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25/62

その25

 休みの日、ハールが気難しい顔で机に向かって何やら書いていた。ノルンが覗くと手紙のようで、お世辞にも上手とは言えない拙い字である。

 それでも、王族で英才教育を受けたノルンは馬鹿にしなかった。暮らしていた村も、貧しさでろくに教育を受けられない者は多かった。字は読めても書けないのは珍しくない。


「汚い字だと馬鹿にしてんだろ」


 気配を感じたハールが拗ねた口調で言った。


「馬鹿にはしないよ。誰に書いてるの?」

「ばあちゃん」

「へえ、ハールにおばあ様がいたんだ」

「おばあ様ってガラじゃないけどな。俺が幼い頃両親が死んで、ずっと育ててくれたのさ」


 ハールから身の上を話すのは、それだけノルンに気を許し始めた証拠かもしれない。そして自身の罪についても語り出した。

 


 ハールの罪は『詐欺』、それも金持ちばかり狙っての犯行だ。彼とて生まれた時から人を騙そうと生きてきたわけではない。

 祖母に育てられたハールは、貧しかったが不満には感じていなかった。三度の食事、布団がある寝床、おまけに学校にも通わせてもらえた。ハールは幼い頃から頭の回転が速く要領もいいので、将来はきっと大物になると祖母は期待していた。

 祖母は困った人を見たら手を差し伸べる性格だった。それで何度損をしたことか、しかし本人は「よかった、よかった」と笑ってすませる。孫からすれば「全然良くねえよ」とふてくされた時期もあった。

 ある日、祖母が病を患ったことがあった。治療費が足りなくて、今まで世話をした人々の元を訪ねてみると、見舞いどころか追い返されてしまった。この時はハールが働いてなんとか場を凌いだが、受けた仕打ちの悔しさは今でも心の傷となっている。

 

 十五歳になったハールは都会へ行った。「立派になって帰ってくる」と祖母を安心させたが、実際の生活は違っていた。汗水流す職には就かず、金がなくなれば巧みな話術で人を騙して巻き上げる。

 人に施しても自身のためにはならない。

 そう悟って以来、ハールが信じられるものは金だけだ。始めは罪を犯すたびに祖母の顔が浮かび胸が痛んだが、そのうち慣れて今では何とも感じなかった。


 しかし、荒れた生活はそう長く続かない。騙した相手が悪く、金持ちの用心棒に捕まり袋叩きにされた挙げ句、川へ投げ込まれそうになったところをフォルセティに助けられたという。



「隊長は命の恩人だ」


 ハールが感慨深く言った。


「今では仕送りもできるし、それに『国境騎馬隊』ってなんか響きがいいだろ? ばあちゃん、感激しちゃってさ」


 孫が誰かのために働いているというだけで祖母は嬉しいものである。ノルンは少しだけ羨ましかった。もし自分も今の実情を母親たちに明かせたらどんなに楽かと。

 ノルンは再び手紙に視線を落とした。


「このスペルが間違ってる」


 指摘するとハールは急いで書き直す。二人は訂正しながら手紙を仕上げていくのだった。



 ハールは手紙を出すついでに買う物があると街へ出掛けた。手持ち無沙汰のノルンが部隊を歩き回っていると、しわがれた声で呼び止められた。

 武具屋のガルーラ、隣にはフォルセティもいる。隊長に敬礼をしたのち、「こんにちは」とガルーラに挨拶した。

 近くによるとなんだか酒臭い。どうやら真昼間から呑んでいるらしく、ノルンの視線にフォルセティは顔の前で手を振って否定した。


「俺は呑んでないからな」

「呆れた隊長じゃ」

「だから、俺は呑んでいないって!!」

「往生際の悪いやつめ」

「いい加減にしろよ、くそジジイ」


 噛み合わないやりとりを、ノルンはハールの身の上話を思い起こして聞いていた。フォルセティは、自業自得ともいえる状況のハールを助けたうえに職まで世話した。国境騎馬隊という命懸けの任務だが、それでもハールは逃げ出さず今日こんにちに至る。

