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その34 鎮魂歌《レクイエム》1

 商団を送り届けることになったノルン達は部隊を出発した。道中、ハールはやけに前方のノルンを窺う団長に声を掛けた


「うちの隊員になにか?」

「確か国境騎馬隊は男のみと聞いていたが」

「ああ、あいつは美人だけど男ですよ」


 毎度の質問にハールが苦笑する。ノルンの華美な容姿はむさ苦しい男所帯に場違いなのだ。だが、団長が気になったのはそれだけではないという。


「私の知っている方に似ていたものでな」

「へえ、あいつに似てるなんてよほどの器量だな」

「数年前に訪ねた国の王女だった」

「王女?」

「人違いだったようだな。それにお亡くなりなったという噂だ」

「まあ、あの顔は庶民じゃないけど」


 二人の視線は自然とノルンへ注がれた。風に靡く金色の髪、前を見据えるすみれ色の勝ち気な瞳、目や鼻、口のパーツは小さな顔にバランスよく収まっている。訓練をこなして精悍さも出てきたが、やはり男にしては華奢で美しすぎた。


「あまり余計なことを言わないでくださいよ。ああ見えて怒らせると厄介なんだから」

「なるほど、気が強そうだ」


 後ろで忍び笑いする二人にノルンが首を巡らすと、目が合ったハールは愛想笑いを浮かべた。ノルンは怪訝な表情で再び前を向いて馬を操る。

 


 やがて、隣の領地までやって来て商団と別れることになった。


「いろいろと世話になったな。隊長にもよろしく伝えてくれ」


 団長が丁寧に礼を述べたのち、思い出したかのように言った。


「そういえば、ここへ来る途中で聞いた話だと流行り病が出た村があるらしい」

「流行り病?」


 ノルン達は聞きなれない単語に互いに顔を見合わせる。現在は栄養状態や衛生面が改善されているが、完全に排除したわけではなく成りを潜めているだけに過ぎない。再び猛威を振えば無差別に命を奪う。

 今は村を焼き払い小康状態だという。さまざまな土地の人間と接する彼らの耳にいれた方がいいと団長の配慮だった。


「いくら遠いからとて、備えておくに越したこたはない」

「エルデイルさんに伝えた方がよさそうだね」


 ノルンがケムトルに言う横から、ハールが目を剥いて割り込んできた。


「おいおい、その役目は俺だぞ!!」

「誰だっていいだろ?」

「少しは気を使え!! バカ!!」

「バカとはなんだ!!」


 火花を散らすノルンとハールに、ケムルトは大きなため息をつき、団長は彼らが本当に勇敢な精鋭部隊なのか今更ながら首を捻るのだった。



 部隊へ戻ると、ハールは宣言通りさっそく診療所へ走っていく。こういう時だけ素早いから敵わない。


「お帰りなさい」


 呆れるノルンの後ろからエルデイルがやって来た。ハールと入れ違いになったと知り、ノルンは眉をひそめて金色の前髪をかき上げる。


「あら、歓迎されていないみたいね」

「とんでもないです。ただちょっとまずいことが……」


 語尾を濁らすので、エルデイルがぐいと身を乗り出した。


「怪しいわね。私に隠し事なんてためにならないわよ」


 白状しなければ宿舎で休ませててもらえない空気に、ノルンは観念して流行り病のことを話し始めた。エルデイルは真剣な表情で聞き入り、そして険しいものとなる。もし、我が町が感染したら……と考えるだけで気が沈む。


