ちょっと聞いてるの!?」


 なかなか答えが返ってこないので、ヒルデダンドは苛立った様子だった。


「え?」

「『えっ?』じゃないわ。フォルセティ様の人柄を訊いているのよ」

「ああ、隊長は……」


 言い掛けたところへちょうど紫紺なオーバーコートを翻して歩いてくるフォルセティが見えた。ノルンが呼び止めるよりも早くヒルデダンドが駆け寄る。


「フォルセティ様ー!!」


 彼は突進する彼女を反射的に交わして、状況の説明を求めんとノルンを見た。自分ではなくノルンに助けを求める状況が面白くないヒルデダンドは途端に甘えた声色を出した。


「わたくしをお忘れですか? 盗賊から命懸けでわたくしを護ってくださったのに」


 彼は眉間にしわを寄せて記憶をまさぐる。やがて、思い出したらしく「ああ、あの時の」と声を上げた。ヒルデダンドは大きな瞳を輝かせて尚も詰め寄る。


「あれから凛々しいお姿を思い出すたびに胸が苦しくて」

「おい、エルデイルの所へ案内してやれ」


 命令に従う隊員をヒルデダンドが思いきり睨んだ。


「これは名医でも治せない病ですの」

「そんなに重症か。だったら一刻も早く帰ったらどうだ」


 展開が読めてきたフォルセティがはぐらかす。このあとに続く言葉と言ったら……。


「わたくしの胸は恋の病で張り裂けそうです」


 彼は予想通りの答えに盛大なため息をついた。やってられないとばかりに踵を返す。足早に去る彼に、置いてきぼりになりそうなヒルデダンドが慌てて後を追う。


「フォルセティ様、いずこへ!?」

「俺は忙がしい。恋のお相手はほかを当たってくれ」

「こんな田舎まではるばる来たのに」


 『こんな田舎』に、フォルセティの片眉が跳ね上がった。彼は比較されることを嫌がるのだ。


「だから帰れって言ってるだろ?」

「いいえ、帰りません。あなたの凛々しきお姿を一目見て、わたくしの伴侶となるべき方だと悟ったのです」


 飛躍しすぎる結論に、フォルセティとノルンは顔を見合わせた。


「だいたい、一回会っただけで分かるものか」

「わたくしでは不満ですか? それともどなたか心に決めた方がいるとでも?」


 このままでは結婚させられそうな勢いだ。ヒルデダンドを諦めさせるには、すでに交際相手がいるという嘘が手っ取り早い。誰にするか……。

 フォルセティは隣にいる金髪の部下を見やった。

 ― なんか嫌な予感がする……。

 ノルンの予感は見事的中して、口角を上げたフォルセティが詰め寄りぐいと肩を抱かれた。


「俺はこいつと付き合っている」


 ノルンは彼の腕の中で狼狽える。


「な、な、なにを仰っているんですか!!」

「お前、俺にさんざん借りがあったよな?」


 耳元で囁かれて、ノルンは「ううっ」と短く唸った。入隊してからフォルセティに幾度となく助けられたのは事実である。だからといってこんな形で返さなくても、恨めしい気持ちを封じ込めて渋々合意した。


「そ、その者は男ですよ!!」

 

 驚愕と怒りでノルンを指差す手が震えていた。


「愛に男も女も関係ない」

「このわたくしが男より劣っているとおっしゃるの!?」

「こいつはただの男じゃない。とびきりの美形だ」


 これ以上刺激しては、彼女の脳の血管が切れるかもしれない。ノルンは体を離そうとしたが、尚更力強く抱き締められた。


「わたくしを諦めさせるお芝居なら無駄よ。その程度の嘘が見破られないと思って?」


 ヒルデダンドは頑なに引き下がらない。フォルセティはふうっと息を吐いた。


「じゃあ、どうすれば信じるんだ?」

「……接吻をなさい」


 ノルンは驚いて目を丸くした。


「愛し合っていればそのくらいできるでしょう?」


 ― 絶対無理っ!!

 断固否定する瞳に、フォルセティが軽く頷く。分かってくれたらしく、ノルンは人知れず胸を撫で下ろした。


「俺はこう見えても奥ゆかしいんでね。人前でイチャつかない主義だ」

「やっぱり嘘なのですね。それなら、直ちにわたくしと婚約の儀を……」


 業を煮やした彼が、何かを企んでいる瞳で見つめる。


「借りは全部チャラにしてやる。だから、動くな」


 動くなと言われても、逞しい腕にがっちりとホールドされて首しか動かすことしかできない状況だ。フォルセティの顔が近づいてくる。たまらずノルンはきつく目を瞑ると、生温かい感触が彼女の唇を包みこんだ。初めてのキスは意外と長く、呼吸のタイミングが分からず失神寸前だ。

 ― お母様、ごめんなさい!! もうお嫁に行けません!!

 国を追われているとはいえノルンは王家の血を引く。高貴な唇を預ける相手は将来夫となる人物なのだ。

 これは母親に心配を掛けさせている罰だろうか。ならば、帰ったら目一杯親孝行しよう。


そう心に誓いながら、ノルンの意識は完全にブラックアウトした。




 







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