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その23

 隊員達がそれぞれの得物で訓練を始めた頃、ノルンは山にいた。騎馬隊で弓術を得意とするのはノルンだけで相手がいない。それなら……と、食材の調達も兼ねて狩りに行くことにした。弓術の腕を磨くには、生きた動物を相手にすればより実戦に近いからである。

 

「ということで、山に行ってくるよ。夕方には帰ってくるから」


 剣の訓練をしていたハールに告げると嫌な顔をされた。


「任務中の単独行動は禁止だぜ」

「だったら、ハールがついてきてくれないかな」

「えー、やなこった。誰か違うやつに頼めよ」


 隊員達は今のやり取りを聞いていたのか、ノルンが辺りを見渡すと一斉に目を逸らして訓練に勤しむふりをしている。実は、もうすぐこの町に踊り子たちが巡業へやってくるからだ。

 国境を越えるには、必ずこの場所を通り審査や手続きをしなければならない。そして、待っている間、踊りを披露していく。彼女らはほとんど裸のような衣裳を纏い、艶かしい振り付けで男達を楽しませるのだ。

 悪評のせいか隊員達の大半が独身で、若い女との唯一の出会いを逃したくない。もちろんノルンもこの話は知っているが同性なのでまったくの無関心だ。


 - 困ったな。

 

 訓練を諦めかけていると、「俺がついていってやる」と頭上から降ってきた声にノルンは嬉々して振り向いた。


「本当!? ありが……」


 立っている人物に、ノルンは「ありがとう」と続く言葉を飲みこんだ。名乗りを上げたのはフォルセティだった。


「そりゃいい!! ノルン、隊長についていってもらえ」


 ハール達はぱあっと顔が輝いた。この男がいたら、踊り子の関心を独り占めされてしまう。顔がよくて腕っぷしもいいなんて反則だと独り身の部下達は心の中で非難した。

 いい厄介払いができると喜ぶハール達と反対に、フォルセティとはどうも馬が合わないノルンは浮かない顔だ。それなのに、彼は行く気満々でもう馬に跨っているので仕方がなかった。



「おい、あそこにいるぞ」


 すぐそばで、木の実をついばむ鳥をフォルセティが指差して囁いた。ノルンも獲物を確認すると、弦を引き呼吸を整えて狙いを定めて指を離した。ビュッと風を切る音がした刹那、矢は見事に鳥へ命中するとフォルセティが感嘆の声を上げた。


「すごいな。一発で仕留めやがった」

「相手は動かないので大したことはありません」


 謙遜なのか本当に大したことなかったのか、ノルンはにこりともせず鳥から矢を抜く。そう、この程度なら生きるためにいつもしていたことだ。

 フォルセティは、腰から小刀を抜いて手慣れた様子で鳥の処理を始めた。その姿はセイムダムを思い起こさせる。貧しかったノルン達は、食料を買う金を惜しんで暇を見つけては野山に出掛けて獲物を狩っていた。何不自由なく暮らす王家の人間には考えられない生活だった。若いノルンはすぐに順応したが、王族のユミルには耐え難かったことだろう。


 視線を感じて顔を上げたフォルセティに、ノルンはすっと目を逸らした。彼は何か言いたげだったが、鳥を布の袋に詰めこみ歩き出したのでノルンも後をついていく。

 

 静かな野山から降りて来て、賑やかな街へ差しかかかった。


「腹が減らないか?」


 そう訊かれて、ノルンは急に空腹を感じた。時間的にはもうすぐ昼飯ではなかろうか。「何か食っていこうぜ」と誘う彼にノルンは渋った。ユミルやヘイムダムに品物や金を送ったばかりで懐がこころもとない。


