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その38

 ノルンを性的対象で見ている者は少なからずいると、ハールは声を荒立てた。言葉遣いや立ち振舞いは男を真似ても、端麗な顔立ちや細身の体は隠せない。


「まあ、確かにそこらの町娘より綺麗かもな」

「隊長、感心してる場合じゃないですよ!!」


 部下に叱られてフォルセティは肩を竦めた。


「俺たちがいる時は目を光らせているけど、ずっと見張っておくわけにはいかないからですね」


 不本意ではあるが、いっそのことノルンに辞めてもらおうか、そうも考えたと言う。だが、入隊した深い事情を察すると二の足を踏んで今日まで来てしまった。

 フォルセティは黙りこみ、やがてハールを下がらせた。部下がいなくなると、掛けていたコートを手に取り部屋を出る。



 ノルンは厩舎で相棒でもある愛馬の世話をしていた。未遂事件の後遺症か、まだ男だらけの空気に馴れないでいる。愛馬のブラッシングをしていると、藁を踏みしめる音に首を巡らせた。


「隊長」

「今じゃすっかりお前の相棒だな」


 フォルセティがノルンの馬を撫でると、ブルッと体を震わせる。二人の間に重く静かな時間が流れた。


「実家には母親一人か?」


 ノルンはブラッシングを続けながら頷く。無表情が事情の深さを感じさせ、フォルセティは少し後ろめたい気持ちになった。


「父は死にました」

「そっか。俺も似たようなもんだ」


 彼が初めて明かした境遇に、ノルンは作業する手を止めて顔を向けた。どう似ているのか、もう少し聞きたいノルンに「ここだけの話だぜ」と釘を刺す。


「母親一人じゃ生活も大変だな。ここを辞めるわけにはいかないか」

「ぼくを辞めさせるんですか!?」


 ノルンの通る声が厩舎に響く。確かに今回の事件で隊員達に歪みを産み出した。いくらならず者の集まりでも隊長のフォルセティが築き上げた秩序を揺るがしかけたのも事実である。辞めろと言われれば従わなくてはいけない立場でもある。エルデイルには「考えてみる」と伝えたが、本当はここにいたい。

 

「みんなお前を心配してる」


 その言葉に嘘はない、だからこそノルンの胸は痛いほど切なくなる。訓練で村にいた頃より強くなった、ユミルやセイムダムの助けに、とこの地へ来たのに結果はどうだ。ノルンに過失はなくとも拒む力も解決する知恵すらなく、またフォルセティに助けられた。


