その15 -宝石は真実を見抜く―
貿易船が入港すると、街は異国の商人達で溢れていた。それに合わせて、巡回するコバルトブルーの軍服もいつもより多く目につく。
乗船客が下りれば自警団の管轄になるが、成り行きによって湾岸警備隊や国境騎馬隊にも出動要請が下りる可能性が高い。後者は国境を守る彼等に人員を割く余裕はないので、数人で巡回する程度だ。
そんななか、騎馬隊の一人が上機嫌で宿舎へ戻って来た。非番で街へ繰り出した際に宝石売りと出会い、意中の女性に贈る品を選んでもらったという。見せてほしいと仲間からせがまれて、鞄から取り出したのは青い宝石が埋め込まれたペンダントだった。
見るからに高価そうなそれに、無縁な仲間達は興味津々で見つめている。
「高かっただろう?」
「お前、よく金があったなあ」
「実はさ、特別に安くしてもらったんだよ」
「へえ!!」
「どこの商人だ? まだいるのか?」
蜂の巣をつついたような騒ぎに、ちょうどその部屋を通り掛かったノルンとハールは顔を覗かせた。
「おい、なんの騒ぎだ?」
「ハール、見てみろよ。本物の宝石だぜ」
ハールは、鼻先に突き出されたペンダントを凝視した。
「海光石っていうらしい」
その名の通り、海に差し込む光のように青く澄んで美しい。一同が羨望の眼差しを向けるなか、ノルンだけが首を傾げていた。海光石は市場に出回ることは少ない貴重な宝石で、ましてや庶民が容易く手に入れるなどあり得るだろうか。
ノルンが王女だった頃、王族と取引していた宝石商が母ユミルへ献上したのが海光石だった。その場にいたノルンもその美しさに心をときめかせた覚えがある。
その時、貴重が故に偽物も多く出回っているという話を彼がしたのだ。どうやって見分けるかというノルンの問いに、宝石商は笑ってこう答えた。
「『青光石』と申しまして、酷似しておりますが割れます。ただ非常に硬いため、なかなか核を捉えきれず本物と錯覚する厄介な代物でございます」
「だったら、核を突けば確かめられるの?」
宝石商は頷く。
「それ故、騎士方が力試しに使うと聞いたことがあります。物事の中心を見極められるのが立派な騎士らしいので」
このあと、ノルンは近衛隊長のセイムダムに海光石の話をしてみた。
「セイムダムも試したことある?」
「はい。私の場合は、近衛隊に命名された時に試しました。果たして、自分は王をお守りする資格があるかどうかを知るために」
今、彼がこうしてノルン達の前にいるのだから、結果は言うまでもない。「とはいえ、青光石も宝石なのでそう何度も試すものではございません」と、ヘイムダムは苦笑した。
「おい、ノルン」
名を呼ばれて、ノルンは回想から醒めた。
「お前、貴族出身って噂じゃないか。見たことあるか?」
「うん。でも、偽物も多いらしいよ」
何気なしに言った一言が、波紋のように辺りにどよめく。海光石を買った隊員に至っては血の気が引いて真っ青になった。大枚はたいて購入した物が、偽物だとしたら当分立ち直れない。
「これ、偽物じゃないか?」
「本物が簡単に買えるはずがないからな」
「ば、馬鹿なこと言うなよ。それに安いと言っても結構な値段だったんだぜ」
一同が疑いの目でペンダントを眺める横で、ハールがノルンの頭を小突いた。
「痛いな」
「おい、なんだってあんなこと言うんだよ」
「あんなことって?」
「偽物だって確信があるのか?」
「可能性の問題さ」
非難を浴びたノルンは、憤慨した表情でペンダントを渡すよう掌を差し出す。
「貸して。確かめる方法があるんだ」
ノルンはペンダントを太陽に翳して、宝石の中を透かし見ながら説明した。
