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その29

 決して「降参」と口にしないノルンと手加減しないケルムト、試合の勝敗は体格さで誰の目にも明らかだ。だが、フォルセティは試合をただ見つめているだけである。

 本気を出せばすぐにでも降参する、ケルムトの予想は外れて何度でも立ち上がるノルンに恐怖すら感じた。彼とてノルンに恨みはないし仲間内で争うのは本意ではない。せめて試合を中断してほしいとフォルセティに視線を送ったが見事に無視された。

 そして、大きく飛ばされたノルンはついに起き上がることなく気を失った。フォルセティの手が高々と上がり宣言する。


「勝者、ノルン」


 誰もがケルムトの勝利だと思っていたので場がざわついた。ケルムトも猜疑の目を向ける。


「最初に言ったはずだ。先に降参と言った方が負けだと」

「だから、ノルンが……」


 機転が利くハールは理由がわかったらしく言い掛けてやめた。まだ納得いかないケルムトにハールが代わって説明する。


「ノルンは気を失ったから「降参」とは言わない、いや言えないぞ。あいつの回復を待つのは構わんがいつになるやら」


 ノルンは最初からこれを狙っていたわけではない。負けたら次の手を考えようとしか思っていなかった。そして、フォルセティはこの状況を利用してノルンの意を汲んでやったのだ。


「不服か?」


 見上げる隊長に、ケルムトは低い声で小さく「いいえ」と言った。


「だったら、今すぐ会いに行け。これも命令だ」


 ケルムト自身も逢いたかったのだろう、一礼するとやや足早に訓練所を後にした。フォルセティは彼を見送ると、今度は地面にのびている部下に呆れた視線を投げる。

 忠告を無視して勝ち目のない勝負を挑む、困っている者がいれば全力で手助けする。そんなノルンだから、皆放ってはおけないのだ。

 

「あいつを医務室に連れていってやれ」

「はい」


 フォルセティの指示にハール達が急いでノルンを抱き起した。手と剣を縛ったスカーフは解けず短刀で切って担いでいく。また女性陣に詰られるかと思うと、フォルセティは気が重かった。



 ノルンが目を醒ましたのは陽もとっぷり暮れた夜だった。ランプの薄明りに映った景色は宿舎と違って、白い壁といくつかのベッドが並んでいる。

 記憶はケルムトに散々振り回されたところで途切れていた。どのくらい眠っていたのやら。勝負の行方はノルンの棄権で負けと諦めた。条件の一生服従はいいとして、マーニとケルムトが一番の気掛かりだった。


「気がついた? 相変わらず無茶するわね」


 エルデイルはベッドの端に座ると、ノルンの額に置いたタオルを取り換えた。どのくらい意識を失っていたのか尋ねたらまだ半日しか経っていないとのことだ。ずいぶん眠っていたような気がする。

 起き上がろうとしたらエルデイルが制した。


「せっかくだからゆっくりしていきなさい。戻ったらまた任務に着くんでしょ?」


『サボりなさい』と公言する彼女に、苦笑しながら再びベッドに体を沈める。エルデイルは背を向けて机に座りカルテの整理を始めた。


「エルデイルさん」

「なに?」


 体はそのままに応える。


「もし、自分に会いに来てくれた人がいたら嬉しいですか?」

「ええ、もちろんよ」

「そうですよね」


「でもね」とエルデイルが振り向いた。


「その人のためを想うなら会わないってこともあるわ」

「例えば?」

「お互い情が募ってしまう場合もあるでしょ? 相手の幸せを願ってせっかく身を引いたのに無駄になるし」


 彼女は今回の事情をどこまで知っているのだろうか。


「会いたいなら素直に会えばいいのに」

「大人になればなるほどできなくなるものよ」

「エルデイルさんも?」


 エルデイルは、ふっと寂しげな目をして「どうかしらね?」と小さく笑った。


「今夜だけは何も考えないで休みなさい。ずっと傍についててあげる」


 ノルンが頷いて掛布団を深く被ると、エルデイルは安心したようにまたカルテに向き直った。



 あれから三日経ってノルンもすっかり元通りになった。昼食後に自分のベッドで衣類を畳んでいると、目の前に一通の白い封筒が差し出された。顔を上げると、無表情のケルムトだ。あの勝負以来、彼とはなんとなく気まずく言葉を交わしていない。ハールから自分が勝ったと知らされたが、果たして二人は会って話をしたのかそれすら聞けずにいるのだ。


「これは?」

「マーニからだ」

「いいの?」


 ケルムトが無言で頷いた。ノルンが受け取ると、彼は部屋を出ていった。



 ノルンへ

 体の具合はいかがですか? 私のために大変な目に遭ったと聞きました。あのあとケルムトが会いに来てくれたのでいろいろと話して誤解も解けました。お互いの気持ちも確かめ合えたのもあなたのお陰です。

 ケルムトは寡黙な人なので口にしないだろうけど、ノルンに感謝しています。もちろん私もよ。彼の背中を押してくれる人がいなかったら、これからの人生は後悔して生きていかなければならなかったでしょう。私には彼しかいないから。

 本当にありがとう。あなたにも幸多いことをお祈りします。

                                    マーニより


 

 窓の向こう側で風で揺れる木の音を聞きながら、ノルンは黙読した。文面からはケルムトとマーニはまた恋人同士に戻れたと読み取れる。

 そういえば、先ほど封筒を渡した際にケルムトの袖から紐で編んだ腕輪が覗いていた。そして、マーニの手首にも同じ模様のそれがあったのを覚えている。

 - よかったね、マーニ。

 彼女がいるであろう方角に微笑んだ。


「なにニヤけてんだ?」


 いつの間にかハールが隣に座ってノルンの首に腕を巻きつけた。


「一晩中エルデイルさんと一緒だったんだから、そりゃ嬉しいよな」


 ハールは拗ねた口調でノルンを睨んだ。


「ハールも気を失ってみる?」

「いい考えだな。よし、俺の頭を思い切り殴ってみてくれ」


 真面目な顔で頭を突き出すハールにノルンは呆れる。本当に殴ったらきっと逆上するに違いない。

 ノルンは封筒を大事に机の引き出しに仕舞うと、「おい、殴る時は声を掛けろよ」と俯くハールを残して部屋を出た。 



「ノルーン!!」


 厩舎へ向かう途中で名前を呼ばれたので振り向くと、ミーミルが元気よく走って来た。ようやく追いつき荒い息を整える。


「どこ行くの?」

「厩舎だよ。ミーミルこそこんな所で何してるの?」

「え? 別にノルンを追い掛けてきたわけじゃないわよ」

「ふうん」


 自分を追い掛けてきたなど微塵も思わなかったのでノルンは軽く流した。二人並んで話をしながら歩いていく。


「体、もう大丈夫なの?」

「うん。あのくらい平気だよ」

「気を失ってどこが平気なのよ」


 ミーミルは怒った風だが本当は心配で仕方がなかった。すぐ見舞いに行ったがエルデイルから門前払いを喰らったのである。

 目の前で問題が起これば即行動、ミーミルが誘拐されそうになった時もノルンは危険を顧みず助けに来てくれた。華奢な体は頼りないが、いざとなったら男らしいノルンから気になって仕方がない今日この頃である。

「そうだ、これ」と差し出したのは白い布だった。


「新しいスカーフよ」

「ありがとう」


 ノルンが受け取ると、ミーミルはスカーフの役目について話し始めた。


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