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その24

 入れ替わりの激しい職業で、しばらく見ない間に知らない踊り子がいてもおかしくはない。踊り子たちが隊員に愛想を振りまくなか、その女は藍色の瞳をこちらへ向けている。いくつかの感情が入り混じるそれが、フォルセティの気を引かせたのだ。


「数か月前にふらりとやってきたんですよ。行く所がないからここで雇ってくれと言うものでね」

「ふうん」

「お気に召したら、今夜そちらへよこしましょうか?」


 中年男が耳打ちすると、フォルセティは右手を顔の横で軽く振る。


「やめてくよ。用があれば向こうから来るだろうよ」


 無理強いしなくても女は来る。大した自信だと男は肩を竦めたが、彼の意図するところは違っていた。



 賑やかな踊り子たちが去ると、部隊はいつもの男所帯で色がない場所へ戻っていった。余韻を残して夜が更けるなか、隊長室にいるフォルセティはまだ軍服のままだった。そして、傍らには剣を携えて。

 どこからかそよぐ風の気配に、机の隅に置かれた書類の束にサインをする手が止まった。ランプの火がかすかに揺れたので、視線をゆっくりと上げると入り口に誰かにいるのが見えた。

 近づくにつれて明らかになる人物に、フォルセティはペンを置く。現れたのは堅い表情の踊り子だった。一切言葉を発さず、狼眼ウルフアイを見据えている。

 

「抱かれにきた……ってわけじゃなさそうだな」


 女の滲み出る殺気に、すっと腰の剣に手を伸ばした。



 暗がりの道を、ノルンは紙袋を片手に隊長室へ向かう。中身は昼間射止めた鶏を調理したものである。結局一羽だけでは隊員達には振る舞えず、フォルセティの酒のつまみとなったのだ。

「ついでにノルンもご相伴にあずかりな」とリドが果実酒を一本手渡してくれた。

 

 隊長室の前に来たノルンの耳に、フォルセティの声だけが響いた。


「それで、俺になんの用だ」


 ― 誰かいる!?

 ドアに寄り添い耳を澄ますが、相手は答えない。そして、物が床に倒れる音にノルンが部屋へ飛び込んだ。ノルンが目にしたのは、襲い掛かる女の小刀を剣で受け止めたフォルセティである。

 

「隊長!!」

「いいタイミングだ」


 女がノルンに気を取られた隙に、フォルセティは小刀を振り払った。すかさず腰の剣を抜いたノルンが床を蹴り女へ襲い掛かる。まさかこのような事態になるとは思ってもおらず弓矢は宿舎へ置いてきていたのだ。

 キンと澄んだ音を立ててノルンと女の剣がぶつかり合う。得物では女の方が不利で、じりじりと押し戻されるとノルンのみぞうち目掛けて蹴りこんだ。交わしたノルンに間髪入れず斬りかかる。

 - しまった!!

 そう感じた時には遅くすぐ近くに迫っていた。そこへまだ体勢を整えていないノルンの前に、フォルセティが立ちはだかる。


「おい、剣の腕は確かだろうな?」

「あ、当たり前です!!」


 ― こいつ、期待できんな。

 語尾がうわずるノルンにため息をつく。


「そもそもこの人は何者ですか!?」

「さあな」

 

 部屋へ忍び入った時から無言で何も語らなかった。

 

「お前、何者だ!?」

「知りたければ、自分の胸に聞け!!」


 これまで幾人もの命を奪ってきた身だ、恨んでいる人間なら山ほどいる。心当たりを探っているのか眉間にしわを寄せる彼に、女は小刀を握り直して突進してきた。


「もう片方の剣を抜いてみなよ!!」


 今まで黙していた女が初めて声を発した。

 フォルセティは二本の剣を持っている。使うのは一本だけなので、「『国境の狼』が二本抜けば全てが死に絶える」と伝説めいた噂がある。ノルンもハール達から聞いたことがあったが真偽のほどは分からない。