「海光石は光が複雑に屈折するけど、偽物に使われる青光石は屈折が少ない」
「へえ」
ハールがひょいと覗きこんで唸った。実はこれも宝石商の受け売りで、本物を見たことがある者しか知り得ない方法である。
「でもよ、その青光石ってのも一応宝石なんだろ?」
「それなりの価値はあるけど、海光石には到底及ばない」
「あの野郎、騙しやがって!! ただじゃおかないぞ!!」
黙って聞いていた隊員がいきなり部屋を飛び出したので、ハール達もすぐ後を追い掛けた。
街の石畳を、騎馬隊員達が血相を変えて駆けていく。通行人の奇怪な視線を目の端に感じながら、ノルンは嫌な予感に気持ちが沈んだ。
やがて、一軒の飲食店で寛いでいる小太りの男を見つけると、ズカズカと近寄ると襟首を掴んで引き寄せた。
「おい、よくも騙してくれたな!!」
紫紺の軍服に白いスカーフ。この間の客が国境騎馬隊の一員だと分かると、男は一瞬狼狽えたがすぐに平常心を取り戻した。
「な、なんのことでしょう?」
「とぼけるな!! あの宝石、偽物らしいじゃないか!!」
隊員が声を荒げると、客達がにわかにざわつき始めた。「騙す」「騙さない」のやりとりに、この場に居合わせた湾岸警備隊が遠巻きに様子を窺っている。
「まさか!! あれは本物です」
男の薄ら笑いが、首を締め上げられて真っ青になっていった。
「嘘をつけ。こっちには本物を見分けられるやつがいるんだよ」
隊員と男の視線が一斉にノルンに向く。カランと音を立ててテーブルに転がる宝石に、ノルンが頷くと
「坊や、嘘はいかんな」
「嘘じゃない。ぼくは本当の海光石を見たことがあるし、見分け方も知っている」
「面白い。だったら、証明してもらおう」
男はやけに落ち着き払っていたが、ノルンが太陽に翳す仕草に顔が引きつった。世間一般に広まっていない方法を、まさかこんな田舎町で知っている者がいる予想外の展開に大いに焦る。
「くそっ!!」と、吐き捨てて逃げ出す男を、ハールが捕まえて投げ飛ばした。テーブルがひっくり返り、客達が悲鳴を上げる。
「逃がすな!!」
荒い素行で有名な連中だ。男一人捕まえるのも大がかりとなってしまい、飲食店は逃げ惑う客と仲裁する湾岸警備隊でごった返した。
あれから小一時間、ようやく騒ぎが納まると宝石売りは自警団に連れていかれた。ノルン達国境騎馬隊はというと、湾岸警備隊に囲まれて犯罪者扱いされていた。
「まったく、お前達はすぐ問題を起こす」
「おいおい、俺達は詐欺師を捕まえたんだ。礼こそ言われ、文句を言われる筋合いはないぜ」
コバルトブルーの隊員に、ハールがむくれて反論する。
「そこのは新入りか?」
「こんな女みたいな面のガキも隊員とは、『国境の狼』もよほど苦労しているとみえるな」
「なんだと!! うちの隊長を馬鹿にするとは許さねえ!!」
矛先が隊長のフォルセティに向けられると、ハール達が憤慨した。今度は両隊員が一触即発の空気となり、飲食店の主が勘弁してくれと頭を抱える。
「やめろ!!」
突然の鋭い怒号に、その場にいた者達が一斉に注目した。
「隊長……」
フォルセティがぐるりと辺りを見渡して、ノルンに目が留まると盛大なため息をつく。
「はあ……。またお前か」
「ぼくは何もしてませんけど」
「お前が来てから騒ぎが堪えん。自覚してるか?」
「……失敬な」
ノルンが口を尖らしたが、フォルセティは無視して湾岸警備隊に向き直った。
「これはこれは、国境騎馬隊長自らお出ましですかな?」
- 呼ばれたから来たんだよ!!
腹立たしさを胸の奥に仕舞い、フォルセティは愛想笑いを浮かべた。




