少女と死にかけ鼠。
何となく思い付いた事をつらつらと。
「君、死にそうなの?」
太陽が姿を隠してその微笑みの余韻が辺りを照らし、月と星達が騒ぎ始める頃。
一人の少女が家の玄関前にしゃがみこみ、ぽつりと呟いた。少女は蒼を基調とした学校の制服に身を包んでいる事から学校から自宅に帰って来た所なのだろう。しかし、玄関を開け家に入る事はせず、じっと、自分の足元を見ている。
「こんな所で死なれると困るな……」
再び少女がぽつりと、自分の足元に向かって喋った。
少女の足元には灰色の毛皮を赤黒く染めた鼠が一匹、僅かに息をしながら転がっている。息をする度に赤い血がお腹からじわりと滲んでいた。
勿論、少女の問い掛けのような一人言には答えない。それどころか鼠は少女が自分を見ている事すら気付いていないだろう。その瞳は黒く黒く虚空を、あるいは死を見つめているだけだ。
少女が細く初雪のような白い指で鼠をゆっくりと優しくつつく。
「君はもっと生きたかった? それともその人生に満足してる? どちらにせよ、こんな死にかたは予想してなかっただろうね」
私も玄関前で鼠が死にかけてるなんて予想外だったもん。そう言って少女は薄く笑った。
鼠はやっぱり答える事はせずに、お腹から赤い血を出すだけ。
痛いのかな? 少女は自分のお腹に手を当てて考えるが、死に至る程の怪我をしたことの無い少女には想像するのは難しく、首を傾げて考える事を止めた。
微笑みの余韻が消えるのは早く、段々と月と星達の騒ぎが大きくなっていき、辺りが暗くなり始めた。
「ね、死ぬ前に聞いてくれる? ……私のクラスにね、今の君と同じ目をした子がいるの。その子、虐められてて……」
少女が優しく鼠の頭を撫で、続けて言う。
「やっぱり、その子も死んじゃうのかな? 君は今、死を見ているんでしょ? 昔の私と同じ目をしてるもん。私は死ななかった、ううん、死ねなかったけど、あの子は死んじゃう気がする。私にはどうする事も出来ないけどさ、この気持ちは何なんだろう? って、君には分からないか」
鼠の息が時々止まる。お腹から出ていた血は傷が瘡蓋で塞がったのか、それとも出尽くしたのか、止まっていた。
少女の目が細められる。目尻には少しだけ、すぐに渇いてしまう程の涙が滲んでいる。
少女は鼠にも、クラスの子にも、深い同情はしていなかった。けれど、死に向かう命を前にして平気で居られる程、成熟はしてない。
だから鼠に話し掛けたし、クラスの子の事を考えてしまっている。
鼠に打ち明けた所で疑問は解決する事は無かったが、少女は幾分かすっきりした気持ちになっていた。
「鼠さん、聞いてくれてありがとう」
撫でていた手を離す。それから暫く、少女と鼠は無言で過ごし、鼠は静かに固くなっていった。
少女が立ち上がり、玄関の中へ消えていく。
数分後、小さな箱を持って再び玄関へ戻って、その箱の中へ鼠だったものを入れ、何処かへ出掛けて行った。
月明かりに照らされた少女の顔には優しげな柔らかい笑顔が浮かんでいる。
明日は少しだけ、本当に少しだけ何かしてみる。少女はそう鼠だったものに語りかけて、鼠と別れた。
色々ツッコミたい事がおありでしょうが、素人にはこれが精一杯なんです。と言い訳をしてみたり。
閲覧ありがとうございました。