三、
護たちは保通の話を聞き終え、土御門邸まで戻った。
その道中、保通がかけてくれた人避けと不可視の術のおかげで刺客の追跡を免れることができたようだ。門まで来ると、月美はこれまで感じたことのない気配を感じた。白羽とセシアは気づいていないようだったが、護がきょろきょろとしているあたり、おそらく見鬼の人間にしか気づけない存在なのだろうと察した。
護がふと、一点を見つめたかと思うと、微笑みを浮かべ、何かに向かって声をかけた。
「ただいま、天后、朱雀」
「おかえりなさいませ、護様」
「遅かったな、護」
上を見上げると、黒い長髪の美女と、赤い髪で長身の美青年が門の上に立っている。
白羽とセシアは二人が放つ異様な気配から、彼らが人間ではないことを悟った。
だが、月美は一度その気配を感じたことがある。土御門家に仕える式神、十二天将の気配だ。
「護、あの二人って……」
「黒髪なのが水将の天后。赤い髪なのが火将の朱雀。どっちも十二天将だ」
護が簡単に紹介すると、二人は門の上から静かに下りてきて、月美たちの前に立った。
月美は一度、十二天将に会っている。その時に出会ったのは、青龍と騰蛇の二柱で、どちらも「怖い」という印象を受けた。
だが、この二人は青龍たちよりも穏やかな雰囲気をまとっている。それでもやはり「怖い」という感覚がないわけではないが。
「はじめまして、だな。朱雀だ、よろしくな」
「天后です。よろしくお願いします、月美様」
「は、はじめまして。風森月美です」
あまりに唐突と言えば唐突な自己紹介に、月美は少しばかり動揺したが、すぐに挨拶を返す。
朱雀と天后はその様子を見て、微笑み、護の方を見た。護も二人の微笑みに、微笑みで返した。
しかし、護は腑に落ちない、という顔をしている。天后と朱雀は比較的よく顔を出すが、十二天将は普段、用事がないのに顔を出すことは無い。
それなのに、わざわざ月美に挨拶するためだけに顔を出したとは思えないのだ。
「で、朱雀も天后もどうしたんだ?わざわざ月美に挨拶するためだけに顔を出したとは思えないが?」
「察しがいいな……さすが、と言うべきだな」
護の問いかけに、朱雀がにやりと微笑み、言葉を返した。護はため息をつき、からかうのはやめてくれ、つぶやいた。
そのつぶやきが聞こえたのか、朱雀はすまんと謝り、今度は素直に用件を話した。
「翼が呼んでいたぞ、書斎にいるから来いとのことだ」
「雪美さまも、月美様をお探しでしたよ」
朱雀と天后はそれぞれの用向きを済ませると、すっと消えていった。
必要最低限のことを伝え終えたら、そうそうに自分たちが元いた世界、異界へ帰るのはどうやら、他の天将たちと同じらしい。
そっとため息ついて、護は書斎へ、月美と白羽、そしてセシアはそれぞれ雪美を探すため、屋敷の中へはいって行った。
屋敷に入り、護は翼が待っているという書斎へと向かっていった。
書斎に入ると、護が来ることを予期していたかのように、翼が待ち構えていた。
「おかえり、護……保通に会ったんだな?」
「……本当に、父さんの目はどこにでもあるんだな……あぁ、会ったよ。弓削光のことも聞いた」
「そうか……そういうわけだ、まだ少し先のことにはなるが、保通の所に二人を預ける」
といっても、おそらく時期的には来年になるだろうから、それまではこちらでしっかり面倒をみるよ。
翼は机に置かれていた湯呑に入っている茶を飲み干した。
「……というわけで、母さんの手伝いをしてきなさい」
「はい?……あぁ、なるほど……」
前後のつながりが全くまったく見えず、護は思わず聞き返してしまった。
しかし、聞き返して思いいたることがあったので、改めて聞くことをやめた。
今は十二月中旬。つい先日、出雲を再び訪れたばかりだと思ったが、もうクリスマスが近づいている時期だった。
「わかりましたけど、十二天将は手伝ってない……」
そこまで聞きかけて、護はふたたびため息をつく。
そういえば、そうだった。
十二天将は基本的に家事の手伝いをすることはない。むろん、現当主である翼が命じればやらなくもないのだろうが、彼らは翼が直接契約して式神になったのではなく、あくまでも安倍晴明との契約を守って子孫である自分たちに力を貸してくれているだけなのだ。
護の場合、最近は手が回らなかったため、十二天将に頼みごとをすることが多かった。そのため、十二天将は頼めば手伝ってくれるものだという認識にすり替わっていた。
「……思いだしたか?」
「はい、しっかり失念していました」
「わかったら、頼むぞ」
「はい」
今度は素直に返事を返し、護は書斎を後にした。
書斎の扉が閉じたことを確認すると、翼は再び机に向き直り、作業を再開した。
手伝うよう命じられ、雪美を探していた護だが、どこにいるのかはだいたい見当がついていた。
屋敷の裏手にある倉庫の方へと向かうと、そこには月美と雪美がなにやら作業をしていた。
「たしか、このあたりに」
「えっと……これですか?」
「あ、それそれ」
「じゃあ、これを……」
そういって月美が何かを取りだそうとして、ごつん、という大きい音が聞こえてきた。
護はすこし心配そうな顔をして、駆け足で近付いて行く。
