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転んでもただでは

「くそッ!」

 男は悪態をつきながら、乱暴な足どりで駅前を歩いていた。

 ギャンブルで損をしたという余りにも、ありきたりな理由であった。

 素粒子パチンコ、超光速スロット、月軌道上競艇……この3日で男が、それぞれのギャンブルの経営者に差し出すことになった金額は、彼の2か月分の生活費に等しかった。

 くわえて、彼が隠し持っていた貯金の残り、ほとんど全てをはたいて買いあさった「2139年末コズミック宝くじ」の当選金は、300円だった。

 それはつまり、彼がまた借金を10万ほどの借金をしなければならず、その利息を払うため、翌月には更に金策に追われなければならないことを意味していた。

 いくら損をしようが、それは彼の自業自得というものであり、誰にも怒りのやりようはない。

 ただ、「誰にも」というのは、人間には、という意味である。


 男が舌打ちして顔を上げると、人間に混じって、向こうからひょろりとした金属製のものが歩いてくる。

 上等に作られたロボットのようだ。

 どこかの金持ちの召使だろう。しゃれたデザインで、彼のようなチンピラにはとても手が出そうにない高級品だ。

 持ち主は誰だろう。彼が今しがたスってきたパチンコ屋のオーナーか。彼が働いている小工場の横柄な社長か。彼がアニキと呼ぶ暴力団員がいつもヘコヘコしている組の幹部か。

 彼よりもはるかに権力のある、したがって彼を虫ケラのように扱う金持ちたちの顔が浮かんできた。勝手なことを想像し、それに伴ういくつもの不愉快な記憶を喚起された男は、ますます腹が立ってきた。

 すれちがいざまに、男はそのロボットの脚を蹴り付けた。

 ロボットは転倒し、ガードレールにぶつかった。ドラム缶を転がすような、耳障りな音が響き渡る。周囲を歩いていた人々が思わず立ち止まり、視線が男とロボットに集中した。

 だが彼らは、何が起こったのかを確認すると、すぐに興味を失い、また歩き始めた。

 ロボットは立ち上がり、首を270度回転させて、男のほうを向いた。

「ナゼ、蹴リマシタ、カ」

「うるせえ」

 男はロボットの横面を、力任せに殴りつける。

 今度はロボットは微動だにしない。男は拳をすりむき、思わずその手を押さえた。

 通りすがりの2人組みの若い女性の片方が、くすりと笑う。もう一人が「笑っちゃ悪いわよ」と、やはり笑顔でたしなめる。

 憎しみを込めた目で、男はロボットの頭部を見た。

 ロボットが笑った、ように見えた。

「てめえっ!!」

 頭に血がのぼった男は、体重をかけておもいきりロボットを蹴りつけた。

 ロボットは再び転倒した。だがロボットはその程度では壊れない。特に高級品は。

 男は倒れたロボットを見下ろして言った。

「立て」

「ハイ」

 ロボットは立ち上がった。

 ロボットというものは、持ち主の命令に反しない限り、他の人間の命令にも従うようにできている。

 殴るのにこりた男は、もう一度、助走をつけてロボットを蹴り、ロボットは再び倒れた。

「どうだ。痛えだろ」

「ハイ」

 無機的な声調で、ロボットは答えた。

 人間の質問には正直に答えるように作られているのだ。

 ロボットは痛みを感じないと思うかもしれない。が、それは間違いである。ロボットも痛みを感じる。

 ロボットは人間の財産である。その財産を傷つけないように、人間の命令に反しない限りで、自分の身を守らなければならない。だから自身に加わる強い衝撃などは、コンピュータが不快情報――つまり「痛み」として受け取るようになっている。

「けど、誰も助けちゃくれねえなあ、ロボットなんぞよ」

 男の言うとおりだった。

 ロボットと男の周りには、男よりもずっと屈強で強そうな者が何人もいた。警察官だっていた。だが、誰もロボットを助けるためにわざわざ動こうとはしない。ロボットがどんなに痛みを感じても、壊されていないのなら器物損壊罪にもならないから、警官も黙って見ているだけだ。

 蹴り疲れると、男はようやくロボットに背を向けた。

「おい待ちなさい、チンピラ」

 男は振り返った。


 ロボットが立っていた。さっき彼が滅茶苦茶に蹴り付けたロボットが。

 周囲を見回したが、彼をチンピラと呼びそうな人間は、そのロボット以外にいなかった。

 男はゆっくりとロボットに近づき、

「お前、いま、なんつった?」

 と聞いた。

「待ちなさい、と言ったのさ。チンピラくん」

 男の額に青筋が浮かび上がった。男は気づかなかった。ロボットの口調が、さきほどまでの単調なものではなく、明らかに人間と同じような抑揚を持っていることを。

「てめえ、人間様にロボットの分際で……!」

「私がロボットだと誰が言ったのかね」

「なに……?」

 シャッと音がして、ロボットの頭部が開いた。

 その中身を見て、男はあっと息を呑んだ。

 そこには透明なプラスチックの器があり、中にはまぎれもない、人間の大脳が浮かんでいたのである。

「私は昔、大事故で命をなくしかけたことがあってね。全身のほとんどを機械に置き換えた。なんとか一命は取り留めたものの、こんなロボットとしか思えない姿になってしまった」

 あっけに取られる男にロボット――いやサイボーグは続ける。

「しかしこの体、けっこう維持費がかかってね。それ以来、時々こうして治安の悪い地区を歩いて、君みたいな屑がロボットいじめを仕掛けてくるのを待っているのさ。痛覚は遮断した上でね」

 男はぱくぱくと口を開閉し、ようやく疑問を声に出すことができた。

「な、なんで……わざと殴られるようなマネを……?」

「この金属製の体は、義手や義足と同じ。いくら外見がロボットでも、法的にはあくまで私は人権をもった人間なんだよ。善良な市民、罪もない被害者というわけだねえ。そんな人間に暴力を振るえば、当然、慰謝料というものが発生する。君ていどの庶民が支払うには、かなりの労働を強いられる額のね。この地区の若者はなかなか効率が良くてね。実に144人のチンピラが、私に月極めで慰謝料を払わされている。来週には、太陽系一周旅行を楽しめそうだよ」

 サイボーグは男に向けて、美しくデザインされた金属の手を差し出した。

「さあ、裁判所に行こう」

 ばっと後ろを向き、男は駆け出そうとした。

「逃がすものか」

 サイボーグの掌から発射された電磁ネットが、無情に男を拘束した。


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