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その17

「彼が本国へ戻り次第、お前も速やかに帰してやるから」


 団長は、ノルンに耳打ちしたがにわかに信じがたい。事情聴取と言いながら、そのまま罪に問われた者は多い。結局、身の潔白を晴れせないまま冤罪に甘んじるしかないのだ。

 ノルンは拳を握りしめて怒りに耐えていたが、宝石売りの男の拘束具が外されるとノルンの箍も外れた。


「……じゃない」

「なんだって?」


 胸の奥から絞り出すような低い声に、団長は聞き取れず耳を近づける。


「冗談じゃない!!」


 細い身体に似合わない大音量は、団長の鼓膜を直撃してたまらず身をのけ反った。


「なんでぼくが拘留されなきゃいけないんだ!!」

「拘留ではない、事情聴取だ!!」

「どうだかな」


 二人の口論に、フォルセティが呟いた。公正な裁きが下されない現実が、今の国境騎馬隊員の境遇を作り出している。

 - にしても、術がないな。

 このまま拘留が決まれば、ノルンを取り巻く連中に責め立てられるに違いない。フォルセティにはそちらの方が堪えるし、生意気で気に入らない奴でも一応部下だ。

 それにしても、状況証拠だけでこちらの旗色が悪い。


「おい、ほかに方法はないのか?」


 フォルセティの口調が苛立ったものになった。


「あるにはあるけど、失敗したら恥だけじゃすまなくなります」

「んなもの、やってみなきゃわからんだろうが。いいから言え」


 促されて、ノルンは軽く息を吐いて説明する。


「もし、これが『青光石』なら割れます」

「簡単じゃないか。誰か金槌を持ってこい」

 

 団長の指示に、ノルンは首を横に振った。


「核を捉えないと割れない。だから、ぼくの国では剣士の証として使うんです」


 自警団が互いの顔を見合わせるなか、フォルセティは嫌な予感がした。言わずもがなこの場で剣士はただ一人。全員の視線が注がれるとフォルセティは眉を顰める。


「まさか、俺にやれって言うんじゃないないだろうな!?」


 よりによって、こんな重大な局面を任せられるとは。

 決して自惚れる訳ではないが、この辺りでは名が知れた剣士だ。割れなければ、剣士としての素質が疑われるばかりか隊長の面目丸つぶれである。


「あの隊長にできるのか?」

「『国境の狼』と呼ばれているんだ。このくらいどうってことないさ」

「まだ若い。経験が足りないのでは?」


 自警団のざわめきが不穏な空気を醸し出すと、ノルンは内心焦った。いくら気に食わないからといって、ここまで彼を追い詰めるつもりはなかったのだ。言えと促されて正直に答えただけだと、自身を正当化してもわだかまりが消えない。

 ノルンはいたたまれず提言した。


「隊長、ぼくがやります」

「お前は剣士じゃない」

「だったら、事情聴取を受けます」

「……できない前提かよ」


 フォルセティは不満げに吐き捨てて、団長の手から宝石をもぎ取った。テーブルの上に問題のそれを置いて「ふう」っと息を吐く。剣を抜いて宝石に突き立てると、周りにさっと緊張が走った。


 核を捉える

 フォルセティは初耳だが、剣士の本質を問うにはいい機会かもしれない。上手くいかなかったら謝罪すればいい。彼等も命まで問わないだろうし、せいぜい留置所で数日過ごすだけだ。

 視線は宝石に据え置き、ノルンに小声で話し掛けた。


「ノルン」

「はい」

「割れなかったら二人で土下座するぞ」


 土下座で許してもらえるのだろうか。ノルンに失うものはないが、フォルセティは剣士失格の烙印を押されて人生を送ることになる。

 なのに、彼は『二人』で土下座すると言った。

 - 今度はぼくのため……?