月美は頭を抱えながら、倉庫から出てくる。心なしか、泣きそうな顔をしている。
「……大丈夫か?」
「……だいじょばない」
涙声にあなりながら、月美は護を見る。そっとため息をついて、護は月美の頭をよしよしとなでた。
しばらくの間、護になでられたせいなのか、月美の顔が泣き顔から満足そうな微笑みへと変わっていった。
もう大丈夫だろうと思い、護は月美の頭から手を離す。
「もう大丈夫だろ?」
「うん、ありがとう」
「護、月美さん。終わったならこっち手伝ってちょうだい」
護と月美のやり取りを見ていた雪美は、半ばあきれたような声で護たちに声をかけた。
二人は思いだしたかのように倉庫の方まで行き、しまわれていたクリスマスツリーと飾りを取りだす作業を再開した。
「そういえば、家族以外の誰かとクリスマスを過ごすのって、はじめてよね?」
ツリーと飾りを取り出し、倉庫の扉を閉めると、雪美は護に問いかけた。問いかけられた護は空を見上げ、これまでの土御門家のクリスマスを思いだしていた。
たしかに、クリスマスや七夕と言った年中行事のほとんどは、本家だけで行われていた。時々、分家の人間も混ざることがあったが、ほとんどの場合、親しい友人を招くことなく、細々と過ごしていた。
「……そうだった」
「じゃあ……」
「あの、あまり量が多いのは……」
「頼む、母さん……頑張るのはプディングとチキンだけでいいから……」
月美は客人が来たときにかなりの量の食事を作る母の姿を、護は年中行事になるとなぜか頑張りすぎる母の姿から、そのたびに自分たちが後片付けをしている場面を連鎖的に思いだしてしまった。
雪美はその一言を聞いて、あらあら、と微笑みながら二人を見つめていた。
どうやら、要求を受け入れる気はないらしい。
護は片づける食器の量を想像して、ため息をつかずにはいられなかった。
雪美が夕食の支度のため、キッチンへ向かうと、護と月美は白羽とセシアを交えて、ツリーの飾り付けを行っていた。
護はいつものことながら、心ここに非ず、といった状態で黙々と作業をこなしている。一方の月美は、鼻歌を歌いながら、どこか楽しげに作業を進めている。
その様子を見て、セシアは不思議そうに護に問いかけた。
「護サン、クリスマスは楽しみじゃないデスカ?」
「……う~ん……楽しみじゃない、というかな……」
終わった後のごたごたを考えると、できればこんなに大きなツリーを飾りたくはないな、と。
護自身、どう答えたものかと考えているかのように、困った顔をする。
クリスマスは、もちろん、楽しみでないわけではない。だが、クリスマスが終わった後に控えている大晦日や正月のしたくと、それに伴う神事を思いだすと、できれば今のうちに片づけられることを片づけておきたい、というのが本音なのだ。
「ま、今年は少し楽しみかな」
そう言って、護は月美の方を見る。さきほどから聞こえていたのか、月美の顔は少しばかり紅くなっている。
セシアはその様子を見て、にっこりと笑い、作業を進める。その様子に感じるものがあったのか、月美はお返しとばかりに、セシアに問いかける。
「そういうセシアはどうなの?」
「トテモ楽しみデスヨ」
だって、みんながとても幸せそうに笑っているから。会ったことのない人でも、幸せそうに笑っていることが、私はとてもうれしいから。
ね、とセシアは白羽の方を見た。白羽は、そうだな、と答え、ふたたび作業を再開した。
二人のやり取りを見て、月美は護のそばまで寄って行き、そっと耳打ちした。
(セシアって、どこまで他人に優しいんだろうね?)
(さぁな……けど、あの優しさがあったから、なんじゃないか?)
あの子が、「コネクト・テレパス」の能力を持ったのは。
月美の言葉に、護も耳打ちで返す。
ここ最近、護は少し考えていることがあった。
なぜ、ただの「テレパス」ではなく、自分の心を伝えることのできる特殊なテレパス能力が彼女に備わったのか。単に、誰かとつながりたいという願いからだけではなく、離れていても親しい誰かの心に寄り添って、支えになりたいという優しさが彼女にあるからこそ、自分の心の内を相手に伝える能力を得たのではないだろうか。
「もっとも、勝手な推論なんだけどな」
「ううん……たぶん、そうなんだと思う」
三週間近く、一緒に過ごしていてよくわかる。
セシアは、誰にでも平等に、そして優しく接することのできる心を持っている子だ。
月美が、護の家族や友達とのやりとりを見ていた時、少しつらそうな顔をしていた時、セシアはその痛みを無理に聞こうとはせず、ただ、そばにいてくれた。
それだけで、ほんの少しだが、彼女に支えられた気がした。
「……護、絶対にセシアを守ろう」
弓削光が、何をたくらんでいるのかはわからない。しかし、ろくでもないことであることは確かだ。そんなことに、あの子の優しい心を犠牲にしていいはずがない。
その気持ちがわかっているから、護は月美の頭をなでながら、そうだな、と答えた。
しかし、二人はまだ知らなかった。
弓削光が、およそ想像もつかない手段でセシア奪還を行おうとしていたことに。そして、セシア奪還作戦の発動は、すぐそこまでせまっていたということも。