 女の攻撃に、フォルセティは防戦一方だ。彼の腕なら手こずる相手ではないはずだが。


「隊長、反撃を!!」

「女が斬れるか!!」

「ぼくがやります!! 手は出さないで下さい!!」


 不甲斐ない答えにノルンがキレた。二人の間に割って入ったが、柔軟な動きと小回りが利く得物の女の方が一枚も二枚も上手だった。もっとも接近したところで女の膝がノルンのみぞうちに入る。


「ぐほっ!!」


 一瞬息が詰まり、体を『く』の字に折り曲げて激痛に耐えた。女は窓ガラスをぶち破って部屋の外へ転がった。


「待て……」


 ノルンがよろけながら後を追うなか、フォルセティが胸に下げた警笛を吹く。闇に鋭く鳴り響く音に、至る所の松明に灯りがついた。静寂の夜が一瞬にして緊張感に包まれる。


 厳戒態勢の部隊で逃げ切れず、間もなく女が掴まった。隊員達に両腕を拘束された女がフォルセティの前へ連れて来られた。隣には、まだ腹部に鈍い痛みが残るノルンもいる。


「さてと、なぜ俺を襲ったか話してもらおうか」


 跪かされた女は屈辱と怒りの色に染まった瞳を上げた。


「……お前は私の夫を殺した」


 低く震えた声に、彼は驚かず狼眼ウルフアイは冷たく光を放っている。一言も発さず、顎で「連れていけ」と部下に指示した。


「隊長……」


 小さく言うノルンに、片手を挙げて制する。


「慰めなくても結構。こんなことは日常茶飯事だ」


 こちらとて命と秩序がかかっている。たとえ相手がいい夫だろうがいい親だろうが、向かってくる者は敵とみなし斬る。それが使命なのだから。


「国境騎馬隊とはこんな所だ。お前も恨まれたくなかったら早々に辞めるんだな」


 フォルセティの言葉が妙に胸に響いた。父を殺されたノルンはあの踊り子と同じ心情だが、いつか自分にも刃を向ける者が現れるのだろうか。


 厳戒態勢が解かれて、隊員達が宿舎へ戻っていく。


「女ってのは怖いな」


 ハールが寝支度をしながら呟いた。


「もし、ハールだったらどうする?」


 部屋へ入ってくるなりノルンが訊いた。ケルムトもこちらを見ている。


「ハールだって今まで人を殺したことあるだろ? もし仇だと言われたら?」

「そうだな……」


 しばらく考えて答えが見つからなかったらしく、「お前はどうなんだよ」と逆に話を振られた。


「お前だって他人事じゃないはずだぜ?」

「ぼくは……」


 ノルンも答えを渋っていると、部屋の外が急に騒がしくなった。突如現れたエルデイルは、むさ苦しい男所帯に咲いた真紅のバラのようである。ハールは飛び上がるほど驚き慌てて髪と身なりを整えた。


「ど、ど、どうしてここへ!?」

「寛いでいるところをごめんなさい。ノルンに用があるの」

 

 ジト目のハール達を尻目に、エルデイルはノルンを連れて部屋の外へ出る。


「さっきの騒ぎで、お腹に蹴り入れられたんですって?」

「油断してました。でもどうしてエルデイルさんが?」


 咄嗟に頭に浮かんだのはフォルセティだった。


「隊長から聞いたんですか?」

「心配してたわよ。体が細いから骨折しているんじゃないかってね」


 エルデイルがノルンの上着越しに押えると、刺す痛みに顔が歪んだ。


「骨に異常はないわ。しばらく痣は残るだろうけどいずれ消えるから安心して」

「ありがとうございます」


 礼を述べたのに、エルデイルの口から笑いが漏れる。


「どうしたんですか?」

「うん? あなた達二人そろうとトラブルが起きるから可笑しくて」


 確かに出会った頃からそうだった。どちらが招いているのか議論する気にもならないが。


 







 



 


 

 

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