 ノルンは真意を知りたくて、真剣な眼差しで宝石を見下ろす彼を凝視する。


 フォルセティは、柄を両手で握り締めて剣先を宝石の中心に合わせた。覚悟を決めて一気に力をこめる。

 一同は固唾を飲んで行方を見守るも、ギリギリと音だけ聞こえてひび一本入る気配がない。宝石売りは緊張と不安で滴る汗をハンカチでしきりに拭った。目の前の若者がどの程度の実力か知らないが、『青光石』はそう簡単に割れる代物ではない。だが、物事に絶対はないのだ。


「も、もうこのくらいでいいでしょう。傷が付いたら商品にならない。もし本物だったら買って頂ける……」

「黙ってろ!!」

 

 フォルセティに一喝されて、宝石売りはあんぐりと口を開けた。

 全身の氣を剣先に集中すると、狼眼ウルフアイが鋭い眼光に変わり、威嚇する猫のように黒髪が逆立つ。威圧的な空気に飲まれたノルンは目が離せずにいた。

 

「うおぉぉっ!!」


 怒声にも似た雄叫びと共に、テーブルが勢いよく真っ二つに折れた。尚も剣を突き立てるフォルセティの足元に青い雫が飛び散る。

 

「宝石が割れたぞ!!」


 自警団の一人が叫んで団長が確認すると、青い宝石は大小のかけらと化して床に散らばっている。


「馬鹿な!!」


 『青光石』と証明された瞬間に、宝石売りの顔に血の気が引いた。逃げ出そうとする男の行く手を、フォルセティの剣が阻んだ。鼻先で煌めくそれに、男はたじろぎごくりと唾を飲む。


「捕らえろ!!」


 団長の号令で、今度こそ宝石売りは逮捕されて再び拘束具が手首にはまった。部下達に連れていかれる男を見送って、団長が愛想笑いで振り返る。


「いやあ、さすがですな。あの男も今度こそ言い逃れはできないでしょう」

「言い逃れができないのはそちらも同じでは?」

「は?」

「まずはノルンに謝罪してもらおう」


 フォルセティはノルンの腕を掴んで引き寄せると、団長の前へ突き出した。


「こいつをはなから拘留するつもりだったんだろ?」

「そ、それは……」

「もし俺達が近衛隊なら、こんな扱いはしないはずだ」


 虚を衝かれて自警団の長は反論できない。口では公平を謳っても、心の奥底では国境騎馬隊の存在を軽んじていたからだ。

「今なら発言を許す」と、フォルセティがもう一度ノルンの背中を押す。よろめいて上目遣いで団長を見上げた。いつものノルンなら遠慮なく不満をぶちまけるのだが、今回は不思議とそんな気持ちにならなかった。

 いっこうに口を開かないノルンを見やる。


「どうした。遠慮するな」

「別にありません」

「危うく犯罪者にされるところだったんだぜ?」


 - 隊長が代わりに言ってくれたから。

 口にすれば、きっとフォルセティが生ごみを見るような顔をするに違いない。だから、そっと胸で呟いた。


「さて、長居は無用だ。帰るぞ」


 フォルセティは剣を鞘に納めると、まだ動かないノルンの頭を軽く叩く。はっとしてノルンは帰っていく彼の後を追い掛けた。



 自警団本部の長い廊下を歩く紫紺の軍服二人に、すれ違う者達の視線が流れていく。


「ったく、いつ来ても胸くそ悪い所だ」


 黒髪の隊長が、わざと聞こえるように大きな声で吐き捨てた。最初は苦々しく睨んだが、いわくつきの国境騎馬隊員と知るとあからさまに避けていく。

 

「あの、ありがとうございました」


 しおらしく礼を言うノルンに、フォルセティが首を傾げた。


「ぼくを助けてくれましたよね?」

「一応部下だからな」

 

 皮肉を含んだ返事も腹が立たなかったのは、彼に対する見方が少し違ってきたせいかもしれない。


 


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