表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/62

その11 -初任務は命懸け-

 ミーミルは、隣で野菜の皮を剥くノルンを横目で観察した。光り輝く黄金の髪にすみれ色の勝気な瞳、男っぽくなく中性的な美しさを放っている。

 ― 私より綺麗かも……。

 女として自信を失いそうだ。


「なに?」


 視線を感じたノルンがこちらを見たので、ミーミルは慌てて目を逸らした。


「お、男の子なのに慣れてるって思ったのよ」


「ああ、これ?」と、吊り上げた皮は薄くそぎ取られている。調理場を手伝いに来る隊員のほとんどが、剣捌きは得意でも包丁は苦手だ。ジャガイモがミニトマトくらいの大きさになるのはざらだが、ノルンは見事に包丁を使いこなしていた。


「お母様の手伝いをしていたから」


 - お母様だなんて、いい所のお坊ちゃんかしら? そんな顔してるわ。


 少なくとも騎馬隊で、自分の母親をそう呼ぶ者はいない。ここにそぐわない大層上品な少年が来たものだ。

 

 二人はその後、会話らしい言葉を交わさず黙々と作業を続ける。やがて、ノルンが大きく背伸びをした。


「終わった?」

「うん」

「じゃあ、お母さんの所へ持っていくわよ」


 剥いた野菜の数は同じくらいなのに、二つに分けられたかごの量に差があった。


「男の子なんだから、このくらい平気でしょ!!」と、ミーミルは少ない方のかごをとっとと選んでしまったので、仕方なく残された大量のかごをノルンが背負うことになった。いくら男を装っていても体はれっきとした女なので、よろめきながらリドの元へ運んでいく。


「ご苦労さん。ノルンは帰っていいよ」


 ノルンがぺこりと頭を下げて帰っていくのを、ミーミルは自然と目で追った。


「気になるかい?」

「まさか!! あんな細い身体でやっていけるのかなあ」

「さあ、お前も帰って勉強するんだよ」


 勉強より調理場の手伝いがしたくてぐずる娘をリドは追い出した。



 ノルンが宿舎へ戻る道すがら、紫紺のコートを靡かせて歩くフォルセティと会った。一礼して通り過ぎようとしたノルンを呼び止める。


「ここでの暮らしは慣れたか?」

「はい」

「だったら、お前に初任務だ」

「ぼくにですか!?」


 初めての任務と聞いて、ノルンの胸が躍った。盗賊討伐か、それとも密偵か。彼から告げられた任務はいづれも違った。


「食料調達の護衛を命じる」

「遠い所へ行くんですか?」

「いや、隣町だ」


 ノルンは唖然とする。子どもでも使いにいける距離を、騎馬隊がわざわざ護衛するのか。


「ぼくのほかに誰が?」

「お前一人だ。明朝七時に調理場の前に集合、いいな」


 良く言えば『護衛』、悪く言えば『荷物持ち』。期待していた分、急降下な現実にノルンが食い下がる。


「ちょっと待ってください。ぼくも前線に出たい」

「俺達は騎馬隊だ。馬を持っていないやつがどうやって戦う?」


 痛い所を衝かれて、ノルンは言葉に詰まった。ハールから聞いた初月給を参考にして、母親への仕送りを差し引くと馬が買えるのはまだ先の話である。良し悪しに囚われなければ買えないこともないが、それこそ騎馬隊を名乗るなら立派な馬に乗りたい。


「馬が手に入ったら、その時はまた考えてやる」


 横を通り過ぎる彼に、ノルンは渋々と一礼した。



「随分と意地悪ね」


 フォルセティが振り向くと、長い髪を一つに束ねたエルデイルがこちらへ歩いてくる。


「盗み聞きとはあまりいい趣味じゃないな」

「失礼しちゃうわ。たまたま通りかかったら聞こえたのよ」


 エルデイルが隣りに並んだ。ヒールを穿いているせいか、彼との身長差はさほどない。


「馬が買えるなら、こんな所に来ないわ」


 馬が買えない境遇を責めるつもりはない。そのくらいの事情はフォルセティも折り込む済みだ。


「まさか、このまま下働きさせる気じゃないでしょうね?」

「ここは実力と運がなければ死ぬ。お気に入りの坊やを殺したいのか?」

 