「今日は俺の奢りだ」


 事情を見透かせたような台詞に、ノルンは首を横に振った。


「お腹は空いてません。先に帰りますから、隊長はごゆっくりどうぞ」

「そんな高いものじゃないから、食っていけって」

「ぼくにお構いなく」


 フォルセティが掴んだ腕を振り切ろうとした時だった。


 ぐぅ~


 腹の虫が鳴り、ノルンは頭から湯気が出そうなほど体中が熱くなる。フォルセティはノルンの肩を抱いて「体は正直だな」とにやりと笑った。


 連れられて入った店は古く小汚い。古いのは我慢できるが小汚いのは生理的に受け付けず、ノルンは思わず眉を寄せた。我が家も古かったが、ユミルがこまめに掃除したりセイムダムが補修したり手入れが行き届いていた。


「オヤジの顔と店は汚いけど、味は保証するよ」

「相変わらず口の悪い隊長さんだ」


 憎まれ口に慣れたもので、店主は手際よく支度を始める。寸胴鍋のふたを開けた瞬間、ふわっと匂うスープがノルンの嗅覚を刺激した。

 やがて、差し出された未知の料理にノルンは目を丸くする。深く大きな器に茹でた青菜、とろり半熟黄身の煮玉子、芳ばしく炙った豚肉が琥珀色のスープに上に浮かんでいた。

 早速フォルセティが食べ始めたので、ノルンも箸で具をかき分けていくと米粉の麺にたどり着いた。彼の目が「早く食べろ」と促しているので、恐る恐るそれをすすり……


「……美味しい」


 ポロリと漏れた素直な感想に、店主とフォルセティは顔を見合わせてにやりと笑った。空腹を抜きにしてあとを引く美味い料理にノルンの箸は止まらない。


「どうだ、美味いだろ?」


 返事をするのも惜しいとばかりにこくこくと頷いた。コクはあるがしつこくないこの出汁は鶏がらだろうか。こんな食べ物があったのかとノルンはとても感動した。


「お嬢ちゃん、美味そうに食うねえ」

「ごほっ!!」


 店主の言葉に、ノルンが麺を吹き出しそうになった。


「こいつは男だよ、入隊したばかりだ」


 フォルセティが笑いながら麺をすする。


「へえ。俺はてっきり隊長のコレかと思ったぜ」


 小指を立てる店主に、「目まで悪くなりやがった」フォルセティはぼやいて残りのスープを飲み干した。


「行くぞ。鳥が腐っちまう」


 誘ったのは彼なのに、もうすぐ食べ終わるノルンを急かす。代金をカウンターに置こうとしたら、店主が断った。今日はノルンのために代金はいらないという。


「その代り、ちょくちょく顔を出してくれや」


 そろそろ客が多くなる時間帯に差し掛かり、対応に追われる店主が送り出した。店の外へ出たノルンが一言。


「いいんでしょうか?」

「せっかくの好意だ。ありがたく受け取っておこうぜ」


 ノルンのお陰でフォルセティまで得したのだ。文句はない。


「それにしても、得な顔してんな」

「そうでしょうか?」


 褒められたはずの当人は少し不機嫌だ。男にしては綺麗な顔立ち、では女としては? 胸にわだかまりが残った。フォルセティは軽く息を吐いて部隊へ向かう。



 ノルン達が帰ってくると、華やかな衣装の踊り子たちがまだ部隊にとどまっていた。どうやら到着が遅れたらしく、まさに手続きの真っ最中だった。

 フォルセティたちの登場に、その場にいた全員が注目した。琥珀色の瞳がおもむろに辺りを見渡すと、女たちが熱い視線を投げ返す。そして、一人の女がノルンにウインクしてみせたので、ノルンはたじろいでフォルセティの背に隠れてしまった。

 踊り子たちの輪の中から小太りの中年男が揉み手をしながらやってきた。


「これはこれは隊長さま、毎度どうも」

「元気そうだな」

「はい、お陰様で」

「ところで、そっちの女は新入りか?」


 フォルセティが顎をしゃくった先に、褐色の肌をした女がいた。







 




 

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