「フォルには話した?」

「いえ、まだです」

「私から伝えておくわ。お疲れさま」


 エルデイルは浮かない顔のまま隊長室の方へ歩いていった。ノルンも宿舎で休もうとした時だ。またもや若い女の声に足を止める。


「ノルン、帰ってきたのね」


 栗色の髪をふわふわと靡かせたミーミルだった。普段付けている白いエプロンではなく、淡い水色のワンピースである。爽やかなそれを見入るノルンに頬を赤く染めた。


「なにジロジロ見てんのよ!?」

「ごめん。今日はなんだか雰囲気が違うものだから」

「あ、そうか。ノルンは来たばっかりだから知らないのよね」


 今日は年に一度の『花祭り』である。この時期の気候は温暖で植物の生育がいい。土壌の質も良く切り花の出荷が盛んなことから、町人達が始めた祭りなのだ。

 ノルンがまだ王女だった頃は、母ユミルに連れられて王宮の庭園を散歩したものである。ユミルに促されて花の匂いを嗅いだら、次は名前を覚える。

 季節によって変わる花々を、ユミルはすべて知っていたのを驚いたものだ。


「ノルン?」


ミーミルの声に、ノルンは追憶から醒めた。


「この後、暇?」

「うん。今日の任務はこれで終わり」

「だったら、私とその……」


 はっきり物事を言うミーミルにしては歯切れが悪い。目は泳ぎ、後ろに組んだ指は忙しく動かしている。「一緒に行きましよう!!」とさっくり誘えばいいのに、なぜか素直になれない。


「花祭り、ぼくも行ってみたいな」


 願ってもないノルンの一言に、ミーミルの顔がたちまち輝いてノルンの手を取った。


「だったら、私が連れていってあげる!!」

「ほんと!? じゃあ、着替えてくるよ」

「そんな暇ないわよ。もうすぐ『花馬車』のパレードがあるんだから」

「ハナバシャ?」

 

 ノルンは想像不可な単語に思いを馳せた。 



 町へ着いた二人の視界に、色鮮やかな花で埋め尽くされた馬車が飛び込んだ。華やかな客車の中から町長が満足げな笑みで手を振って観衆に応えている。


「へえ、すごいな!! とても綺麗だ」

「でしょ!! 花馬車は一番の目玉なの」


 花馬車が通り過ぎるのを待って、ノルンとミーミルは賑わっている広場へ足を向けた。祭りの由来通り、花を売る人々が多く目につく。

 すれ違う若い女は花に関係する物で着飾っていた。花柄のドレス、花の形をしたアクセサリー、大きな花のブローチ……。隣のミーミルにはそれらが見当たらなかった。よそ行きのワンピースが精一杯のお洒落だったかもしれない。

 喜びそうな店はたくさんあるが、買おうにもノルンには肝心の金がなかった。宿舎に寄る暇がなかったからである。

 辺りを見渡して、店先に飾ってある白い花を一本抜いた。


「ミーミル、ちょっと」

「なに?」

 

 ふわっと甘い香りがミーミルの鼻をくすぐる。彼女の髪に差し入れると、髪飾りに早変わり栗毛に映えた。地味な装いが一気に華やかになる。

 その様子を少女達が羨望の目で見ていた。端麗な容姿に軍服が凛々しいノルンは、同年代の少女達の気になる存在となっている。しょっちゅう会えるミーミルは友人達から羨ましがられていた。

 高価な品には到底及ばないことはわかっている。それでも何かをしてあげたかった。入隊して不安な日々を過ごすノルンにとって、歳が近く明るいミーミルにどれだけ救われたことか。


「……ありがとう」


 ぶっきらぼうな言い方だが耳まで真っ赤だ。二人笑い合ってまた歩み始めた時、ノルンの足元に小さな男の子がぶつかった。勢いあまって転んだので、慌てて抱き起こす。


「大丈夫?」

「うん」


 立ち上がる我が子に、両親が駆けつけて膝の土を払い落としてやった。この親子、顔立ちや服装がどこか違うので、ノルンは事情を訊いてみた。彼らは、この町の友人を訪ねたらたまたま祭りに居合わせたという。


「お兄ちゃんは国境騎馬隊の人?」

「そうだよ。よく知ってるね」


 ノルンは少年の目の高さまで腰を屈めた。少年は嬉しそうに笑って、帰る母親のあとを追いかけていった。




 


 


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