神の見えざる手
経済学の最大の問題点は検証が難しい事だ。
元々経済と言うもは様々に複雑化したシステムの上でなりなっている、
1つの政策についてとったとしても片方の経済学者は正しいと言いもう片方の経済学者は間違っているというのである。
ひとたび実行したとしても、それが本当に正しい政策なのかどうなのかが一切わからないと言う面も持っているのだ。
ゆえに経済学の論争はすさまじく激しい物になる。
原子はそう感じていた。
「だから……!!」
「……しかし………。」
「安定した経済は…………。」
「このプログラムでは………。」
経済安定化のためのシステム『B』『C』『D』『E』それぞれの管理については専門の経済学者を募る事にしたのだが……。
このシステムの管理にかなりの人数の経済学者が立候補した。
元々、経済学は実証が難しい。
何処かで実験して……としても、様々な要因が絡み合うため、実証が難しい面が存在するのだ。
しかし、オンラインゲームを使っての研究ならばよりたやすく研究が簡単に行える。
経済対策に失敗したとしても、政治的な理由でその対策を行えないわけではなく、ある程度のリセットが通用するからだ。
キャンペーンと称して消費アイテムを配布する、無理やりイベントを捩じりこみアイテムの買占めを行う、巨大レイドイベントを発生させる。
様々な手段で経済を安定化させる事が可能だからだ。
<エルダー・テイル>は今やプレイヤー人数700万人に匹敵する大規模なオンラインゲームであり、地球を模したと言うコンセプトもあって経済学の実験場としては最適ともいえる環境にあった。
その為、かなりの人数の経済学者達が<エルダー・テイル>の経済システムの構築に参加したのだが……。
「プレイヤータウンの守護者達にも<ハーフガイア>の経済活動への参加を………」
「それをすれば万が一の場合プレイヤーに被害が………」
「その金貨は何処から確保している設定にするのか………」
「守護者たちの経済は独立採算にしておいた方が………。」
「プレイヤーの都合を優先して………。」
細々とした仕様についての話し合いがだらだらだらだら続いている。
「食糧アイテムは、好みなども設定して………。」
「そんな細かな設定よりも、普通に美味しさの設定を……。」
「しかし好みの問題も…………。」
「そんなもんフレーバーテキストの一文で済ませればいいでしょう。」
原子は、<エルダー・テイル>のメインプログラマーとしての誇りがある。
仕様が決まったのならそれをすぐに作る自信はあるし、その準備をしている。
しかし仕様が決まらず、こう長々と話し合いを続けられると流石に我慢の限界と言うものもある。
彼らの会議に関しては、まとまるまで意見はいかないとして、システムの1つである『A』の改良に力を入れ始めたのだ。
自己判断AIシステムの作成、自動翻訳の為の言語システムの分析システム、BOT解析の為の行動パターン分析システムなどなど。
それこそ理由をつけては『A』の強化にのめりこんだのだ。
「………なあ、原子……。そんなに根を詰めなくても……。」
「根を詰めないとやってられないんです。
………あれの要望を聞いていたらできるものもできなくなりま……す。」
原子はそう言って頭を抱える。
「どうした。調子悪いのか?」
「ちょっとフラッとしただけです……まだ2日寝てないだけですから……なんとか。」
「2日?」
その言葉に真っ青になる。
「………『A』は私の大事な子供ですから……。しっかり世話をしないと………。」
「休め!! 感覚が色々と麻痺してるぞ。」
「大丈夫です先週は1週間寝ずにやってますから………。今週はまだ2日ですし……。」
「いいから休め!! これは上司命令だ!!」
そう言って彼は無理やり原子を席から立たせると、無理やり退席させる。
原子はそのまま借りているアパートに帰るとそのままベッドに倒れこむ。
原子は物欲に乏しい人間であった。
豪華な部屋や豪華な食事と言うものに興味を持てずにいた。
常に仕事をし続けて、それこそ休みなども一切とらずに<エルダー・テイル>に打ち込んできたのだ。
勤労意欲だけはあるが、欲しい物が存在しない。
仕事仲間をパーティーに誘う事はあるが、それ以外での浪費は一切していない。
結婚もせずに、ここまで仕事を続けてきた。
この10年以上<エルダー・テイル>に費やしてきたのだ。
それの報酬は十分もらっているし、これから先もそうだろう。
そう考えながら、原子は久しぶりにうどんが食べたくなったので、外出し、うどん屋へと向かう。
「!!!!」
味がしなかった。食感は確かに存在した。だが、味を感じる事は一切無かったのだ。
「……………ごちそうさまでした。」
そう言ってお金を払うと、原子は店を去っていった。
コンビニでオレンジジュースを買う。
それも味を一切感じない。
「味覚障害ですね。ストレスによるものと思われます。」
病院に行って、医者に診てもらう。
「……何とも言えませんが、しばらく安静にしていれば治ると思います。」
「そうですか。」
とはいえ、原子は<エルダー・テイル>のメインプログラマーだ。
舌が悪くなった程度で会社を辞めることは出来ないのだ。
「……………はぁ………。」
一通りプログラムも作り終わりながら、原子はため息をつく。
「どうした? 『A』の改良はまだまだと言ったところか?」
「ええ、色々と学習させている最中なんですけど、どーも情報量が足りなくて………。」
チャットの全自動翻訳システムについては、膨大なデータ量を利用しての総当たりをやりながらの調整中なのだ。
複数の大学との共同研究となっているのだが、それでも原子のが仕事をしなくていいわけではない。
「それで、経済システムの方はどうなっているんですか?」
「……会議は踊る、されど進まずと言ったところだ。
それでだな。ちょっと日本の方でヘルプが欲しいって言っているんだよ。
例のシステムの為のプログラムの調整が手間取っているらしいから、その手伝いに行ってほしいんだ。」
「そうですね……ちょっと引継ぎをしてから日本に行こうと思います……こっちの会議を聞いているよりもあっちのシステムの方が作るの楽そうですから………。」
原子はそう言って何かから解放されたかのように答えた。




