二、
護と月美、白羽とセシアの四人は、最近商店街の近くにできたショッピングモールにいた。近所の商店街の人たちに曰く、喫茶店や書店、映画館、ファッション店などが主に軒を連ねているので、普段の買い物ではなく、若い人たちのデートスポットとして地域に溶け込んでいくことを期待しているらしい。
良くも悪くも、人とお金が都心に集中してしまう影響なのだろうか。
そんなことは気にせずに、護たちはファッション店で真冬用の防寒着や普段着を探していた。月美はセシアに似合うコートやカーディガンを彼女の体に当てている。
「う~ん……わたしも、月美サンみたいにピンクが似合うといんですケド」
「セシアの髪の毛、ブロンドだから……あ、これなんかどうかな?」
どうやら、月美もセシアも楽しんでいるらしい。特にセシアは、年の近い人とこんなふうに接してきたことがなかったからなのだろうか、月美よりも楽しんでいるように見える。
白羽は、その様子を見て少しホッとしたような顔になる。
「……ほれ」
「……え?」
「着てみ」
護も適当に一枚、コートを選び、白羽に渡す。白羽はその行動が少し意外に思えたのか、一瞬、キョトンとしていたが、コートを受け取ると微笑みながら、ありがとう、と礼を言った。
――白羽も、楽しそうだね
――俺もお前も、こうやって年の近い誰かと遊びに行くことなんて、なかったからな……
思い返せば、孤児院にいたころからめったに外出することがなかった。周りの人間が全て自分の敵に思えて、知らない人だけしかいない外の世界になんて、行きたくないと頑なに拒んできた。それはセシアも同じだった。
そして、孤児院の中でも白羽とセシアは少しだけ、他の子供たちとは距離が離れていた。そのせいで、友達と呼べる友達がまったくいなかった。
だから、こうして外の世界で他の誰かと一緒にいることがこんなにも楽しいと思える。
「兄さ……護さん、これなんかどうかな?」
「……いいんじゃないかな?」
護は白羽が言いかけた言葉を少し嬉しく思い、彼の肩に手を置き、微笑みながらそう答える。それに応えるかのように、白羽も自然と笑顔になる。
その様子を見て、セシアは暖かく微笑んだ。
「……あ、ねぇセシア」
「……?」
セシアの様子を見ていた月美は、彼女を呼び寄せ、試着スペースの方まで歩いて行った。
護はそれを見かけ、白羽を伴い、試着スペースの前まで行く。
「何か決まったのか?」
中で着替えているであろう月美に、護は問いかけた。カーテン越しに、月美は、うん、とだけ返事をし、少し待ってほしいと告げた。
それから数秒もしないで、試着スペースのカーテンが開く。
すると、黒のタートルネックに青いジーパンという組み合わせの月美が出てきた。タートルネックの生地が少しばかりきついのだろうか。月美の体のラインが、やけにはっきりと出ている。
「……」
「えっと……護?」
護は思わず赤面し、顔をそらす。
普段、あまり意識したことは無いが、月美は同年代の女子よりも少し大きめだ。気にしないようにしてきたのだが、こうもはっきりと見せつけられると、赤面もする。
「それは……少しばかり、過激だと思うけど……胸とか」
「え?……あぁ、でもこうすれば問題ないよね?」
そう言って、月美はハンガーにかけていたベストを着る。確かに、ほぼいつもと同じ感じになった。護は振り向いたは、少しホッとしたようなため息をつく。
さすがに、あの恰好のままでは、出かけるときや普段の生活で赤面しっぱなしだ。
「あ、ほら!セシアも」
「は……はいぃ」
月美に言われ、セシアもカーテンを開く。
黒いロングコートに、黒のベストを着たセシアがそこには立っていた。そして、頭には帽子が乗せられている。どうやら、月美の判断で帽子をかぶった方がいいと思ったのだろう。
確かに、この組み合わせなら「かわいい」というより、むしろ「かっこいい」という印象を受ける。
「……あの、白羽……どうかな?この恰好」
セシアは少しドキドキしながら、白羽に問いかける。
白羽はにっこりと微笑みながら、似合っていると答えた。
「んじゃ、次は白羽と護ね」
「おいおい、その前に着替えろて……」
まだ購入していない服を着たまま、月美は試着コーナーから降りようとしていた。護はそれを止め、さっさと着替えるよう指摘する。
ふと、誰かの視線を感じたような気がして、護は後ろを振り向く。しかし、視線の先には誰もいない。
――気のせい、かな
護はそう思い、視線を戻す。振り向くと、着てきた衣装をまとった月美とセシアがほぼ同時に試着コーナーから降りてきた。
「じゃ、今度は二人の番ね」
「はいはい」
月美の言葉に、護は少しばかり苦笑いを浮かべながら試着コーナーに入っていく。白羽も同様だ。
こうして、しばらくの間、護たちは服選びをしたあと、会計を済ませ、次の買い物へと向かった。
だが、しばらくぶりの外出と買い物を楽しむ四人は気づく余地もなかった。彼らの背後に、彼らの動向を探っている男がいた。護が感じた視線の主だ。
黒いスーツに黒いネクタイ、そしてサングラスと言う、いかにも怪しげないでたちだったが、周囲の人間は彼を気にしていない。いや、正確には彼の存在を認識していないかのようだ。
「……」
男はただ、四人を遠目から見ているだけで、特に何をしようとしている、というわけではなさそうだった。
だが、その眼光は明らかに、標的を狙うハンターの目をしていた。
