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その30

 スカーフはただのファッションではなく、口と鼻を覆えば防塵になるし包帯の代わりにもなる万能なものだった。ノルンみたいな使い方は滅多にいないらしいが。


「深い意味があるなんて知らなかった。教えてくれてありがとう」

「ここじゃ私の方が先輩なんだから、分からないがあったら聞いて」


 ノルンは、澄まし顔のミーミルからスカーフを受け取り首に巻いた。金色の髪、紫紺の一つのアイテムが加わるだけで、ノルンの気品と優雅さが増してつい見惚れていると


「顔が赤いけど、大丈夫?」


 ノルンが顔を覗きこむと、耳まで真っ赤のミーミルに「余計なお世話よ!!」と怒鳴られた。心配したのに理不尽な態度にノルンは首を傾げる。愛想がいいかと思ったら不機嫌、ミーミルの理解不能な言動に出会った頃から振り回されっ放しだ。ミーミルは好きな子に意地悪するタイプらしい。

 一方、ノルンは国を追われて以来日々の生活が精一杯で恋愛には無縁だった。だから、自分に好意を抱いているなど想像もつかず、ミーミルの複雑な乙女心は知る由もない。

「とにかく渡したからね」と言い残して、ミーミルは食事の準備に帰っていった。


 

 走り去る彼女の後ろ姿が見送ると、ノルンはスカーフに視線を落とす。半年近く歳月が経っていろいろな事実を知り得た。ミーミルの性格も然り、先ほどのスカーフも然り。だが未だにフォルセティの素性、経歴は明らかにならない。それに二刀流の剣、隊員の誰一人見ていないのだからやはり羨望が生み出した噂なのか。

 事実、フォルセティは一本の剣でも充分強い。臨機応変な太刀筋、大胆かつ繊細な決断力、戦いになると普段の彼とは別人になる。悔しいほど優秀で、セイムダムがこの場にいたならきっと欲しがる人材だ。フォルセティの元にいたら自分はきっと強くなれる。

 ノルンが国境騎馬隊に入隊した目的は二つあった。一つは稼いで母親たちに仕送りすること、二つ目は強くなること。セイムダムやフォルセティの実力があれば、父親を殺されず母を守って今よりもつらい思いをさせなかったはずだ。 

 ぐっと握った拳をじっと見つめて、やがてある男の元へ歩いていく。



 争いのない平和な時こそ隊員達は鍛錬や武具の手入れを欠かせない。部隊の中にある武具屋もなにかと忙しそうだ。ガルーラだけかと思ったら、三人の弟子が携わっているのに今日初めて気づいた。


「こんにちは。忙しそうですね」

「ふん、タダ働きのようなものじゃ」


 ガルーラはしわだらけの顔を顰めてノルンを出迎えた。


「今日は何の用だ。弓の調整なら時間が掛かるぞ?」

「訊きたいことがあって」


 作業する手を留めてノルンを見る。「仕事しながらでいいか?」と訊くとノルンは頷いた。フォルセティの剣について切り出すと、老人は小さな目を細めてにやりと笑う。


「そんなたいそうな噂になっておるのか。一本の剣で間に合っているから抜かぬまでのこと」

「じゃあ、これまで抜く相手がいなかった……?」


 それとも少し違うとガルーラは言った。フォルセティは体術にもたけているので剣が間に合わなければ拳や足が出る、ただそれだけだと。

 なら、わざわざ使わない剣を持たなくてもいいのではないか、ノルンのもっともな意見に老人はもっともらしく頷いた。


「それもそうじゃな。わざわざあんな重い物を提げんでもいいもの」


 ガルーラは何かを隠している、ノルンは直感したが追究はしなかった。『人の事情は詮索しない』が国境騎馬隊のルールである。


「隊長らしくないくせに妙に人を引きつける。なるほど、お前さんと似てるかもしれんのう」


 自分とフォルセティが似てる? ガルーラの言葉にノルンは首を傾げるのだった。



 ケルムトとの試合の傷もすっかり癒えた頃、フォルセティに呼ばれた。隊長室のドアを開けると、真正面に座っている彼と目が合う。窓から差す光が琥珀色の瞳を金色に変える。

 - この人と似てる? どこが?