 彼だけでなく、ここにいる皆がフォルセティに忠誠を誓っている。

 だからと言って、威厳はなく普通の若者だ。ケルムトやヘイムダムみたいに大柄でもない。

 どこか人懐っこい顔立ちも剣を握ると精悍に変わった。会った当初は違和感があった狼眼ウルフアイも、今は綺麗だと思えるから不思議だ。


「なんだよ。まだ疑ってるのか?」


 じっと見つめられて、フォルセティが不満げに訊いた。


「疑っていません。隊長は普段はいい加減ですが、任務はちゃんと全うする方ですから」

「褒めてんのか? 貶してんのか?」

「どっちもじゃろ」


 ガルーラの余計な一言でまた諍いが始ったので、ノルンが慌てて二人を引き放す。


「やめて下さい」

「ノルンはわしの味方じゃ」

「ったく、じいさんといるとロクなことはない」


 正確に言えば『ノルンとフォルセティが揃えば……』である。

 フォルセティは立ち上がると、ノルンの腕を掴んで連れ出した。しばらく歩いて彼が振り返る。


「お前の腕、細いな」

「ちゃんと訓練してます。わっ!!」


 いきなり腰を抱かれて、間近にあるフォルセティの顔に硬直した。女としてなのか不意を衝かれてなのか、とにかく判断し兼ねるほど驚いた。


「腰も細いしまるで女みたいだ」

「ど、努力します!!」

「別に悪いとは言ってない。無理するなってことだ」


 唖然とするノルンの頭にフォルセティの手が乗った。まるで弟をあやすように、髪をクシャっとかき回す感触が心地よい。


「隊長はどうしてここを志願したのですか?」


 フォルセティは狼眼ウルフアイを丸くした。


「俺? 事情はここの連中より複雑じゃないぞ」

「隊長ほどの実力なら近衛隊でも務まると思いますが」

「よせよ。あんな堅苦しい所は二度とごめんだ」


 まるで近衛隊に関わったことがある口ぶりだった。「俺はこのままがいい」と大きく背伸びをする。


「ところで、お前山育ちか?」

「はい」

「港に行ったことは?」

「ありません」

「だったら、今度連れてってやるよ」


 海に無縁の生活をしてきたノルンの顔が輝いた。ノルンの国は海からほど遠く、献上の品として稀に海産物をお目にかかる程度である。

 

「港ってどんな感じですか!?」

「そうだな、とにかく騒々しいな。海の男たちは体も声もでかい」


 興奮気味に尋ねるノルンに、フォルセティは笑いながら答えた。


「湾岸警備隊に改めて挨拶した方がいい」


 湾岸警備隊といえば、以前宝石を巡っていろいろといざこざがあった組織だ。ノルンにとってはあまり会いたくない相手である。


「彼らに……ですか?」

「あそこの隊長は俺の知り合いなんだ。悪いやつじゃないさ」


 彼の基準が今いちわからないが、きっとそうなのだろう。乗り気ではないノルンは思わずため息をついた。



 フォルセティと別れたのち、宿舎へ戻る途中追い掛ける足音に振り向いた。


「こんな所にいたのね。探したわよ」


 ミーミルが息を切らせてノルンに並んだ。


「やあ。ぼくに用?」

「あなたにもらったハンカチ、すごく評判がいいの」


 以前、ユミルが刺繍したハンカチをミーミルに贈ったことがあった。あまりにもいい出来に使わず飾っていると、母親のリドの目に触れてやはり感嘆した。娘から拝借して仲間に見せたら「どこで手に入れたか」と質問の嵐だという。


 ー お母様の刺繍、みんなを笑顔にしているよ。


 自分の得意とする物は役に立たないと嘆いていた母に知らせてやりたい、ノルンは心からそう思った。


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