「……ってばかり」

「え?」


 絞り出すような小声に、フォルセティは聞き返す。


「やっとお母様やセイムダムを助けてあげられると思ったのに!! 強くなったと自惚れて、結局みんなに護られてばかりで!!」


 顔を上げたすみれ色の瞳は潤んで今にも涙がこぼれそうだ。唇を噛んで耐えるノルンの頭に手を置いた。


「自惚れたっていいじゃないか。鼻っ柱折られて自分の不甲斐なさを思い知る、そしてまた強くなりたいと願う」

「ぼくは隊長みたいに強くなりたい」

「俺は強くない」

「でも、みんなから一目置かれています」


 小さく笑ったフォルセティの手が離れる。立ち去ろうとするフォルセティに、ノルンは肝心なことを訊くのを忘れて呼び止めた。


「あの、隊長」

「ん?」

「ぼくはどうしたらいいんでしょうか?」

「辞めたいのか?」

「いいえ。でも、みんなの迷惑になるなら……」

「なら辞めるな。ただでさえ人手が足りない」


 冗談とも本気とも取れる台詞にノルンは戸惑った。本当に残ってもいいのか、この先またフォルセティや皆に迷惑をかけるのではないか。


「迷うなよ、お前らしくない。俺が護ってやるから」


 はっとして彼を見た。逆光で表情がわからない。入り口から差し込む光に目が眩んでいる間にフォルセティの姿はなかった。

 あんなに護られるのは嫌と言ったばかりなのに、さらりと口にするフォルセティがやはり苦手だ。だが、不思議と不愉快ではなかった。



 フォルセティが厩舎から出てくると、道具箱を提げたガルーラと出会した。


「ノルンは中か?」

「ああ」


 この老人もノルンを孫のように気に入っていたのを思い出した。部隊のご意見番も兼ねているので、今回の騒動は当然耳に入っているに違いない。


「まったく不届きなやつはいるものだ」


 ガルーラの声色は怒りを含んでいた。


「それで、辞めさせるのか? エルデイルのやけ酒に付き合わされるのはごめんじゃぞ」

「ノルンは辞めたくないって言うし、辞める必要もない」

「珍しく意見が合ったな。じゃが、これからどうする? ノルンを閉じ込めておくか?」

「冗談じゃない。宝の持ち腐れだ」


 槍術や剣術は付け焼き刃でも即戦力になる。一方、弓術は武具の使い方から始まり的確に射るという熟練された技術が必要だ。そうでなければ双方入り交じる戦場で味方を殺しかねない。だから、初陣でシグムントを退けたノルンの実力は貴重なのだ。

 この言葉を聞いて、ガルーラは「うんうん」と何度も頷く。


「なんなら、じいさんがノルンを見張っておくか?」

「よしきた!!」


 はりきるガルーラに苦笑した。皆本気でノルンに辞めてもらうとは思っていない。異色の少年が入隊してから部隊が賑やかになった。少々生意気でもどこか憎めない、二人きりになればつい本音を語ってしまう雰囲気がある。フォルセティ自身も先ほどぽろりと身の上をしゃべるところだった。

 未遂事件はその人柄が悪い方向に作用したが、隊員達の潤滑剤になればとフォルセティと考えている。

 ー とは言ったものの、これからどうすっかなあ……。

 ノルンに関わればろくなことはない。


 

 ノルンの立位置を考えあぐねて数日が経ったある日、部隊に数台の馬車が到着した。先頭は漆塗りのドアに金の紋章、内装は皮張りのソファーに深紅のドレープカーテンという豪華絢爛な造りだ。

 その馬車から降り立つ人物に場が騒然となる。


「埃っぽいわね」


 現れたのは女性だった。地面に着きそうになったドレスの裾を持ち上げて、白いレースの扇子を口に当てて細い眉をひそめる。ゆっくりと歩き出すと長い巻き毛が揺れた。

 紫紺の軍服がウロウロする部隊に、華やかな花の登場に隊員達の動きが慌ただしくなった。


「お嬢様、お手を」


 一人の隊員が差し出した手を、まるで生ゴミみたいに見下げる。つんとそっぽを向き、お付きの者になにやら耳打ちをした。


「フォルセティ殿はどちらへ?」

「フォルセティ? ああ、隊長ね」


 彼らの間で滅多に名前を呼ばないのですぐにはピンとこなかった。男は、通り掛かったハールを呼び止めてフォルセティの居所を尋ねた。


「さあな。ところで、この場違いなお嬢様は?」


 ハールに嫌悪感を示しているのは、顔は扇子で隠しても眉間のシワで丸わかりである。

 

「これ、失礼な。こちらはハーラル侯爵ヒルデダンド嬢であらせられるぞ」


 『侯爵』と言われても、庶民代表のハールはぽかんとしていた。周りに説明を求めても皆慌てて首を振る。


「そのヒルデなんとか様が国境騎馬隊になんのご用で?」


 お付きが注意を促す咳払いをした。ヒルデダンドは相変わらずハールに見向きもしない。


「以前、盗賊に襲われたヒルデダンド様をお助けになったとか。そのお礼に参りました」

「お礼なんていいさ。人助けが俺たちの仕事なんだから」

「お礼はあなたじゃなくてよ」


 ようやく扇子が外れて青い瞳が煌めいた。







 






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