買い物を楽しんだ四人が帰路に就くと、なぜか急に人の気配が消えるのを感じた。
護と月美は、それが人払いの術によるものだと言うことを知っている。
「……完全に油断してた」
「だね」
持っていて荷物を足下に置き、護と月美はセシアをかばうように囲む。白羽も、二人の行動から危険を察知し、身構えた。
「さすがは土御門の若君、と言ったところか」
「ちぇ、やっぱり尾行されてたか」
声のした方に視線をやり、護は悪態づく。声の主である黒いスーツをまとった男が、ゆっくりとした動作でこちらに近づいてくる。
護はしのばせていた数珠を手に巻き、印を結ぶ。月美もまた、符を取り出し、身構える。
「なるほど、抵抗する気満々、と」
「うるさい!」
男の言葉に応じたのは白羽の叫び声だった。
それと共に、どこからか吹いてきた突風が男に襲いかかる。吹き飛ばされまいと踏みとどまるが、徐々に男は後ろに下がっていく。男が前に進もうとすると、今度は男の後ろから何かがぶつかる衝撃が走る。そして、見えない何かはそのまま何度も男の体に激突する。
何が起こっているのかわからず、白羽の方を見ると、右手を巧みに動かしている。どうやら、白羽が風を操作して、男に攻撃しているらしい。
「……やってくれたな、小僧!」
男はそう叫ぶと、刀印を結び、勢いよく振り下ろす。
「禁っ!」
嫌な予感がして、護は白羽の前に出て、素早く五芒星を宙に描く。すると、刀印に集中していた光で描かれた五芒星が、護たちの前に壁のように立ちはだかった。しかし、その壁も一瞬で粉々に砕け散る。どうやら、あの男の攻撃に耐えきれなかったらしい。
「ちっ!」
護は術と障壁の衝突で生まれた衝撃から目をかばう。
月美は襲ってきた衝撃からセシアをかばい、印を結び、不動縛の言霊を紡ぐ。
「……縛!」
月美の放つ不動縛の言霊を受け、不可視の鎖が男の体に巻きつき、動きを封じ込める。しかし、男は不敵な笑みをこぼし、言霊を紡いだ。
「ふっ……砕っ!」
言霊を受けて男を縛っていた不可視の鎖が砕け散る。
護は月美の術が短い言霊で破られたことに驚愕を受けたが、気を取り直し、身構える。その姿勢を見て、男は鼻で笑う。
その態度にいらだちを覚え、白羽は手のひらを上に向け、意識を集中させる。
すると、彼の手のひらの上で風が渦を巻き、徐々に圧縮され、丸い陽炎が浮かび上がる。
「くらっとけ!」
陽炎の球を男に向け、放った。
台風一個分に相当する風が、男に襲いかかった。さすがに耐えきれず、男は吹き飛ばされる。
「風神召喚、急々如律令」
吹き飛ばされた男は、風を呼ぶ言霊を紡ぐ。呼び寄せられた風は彼の体を包み、宙に浮かせる。
その様子を見て、護はため息をつき、男に語りかけた。
「さっきからまったく……遊んでいるのか?おっさん」
「おっさん、か……」
君のお父上と同い年なんだがな。
困ったような微笑みを浮かべながら、地面に降り立ち、こちらに歩み寄ってきた。
それを見て、白羽と護は身構えた。
しかし、二人の頭の中に、セシアの声が響く。
――大丈夫、その人に敵意は無いよ
それを聞いて、二人は警戒をやめたが、護はコートの袖の中で刀印を結び、急な事態に備えた。
「すまないね、こんな形で接触してしまって」
こうでしなければ、護君に警戒されて、君たちを捕まえることができないからな。
そこまで言うと、男はそっとため息をついた。
「さて……申し遅れたね、私は勘解由小路保通。清のおじだよ」
そして、土御門翼の古い友人で、零課の人間だ。
白羽とセシアは、零課、という単語を聞いて、身構えた。
その様子を見て、保通は落ち着くよう説得した。どうやら、この二人が狙いではないようだ。そもそも、二人が目当てなら、さっさと二人を術で捕獲すればいい。それをしていないのだ、ある程度は信用できるだろう。
護と月美は警戒を解いて、話を聞くことにした。
「で、清のおじさんがなんの用で?」
「そこの二人に会いに来たんだよ」
弓削光が追っている、超能力者の二人を、ね。
話を聞くと、零課は光の非人道的な研究を阻止する必要があるという見解を示した。そして、それを遂行するには研究所の場所を聞き出す必要がある。だから、この二人を探していたようだ。
「白羽くんと、セシアさん……君たちはこれから零課の保護下に入る」
「それは、つまり……」
「もう、弓削光の配下におびえる必要はない、ということだよ」
白羽の問いかけに、保通はにっこりと微笑みながら答える。白羽とセシアはそれを聞いて、ほっとしたのか、互いの顔を見合わせ、笑いあった。
しかし、それでも不安になっているのが、護と月美だ。
その不安の種は、零課の保護下、ということにある。
「零課の研究機関が、二人に過酷な実験をしないという保証はありますか?」
月美の一言に、先ほどまで笑い合っていた白羽とセシアの表情が曇った。確かにそうだ。
零課は公的機関という隠れ蓑をかぶった研究所を持っている。だが、コネクト・テレパスという、超能力の中でもごく稀な事例であるセシアに、過酷な実験を行わないと言う保証はない。
その問いかけに、保通は優しそうな微笑みで、答える。
「大丈夫。確かに多少きつい実験はあるかもしれないが、命にかかわるような薬物実験や精神崩壊を起こしかねない実験はしないよ」
誓って、それは約束する。
保通の答えに護と月美はほっとしたようなため息をついた。