その16
フォルセティは、この状況にとても不満だった。
用があって街へ来てみたら、いきなりコバルトブルーの軍服に囲まれて訳も分からずここへ連れて来られた。そして、嫌味にまみれた言葉を聞く羽目になったのだ。
ノルンはともかく、部下達のふくれっ面を見れば不当な扱いを受けたのは一目瞭然である。ほとんどが罪人の国境騎馬隊が衝突するのは仕方がないのだ。
皮肉たっぷりに出迎えたこの男は、湾岸警備隊副隊長ベストラという。歳は三十代前半で、身長はケムトルと同じくらいで、横幅は軽くノルンの二倍はある。短い赤毛に日焼けした肌、ギロリと光る目はいかにも海の男といったところだ。
そして、思考は筋肉同様凝り固まっているので、余計フォルセティ達と反りが合わない。
「手短に状況を教えてくれ」
「彼等が、詐欺の疑いで宝石商を逮捕しました」
年齢は上だが立場ではフォルセティより低いので、ベストラは不本意ながら敬語で接した。
「何か不都合でも?」
フォルセティが怪訝そうに尋ねると、ベストラがくいと顎をしゃくった。その先には、ひっくり返ったテーブルや砕け落ちた食器の残骸が散らばっている。
「あー、悪い」
日常茶飯事の事態に、フォルセティは頭を掻いて形ばかりの謝罪をした。その態度がベストラ達の癇に障ったようで、目を吊り上げて抗議する。
「隊長がそんな態度だから、こいつらがつけ上がる!!」
「なんだと!!」
いきり立つハールをフォルセティは片手を挙げて制したが、横から金髪の頭が飛び出た。
「つけ上がっても任務は全うしている。文句を言われる筋合いはない」
ノルンが見上げて言うと、ベストラが凝視してやがて大声で笑い飛ばした。
「見たところ新入りみたいだが、口だけは一人前だな」
「口だけは余計だ」
「お前こそ、余計なこと言うなよ」
食ってかかるノルンに、フォルセティは睨みつける。体面を気にする隊長に、また苛立ちが募った。
「隊長はどちらの味方なんですか!?」
「味方も何も、俺はお前達の隊長だぜ?」
フォルセティの呆れた口調に加えて、湾岸警備隊員も苦笑する。ノルンの憤りが白い頬を赤く染めると、彼等の一人が細い手首を掴んで引き寄せた。
「仲間割れか?」
「離せ!!」
ノルンの足が床を離れて痛みで顔が歪むと、フォルセティの表情が一転した。愛想笑いが消えると同時に、彼の鞘が鈍い音を立てて男の溝内を捉える。
「ぐおっ!!」
男が呻き声を上げて力が緩んだ隙に、ノルンは手を振りほどいて急いでその場を離れた。蹲って激痛に耐える男の額には脂汗が滲んでいる。
「これでも一応部下なものでね。悪く思わないでくれよ」
全然悪く思わない口ぶりと鋭い眼光に、一同は息を飲んで身動きができなかった。たとえ味方であろうと、意に反する者は容赦なく襲い掛かる。目の前にいるのはまさに『国境の狼』なのだ。
「事後処理は自警団に一任、店の弁償は国境騎馬隊が持つ。ヘイズルーンにも伝えておけ」
一瞬でもこの若者に気後れしたベストラは、屈辱に満ちた表情で頷いた。フォルセティが踵を返すと、ハール達も続いて店を出た。
「このバカ!!」
「いたっ!!」
店を出るや否や、ノルンの頭にフォルセティの拳が落ちた。容赦ない一撃に、脳天がジンジンと痺れる。
「けんかするなら相手を選べって言っただろう!!」
「お言葉ですが、最初にケンカを売ったのは向こうです!!」
「だとしても、湾岸警備隊は同じ国家組織の人間だ。敵対してどうする?」
「でも、隊長はノルンのためにケンカ買いましたよね?」
