ごめんね、なんて
さようなら、わたしの恋。
我ながら似合わない言葉だ、なんて感傷に浸って、悲しいのに少しだけ笑ってしまう。
高校時代、同じクラスになったこともあったけれど喋ったことなんか一度もない。お互い無関心で不干渉。よくある、ただのクラスメイト。
そんな彼と同じ大学に通うことになった。本当にただの偶然だったけれど、せっかく一緒なんだし、と彼が気を利かせてメールアドレスを聞いてくれたのが4年前。それから一気に仲良くなり、仲間も一緒にドライブに行ったり飲み会をしたり、お互いに、高校の同級生から気楽に付き合える友達へとだんだんランクアップしていった。
彼にはカノジョがいた。大学に入ってすぐ付き合いだした、いわゆる勝ち組ってやつだ。背が小さくておしゃれで料理上手。全然気取らなくて媚びなくてさっぱりした性格の、とても素敵な人。彼もカノジョも、人気者だった。
そんなカノジョが居ても、長く付き合う彼らにもマンネリというものは訪れて、「特別付き合っていたいわけじゃないけれど特別別れたいわけでもない」という、羨ましい悩みを聞くようになってきたのが2年前のことである。
そしてちょうどこの頃から、普段はみんなで、たまに2人でお酒を飲むようになった。
口が悪いけれど、優しくて気さくで面倒見が良い。友達からすごく慕われていて、ノリも良くて、大らかで。そんなところが魅力的な人。私にとってはお兄ちゃんみたいな存在だった。
私が彼を好きになるのは自然なことで、そして、良くも悪くも素直な私は、その気持ちを隠すこともせずに接していた。仲の良い友達には分かり易いくらいの態度だったらしく、当の本人にも、もちろんばれていた。
それから最後の冬が過ぎ、大学を卒業して、進む道が違うとまったく会えなくなるなぁなんて実感していた頃、彼とカノジョのその後について、情報が舞い込んだ。まだ続いてる、と。
彼らはお互い地元に就職が決まっていたし、どうせ会えないのだから卒業をキッカケに区切りをつけるのだろう、なんて他人事のように予想していた私は動揺した。
2番目の女である自覚はあった。都合の良い女と認識されていることも知っていた。だからそれまで体の関係だけは許さなかった。いつか1番目になれると期待していたのかもしれない。
しかし、その期待もどうやら無意味だったようだ。言い訳が効くタイミングで別れていないなら、この先もしばらく続くのだろうな…と察しがついたのである。
梅雨が過ぎ、 社会人になって初めての夏休み。彼は大学の後輩達と飲むから、と地元から遥々上京してきた。早朝にこちらに着くと連絡があり、暇を持て余していた私は家を綺麗に片付けて飲み会の準備をして待った。
本当は後輩の家に転がり込むつもりだったけれど、朝から試験があるらしい。さすがに試験の邪魔をするわけにもいかない、と。……。大丈夫、慣れっこだ。
飲み始めてみると、学生時代に戻ったかのようで、地元の話、友達の話、それにゲームをしたり、映画を観たり。懐かしい、いつも通りの流れだった。
朝から飲んでいつの間にか昼近く、長距離を運転してきた彼も、寝ずに待っていた私も眠くなり、ベッドに沈みこむ。これ見よがしに用意しておいたもう一組の布団は意味を為さず、彼は私を抱き枕代わりに、と抱きしめたり、くすぐったりする。これも最近の傾向だった。
そして、その日はついに最後までやってしまったのだ。男女が同じベッドにいたら至極当然の、大人の付き合いなのかもしれない。
不思議なことに、ようやく好きな人と結ばれたというのに、気持ち良さよりも苦しさが勝って、愛情よりも悲しさのほうが大きかった。
彼は、キスをしながら「ごめんね」と言った。ごめんね、ずるいよね、と。
「浮気なんだね」と言った私に、少しだけ困ったような顔をして、頭を撫でてくれた。
手を繋いでゆらゆらと時間を過ごしていると、「あいつと、結婚、するかもしれない」なんて言い出した。「特別結婚したいわけじゃないけれど、特別結婚したくないわけでもない」と。
あぁ 本当にこの人は変わらないなぁ、と少し可笑しくて、それから、少しだけ泣きそうになった。
ごめんね、って言うならやめてよ
ごめんね、って言わないでよ
なんて思ったけれど、そうだ、彼は私の気持ちを知っているんだ。はやく別れればいいのに、と思っていることも知っているんだ。優しい彼に、精一杯の優しさと冷たさで突き放されてしまったんだ。そう気付いたら、心臓のあたりがきゅうっとして、世界が滲んだ。
貴方の口から聞きたくなかった。
ごめんね、なんて。
はじめまして、中江ゴッホです。
処女作「ごめんね、なんて」を最後まで読んでいただきありがとうございます。
恋愛ジャンルは私にとって未知の世界で、手探り感が否めないのですが、サクッと読めて、重々しくないけれど切ないというバランスで書いてみました。
皆様の心に、なにか残るものがあれば幸いです。
またお逢いできますよう。