 狼眼ウルフアイに睨まれて、エルデイルは肩を竦める。


「あの子は死なない。少なくとも実力はあるもの」

「ひったくりを捕まえたくらいでか?」


 呆れるフォルセティに、「そのうち分かるわ」と意味ありげに笑った。



 その夜、ノルンは明日の任務に備えて弓の手入れをしていると、別の任務を終えたハールとケルムトが部屋へ帰って来た。

 

「聞いたぜ。明日、初任務だってな」


 からかい半分激励半分のハールに、ノルンは面白くない表情を向ける。


「ただの荷物持ちだよ」

「俺達の胃袋はお前の護衛にかかっているんだ。頑張れよ」


 真剣な顔で言うものだから余計わざとらしく聞こえるが、ハールの言葉はまんざら嘘ではなかった。


「最近、若い女ばかり狙って連れ去る事件が起きている。俺達も動いているがまだ捕まらない」


 ハールは軍服を脱ぎ捨てると、ベッドに寝転んだ。


「どうして若い女の人ばかり狙うの?」


 ノルンがぐっと身を寄せると、ハールはその美しさにごくりと唾を飲みこむ。

 こいつが女だったら、即抱くんだけどなあ。

 むさ苦しい男所帯でうんざりしているとはいえ、美男子を抱く趣味はハールにない。


「そりゃ、オバサンより若い女の方が使い道があるからさ。お前も男なら分かるだろうが」


 女のノルンにはさっぱり分からなかった。


「ケルムトは分かる?」


 ― おい、よりによってあんな堅物に話を振るなよ。

 案の定、ケルムトはノルン達を一瞥するだけで無言だ。


「とにかく油断するなよ。国境を抜けられたら厄介だぞ」


 国境を破って他の国へ逃亡したら、入国手続きやら捜索許可やらで早くても二週間はかかる。その間に、誘拐された女達は遠くへ売り飛ばされてしまうのだ。

 

 それを聞かされたノルンの表情が引き締まった。どんな些細な任務でも全力でまっとうする、それがヘイムダムの教えでもあった。明日はミーミルも一緒だ。自分が護らなければと使命に燃える。



 翌朝、早目に朝食を済ませてノルンは調理場の前に来た。


「おはよう。よろしく頼むよ」


 少しばかりお洒落な格好のリドが、ノルンの肩を叩いた。隣には完璧なおしゃれ着のミーミルもいる。辺りを見回すと、二人の女が立っていた。


「みんなで四人ですか?」

「今日は買い付けだから、うちらで充分さ」


 どうやら、大量の荷物は持たずに済みそうだ。隣町までは徒歩十五分なので馬は使わない。出発しようとしたところへフォルセティがやって来た。


「可愛い隊員を借りていくよ」

「ああ」


 そして、背中に弓を背負ったノルンに首を巡らす。


「ノルン、油断するな」

「はい」


 ただのお供ならそれに越したことはない。皆を無事部隊へ連れて帰ることが大事なのだ。

 フォルセティは、初任務となるノルンとリド達が小さくなるまで見送った。



 隣町に着くと、既に朝市で賑わっていた。ノルン達がいるグレイプニルより店数が多く、ミーミルは大きな瞳を輝かせてきょろきょろと辺りを見渡す。


「お母さん、あの雑貨屋へ寄ろう!!」

「先に用を済ませてからだよ」


 母親に窘められて、ミーミルは頬を膨らました。


「少しくらいいいじゃない」

「ミーミル、リドさんの言うことを聞いて」

「なによ、偉そうに。人さらいなんて私が退治してやるんだから」


 あまり危険を認識していないミーミルは、さらに口を尖らせる。

 ― 隊長が同行していたら、きっと聞き分けがいいんだろうなあ。

 早くもひと波乱ありそうだ。





 

 



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