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その31

「なんだ、貴様!!」


 男は怒鳴ったものの、ノルンの軍服を見て慌てて笑顔を作った。


「あの、国境騎馬隊の方がなにか?」

「その人達をどうするつもりだ!?」


 詰め寄る金髪の美少年に、小太りの男はたじろぎながら答えた。


「どうって、他国に売るんですよ」

「どうして!?」

「そりゃ借金が返せなければ自分の体で払うしかないでしょ?」


 あたかも当然のように言い捨てる男に、ノルンは絶句する。確かに借りた金は返さなければならない、払えないなら働いて返すのは道理だ。だが手枷をして自由を奪い鞭で叩く、人間としての誇りと尊厳を傷つけ道具として扱うやり方は間違っている。

 それが証拠に、彼らの瞳は絶望で虚ろだ。唯一未来があろう少年の瞳の光も翳りつつある。


「今すぐ彼らを解放しろ」

「冗談言っちゃいけませんよ。私どもは使用人を斡旋する立派な商売なんですから」

「これじゃ奴隷と同じじゃないか!!」


 男は肩を竦めた。


「見たところあなたもいい家柄とお見受けしますが、使用人はいませんでしたか?」

「えっ?」


 ノルンは頭を金槌で殴られた衝撃を受けた。王女だった頃の記憶が蘇り言葉を詰まらせる。侍従は女中はまだ身分が確立されているが、単なる労働力として名も知られずに一生を費やす者もいる。

 この世は権力と富で成り立っている。支配する者と支配される者、王族であるノルン達は前者であり、まさに目の前にいる彼らのような境遇を作り出す側にいた。どちらかを失った途端、立場が一夜にして逆転するのをノルンはこの数年で思い知った。

 もしかしたら、手枷をして他国に売られるのはノルンだったかもしれない。だが、どんなに貧しくても今ここにいるのは母ユミルとセイムダムが護ってくれたから。

 

 ちらりと少年を見る。家族はいるのだろうか、親はどんな思いで送り出したのだろうか。この状況から逃れたいかすかな期待と、待っている過酷な人生への絶望が入り混じった青い瞳。

 少年を救わなければ自分に未来がない錯覚に陥った。ノルンは得も言われぬ不安と恐怖で体がぶるっと震える。


「なんならあなたが身代わりになりますか?」


 心を見透かしたような男の台詞に、ノルンは感情の箍が外れた。



 追い掛けてきたハールが目にしたものは、小太りの男に掴みかかるノルンだった。

「あいつ、また!!」


 駆け寄るハール達に、男はぎょっとするやらホッとするやら複雑な表情を浮かべた。


「どうした!?」

「どうもこうもありませんよ」


 男はこれまでの経緯を話すと、ハールは深く息を吐く。


「ノルン、今回はお前が悪いぞ」

「ハールはこの人達を見て何とも思わないの!?」

「合法な商売だよ。国も認めている」


 男の味方をするハールの予想外な行動に、ノルンは愕然とした。必死なノルンに対して、列をなしている者達は誰一人言葉を発しない。それどころか迷惑そうな顔の者までいる。売られていく情けない姿をこれ以上晒したくない、さっさと船に乗せてくれ。そう言わんばかりの目を向ける。

 痩せ細った男が重い口を開いた。


「俺を売ったお金で家族が飢えずにすむ。余計なことをしないでくれ」


 ノルンは目の前が真っ白になった。家族が売られた金で果たして幸せに暮らせるのだろうか。「行こうぜ」と促すハールの腕を振り払い、少年の手枷を外そうとした。始めはがむしゃらに手枷を揺すり、無理と分かると腰をまさぐり剣を抜く。

 煌めく得物に腰を抜かす男と悲鳴を上げる商品の列、さらに止めるハールで周りが騒然とした。


「ケルムト、ノルンを抑えろ!!」


 ケルムトが羽交い絞めにすると、ノルンは身長差で浮いた足をばたつかせて抵抗する。


「離せ!!」

「またお前達か」


 コバルトブルーの軍服数人が狭い路地になだれ込んだ。よく見ると、偽宝石の件で揉めた湾岸警備隊の顔ぶれである。


「やべっ、もう来やがった」

 

