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鏡子 ~もうひとりのわたし~

 小さい頃から、私は鏡を見るのが好きだった。

 そう言うとよく誤解されるのだが、ナルシシズムからではない。鏡というものが不思議でしょうがなかったのだ。

 小さい子どもは、無邪気に色々なことを繰り返し質問する。そのなかでも私の問いは鏡に関することが多かった。私自身の名前が鏡子だったせいもあるのだろう。

 どうして鏡にものが映るのか。どうして左と右は逆に映るのか。上と下はなぜ逆にならないのか。鏡を真横にしてみてもそれが変わらないのはどうしてなのか。

 父はそんな幼い私の質問をわずらわしがって邪険な応対をしたりはしなかった。わざわざ手鏡を用意して色んな実験をして見せてくれたり、万華鏡というものを手作りしてくれたりもした。合わせ鏡を二時間ずっと眺めている幼稚園児を母は心配し、外で遊びなさいと部屋を追い出そうとした。私は父の書斎に二枚の鏡を持って逃げ込み、また合わせ鏡をつくった。父は笑って見守っていてくれた。

 鏡への関心は、優しかった父との思い出に直結しているのかもしれない。

 小学校の頃、『鏡の国のアリス』を買ってくれたのも父だった。不思議の国の、の方も一緒に買ってくれたのだが、私は続編の鏡の国のほうが好きだった。鏡の中の見えない部分に広がっている奇妙な世界。そのイメージは私を強く魅了した。アリスのように鏡の中に入り込んで、不思議な生き物たちと出会う夢を何度も見た。

 学校の図書室で、朝永振一郎博士が書かれた科学啓蒙書『鏡の中の物理学』を見つけたのは中学3年のとき。

 私が理数系に進むことが決定された瞬間だった。

 大学では物理学を専攻し、「光子の反射時に発生する不連続加速現象」に関する研究論文を認められて助教授の地位についた。またこの論文が、私を生まれて初めてのスウェーデン旅行に連れて行った。ノーベル物理学賞を受賞したからだ。 

 私の人生を再び変えたのは、アメリカの天才数学者が考案したある宇宙論だった。

 この宇宙と対称をなすもう一つの宇宙が存在し、互いに相手の世界が存在することによってこちらの宇宙も成り立っている。そしてその世界はこちらの宇宙と全く同じ数の素粒子が存在し、同時に同じ現象を引き起こしている。つまり、鏡の世界と同じなのだ。

 では、そこへ行くことはできないか。鏡の世界へのゲートを開くことは不可能なのか。

 ある素粒子を使うことによってそれが可能になると気づいた日から、私はひそかに理論家から発明家に転身していた。

 

 そしていま、目の前に私が創り上げた装置がある。

 スイッチを入れていない今は巨大な装置に接続された、2メートル四方の鉄枠に過ぎない。だが、スイッチを入れたとき、この枠の中の平面が鏡に変化するはずなのだ。いや、鏡に見えて鏡ではない。対称宇宙へのゲートへと変わるのだ。

 私はボタンを押した。


 ヒューーーン


 静かな音とともに、鉄板が光る。そして、そこに私の姿が映った。

 成功だ!!

 その向こうに広がっているのは、もちろん不思議な世界などではない。「アリス」のようなチェスの女王もハンプティ・ダンプティもいない。この世界とまったく同じ世界が、向こう側にも広がっているだけだ。

 でも、入れるのだ!

 幼い頃から憧れてきた鏡の世界に!!

 自分の目で、対称宇宙を中から見たかった。鏡の中を歩いてみたかった。私はほとんど駆けるようにしてその中に飛び込んだ。


 衝撃と共に弾き飛ばされ、私は倒れた。

 いったい何が起こったのか、痛む顔を押さえながら装置を見直す。

 もう1人の鏡子が、こちらを恨めしげに見つめていた。

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