未来幽霊
ネオ関西宇宙空港ビルのホテルの一室。
安眠していた青年は、とつぜん目が覚めた。
白い服を着た、長い黒髪の女がベッドの脇に立っている。髪の色を、遺伝子レベルで操作して熱帯魚のように色とりどりにできるこの22世紀に、黒髪の女は珍しい。
彼は、その女が幽霊であると直感した。
時計に視線をやると、午前二時十五分だった。あまりにも昔風の言い方だが、草木も眠る丑三つ時。幽霊が出るに相応しいときだ。そっと上体を起こし、ちらりと幽霊女の下半身を盗み見た。やはり、脚が途中でとぎれていた。
しかしここは宇宙空港。あらゆる宇宙の種族がひしめいている。下半身がなく、超能力で空中に浮遊して行動する、地球人に酷似した宇宙人というのも、いないとは限らない。
青年は、はっきり確かめてみることにした。
「君は、幽霊なのか?」
女はこっくりとうなずいた。
「……平成127年のこの世に、そんな前時代的なものが現れるなんてな」
医学の進歩によって人間の平均寿命は、200歳に近づいた。もちろん天皇陛下だけがその恩恵にあずからないなんてことが、あるはずもない。確か天皇は、今年で182歳になるはずだ。
「それで、僕にどんな用があるんだ」
ころしてやる、と女は呟いた。
青年はそれだけで心停止しそうになった。幽霊が出てくる物語はもちろん、いくつも読んだことがある。その中でも最悪のタイプじゃないか。
「恨みがあるのか」
ふたたび女はうなずく。
おまえの祖父母に恨みがある。おまえの祖父は100年前、婚約者であった私を捨て、他の女に乗り換えた。邪魔になった私を殺して、私に掛けられた保険金で一生、その女と贅沢に暮らしていた。それがお前の祖母だ。
「かわいそうに」
見れば、決して不美人ではない。いや祖父母が若い頃の美人の基準は分からないが、少なくとも青年から見れば美女だ。生きていればきっと、素敵な人生があったろうに。
だが、青年が同情したからといって、幽霊は態度を軟化させるつもりはないようだった。百年の怨念は、そんなことで消えるものではないのだろう。
私を殺したあの男の孫、婚約者を奪ったあの女の孫。殺してやる。殺してやる。殺してやる……。
「殺されてたまるか!」
青年は机に置きっぱなしにしていた自分のアクセサリー、すなわち、たまたま十字架の形をした飾りのついたネックレスをつかんで幽霊に向ける。
だが、幽霊は平然としていた。
「くそっ!」
それなら力ずくでとばかりに、青年は幽霊に飛びかかった。が、彼の体はそのまま空を飛び、置いてあった椅子に激突した。幽霊は相変わらず元の場所に浮いている。すり抜けたのだ。
愚かなことよ、と幽霊はあざけった。
この世の物質ごときが、幽霊を傷つけることができるはずもあるまい。この世の物質と幽霊は、互いに触れることさえ叶わないもの。
「でも……それじゃあ僕を殺すこともできないんじゃないのか」
だが女幽霊は、ヒステリックな笑い声で嘲笑した。
物に触れられなくても方法などいくらでもある。運転中に目の前に現れて視界を遮ってみろ。おまえはたちまち事故死だ。
「そうか……」
青年はがっくりと肩を落とした。
「姿を現しているってことは、目に見えるってことか。光をさえぎるってことだものな。それだけで出来ることはいろいろあるもんな」
言うが早いか青年は護身用の銃に手を伸ばし、発砲した。
ギャアアアア……!!
心臓を撃ち抜かれた幽霊は、しばらく苦しみもがいていたが、やがて消え去った。
「つまり、光なら普通に当たるわけだ」
青年はほっとした表情で、レーザーガンを下ろしたのだった。