 ハールは悪戯が見つかった子どもみたいに首を竦めた。


「国境騎馬隊の方がわたしどもの商売にケチつけるんですよ」

「なんだと!!」


 男の訴えに、ノルンは怒りでケルムトの腕の中でもがく。隊員の後ろから現れたのは、何かとノルンと因縁がある副隊長のベストラだ。


「相変わらず騒々しいやつだ」

 

 ベストラは貶む目で見下ろすので、ノルンは上目遣いで睨みつけた。


「お前達は管轄外だ。これ以上騒ぎ立てると越権行為並びに公務執行妨害で連行するぞ」


「上等だ!!」と啖呵を切るノルンに王女の気品はなく、ユミルがこの場にいたら驚きのあまり卒倒するに違いない。

 かくしてノルンはご希望通りに湾岸警備隊に連行されるのだった。



 ノルンは連れて来られた所は、港のすぐ近くにある湾岸警備隊の詰め所である。ハール達は外で待機するよう言われたので、コバルトブルーの軍服の中に紫紺のそれはノルンとフォルセティだけで明らかに旗色が悪かった。

 

「お前が生意気な新入りか。噂は聞いてるぜ」


 くすんだ金髪に浅黒い肌、肩幅が広くいかにも『波乗り』の風貌は湾岸警備隊隊長ヘイズルーンだ。海の底みたいな蒼眼でノルンを凝視する。「昔からこういう連中に好かれるよな」とやや低いフォルセティの肩を抱いてにやりと笑った。ヘイズルーンと歳が近いフォルセティは仏頂面で部下を見やる。


「結論から言えば合法、しかし十二歳以下の使用人輸出は禁止されている」

「お前が逃がそうとしたガキだ」


 フォルセティの補足で、ノルンの硬い表情がわずかに解れた。

 - あの子は連れていかれずにすむ……!?

 フォルセティは期待を裏切らず頷いた。


「知ってるか? この法律に楯突いたのはお前で二人目なんだぜ? 隊長も隊長なら部下も部下だ」

 

 フォルセティが鋭い視線で一喝するが、ヘイズルーンは含み笑いを止めない。例の男とノルンは厳重注意ということで早いうちに解放された。副隊長のベストラは不服そうだったが、ヘイズルーンの一存で仕方なく引き下がった。

 詰め所を出ると、外で待っていたハール達がやってきた。


「どうでした?」

「厳重注意だ」

「隊長、お気を落とさずに」

「俺じゃねえよ。こいつにだ」


 フォルセティが顎をしゃくった方向に、項垂れたノルンがいる。男に食ってかかった威勢はどこへやら、すっかり大人しくなって気味が悪いほどだ。


「腹が減ったな。名物の海鮮丼、食べに行こうぜ。港に来た時しか食えないしな」


 ハールは気を逸らすように言うと、珍しくケルムトも「それがいい」と同意する。だが、肝心のノルンは首を横に振ってどこともなく歩いていってしまった。


 

 ノルンは人気ひとけを避けて歩いているうちに船着き場へ辿り着いた。貨物船や貿易船などが停泊する埠頭と違い、ここはひっそりとして静かな波が漁船を揺らしている。

 穏やかな風景を眺めていると、先ほどの出来事が遠い昔に感じた。人生の光と影を見せつけられて、愕然として詰め所での記憶はほとんどない。つくづく世間知らずの自分に愛想が尽きる。

 膝を抱えて蹲っていると、横に立つ人の気配を感じた。少し顔をずらして窺い見ると、紫紺のコートが靡いている。この長さは隊長しかいない。ハール達にせがまれて追ってきたのか、それとも自分の意思なのか。








 



 



 

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