ハールがにやにやしながら言うと、フォルセティの鋭い視線がノルンに投げられた。
「勘違いするな。別にお前を助けたんじゃない」
「隊長が護りたかったのは、ぼくじゃなくて体裁でしょう?」
今度は自分の隊長にケンカを売るノルンに、ハールが慌てて間に割って入る。
「こいつには後で言い聞かせますから。お前も謝れ」
ハールは無理やりノルンの頭を押えつけたが、うわべだけの謝罪は不愉快なだけだ。フォルセティは何も言わず、馬に跨ると先に部隊へ戻っていった。
フォルセティの姿が見えなくなると、ハールは大きく息を吐いた。
「隊長じゃないけど、少しは喧嘩を売る相手を考えろって」
「ハールは、隊長の態度が許せるのか?」
ハールは、フォルセティがいるから国境騎馬隊は舐められずに済むと言う。湾岸警備隊の長であるヘイズルーンとフォルセティは、剣術を競い合った仲で気ごころが知れていた。ヘイズルーンは国境騎馬隊というよりフォルセティ個人に好意的なので、多少の融通を利かせるらしい。
「持ちつ持たれつってとこだな」
「それでも納得できない」
「一緒に戦ってみれば分かるって。もう帰ろうぜ」
ハールが腹が減ったとうるさいので、ノルンは釈然としないまま馬に跨った。
数日経って、逮捕された宝石売りの件が意外な騒動を引き起こす。
ノルンとフォルセティは、街の中心にある自警団の本部に呼び出された。ある一室に通されると、ノルンは隣のフォルセティに囁く。
「この間のお礼でしょうか?」
「そんな雰囲気でもなさそうだ」
フォルセティの指摘通り、一同は険しい表情で立っていた。
「お前がノルンか?」
髭を生やした中年の男が、ジロリとこちらを見た。
「先日逮捕した男の『海光石』が偽物だと言ったそうだが、間違いないか?」
「はい」
「根拠は?」
「見分け方を宝石商に教えてもらいました。実際、『海光石』と見比べたこともあります」
自警団の男が目配せすると、仲間が小さな木箱を持ってきた。中を開けると、あの青い宝石が納まっている。
確かめるよう促されて、ノルンは手に取り隊長室の窓から差し込む光に照らした。幾重にも光の筋が重なり美しい『海光石』とは程遠い。
「どうだ」
「『青光石』です」
「だそうだ」
男が体を開けると、背後から手錠をした宝石売りが現れた。
「団長殿、これは本物でございます」
「なっ!?」
まだ言い張る宝石売りに、ノルンは怒りで声すら出ない。
「『海光石』は非常に希少価値が高い。地上に出回ることがなく、この中で知っているのはお前とこの者だけだ」
一度は逮捕したものの相手は他国の商人、場合によっては面倒な事態になり兼ねないというのだ。
- 困るもなにも、ぼくの言うことが正しいに決まってるじゃないか!!
ノルンが王女の身分を明かせば、彼等も取り合ってくれるだろうがそうできない現実が歯痒い。
「隊長はどう思うかね?」
話を振られたフォルセティがノルンを見ると、勝気な瞳が不安に揺れていた。生意気で感情的だが嘘を言うとは思えないし、第一嘘を言うメリットがない。
「俺はこいつを信じる」
彼の一言に、ノルンは動じなかった。部下を信じる寛大な隊長、ノルンの目にはそう映っている。
「もしこれが『海光石』なら、本国に帰り次第名誉棄損で訴えますぞ」
強気な宝石売りの言葉が、団長を一層不安にさせた。もはやいち自警団が扱える事案ではなく、早く手放さなければと焦った結果
「宝石売りを釈放せよ。国境騎馬隊員はこのまま残って事情聴衆だ」
ノルンと宝石売りを天秤にかけて、後者に大きく傾いたようだ。