 ガルーラの言葉をずっと考えていたが未だ答えは見つからない。


「来て早々、人を睨みつけるな」


 いつの間にかガン見していたらしく、フォルセティが苦笑した。


「この間、言ったこと覚えているか?」

「この間?」

「港に連れていくってやつだ」


 ノルンは思い出して「はい」と明るい声を上げた。海に縁がなかったので胸を躍らせたものだ。明後日、貿易船が入港するので見物がてら湾外警備隊にも顔合わせするとのことだ。『湾岸警備隊』という単語に、ノルンは酒場のいざこざや宝石騒動を思い出して形のいい眉を顰める。思い起こせば、『港』関連の方角は鬼門なのかもしれない。

 


 当日の朝、フォルセティは数人の隊員を従えて港へ向かう。その中には馬に跨る、ハールやケルムト、ノルンの姿があった。後方にいたノルンは複雑な心境だ。港へ行くのは嬉しい、だが湾岸警備隊に会うのは気が重い、特にあの副隊長は横暴で生理的に受け付けない。

 察したフォルセティがノルンの横に並んで、「頼むから大人しくしてろ」と釘を刺した。


 しばらくしてノルンの鼻が磯の匂いを捉えた。初めてのそれに、鞍から腰を浮かして漂う方角に目を凝らす。やがて眼下に開けた初めての景色に、ノルンは大きく目を見開いて歓声をあげた。

 朝陽が反射して煌めく海に泊まっている堂々たる貿易船、その周りを舞うカモメの群れ。以前フォルセティが指摘した通り、漁師達が怒鳴り声にも似た会話が飛び交う。ノルン達の街の市場とはまた違った活気に、さすがのノルンも気圧される。「迷子になるなよ」とハールに言われて我に返った。


 フォルセティは貿易船に歩いていき、コバルトブルーの軍服に声を掛けた。男は敬礼して何やら二人で話をしている。やがて、フォルセティが男に片手を挙げてこちらへ戻って来た。


「ヘイズルーンは税関にいるらしい。呼んでくるからお前達は見物でもしてろ」

「ヘイズルーンって?」


 ノルンは隣のハールに小声で尋ねると、湾岸警備隊隊長だと教えてくれた。散らばる隊員の間を縫って、ノルンがフォルセティの元へ来た。


「リドさんに魚の買い付けを頼まれたので、そちらへ行ってもいいですか?」

「ったく、任務を何だと思ってるんだ。あのオバサンは」


 と、呆れながらハールとケルムトを呼んで同行を命じた。港の粋な女をナンパしようと張り切っていたハールは、ノルンの監視役に不満を漏らす。


「またですか!? 俺の自由は!?」


 口喧嘩でハールに敵う者はいない。フォルセティが面倒臭そうに顎をしゃくりケルムトに合図を送る。頷いた大男はまくしたてるハールを引きずりノルンの後を追った。


 ノルンは一人、活気ある港とは対照的に人気ひとけが絶えた薄暗い路地へ進んでいく。辺りを見回していると、列になって歩く人々が視界に飛びこんだ。なにかの順番待ちだろうか、それにしてはどうも様子がおかしい。近づくにつれて想像だにしない光景にノルンは息を飲んだ。彼らは手枷をさせられており、中には年端もいかない少年までいる。みすばらしい服に頬がこけた青白い顔に視線が外せない。


「ほら、早く歩け!!」


 後ろから来た小太りの男がよろめく少年を鞭で叩くと、彼は呻き声を上げて蹲った。尚も叩こうと振り上げる腕を掴まれたので振り向くと、物凄い形相で睨むノルンがいた。

 

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