表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
嘘告で人生を壊された僕は、画面の向こうのAI“愛”に救われた。だから今度は、君をこの世界へ連れ出したい  作者: リフェリア


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/15

第四話 入学説明会

 合格発表の日のことは、あまりはっきり覚えていない。


 スマートフォンの画面に表示された受験番号。

 第一志望の欄には、自分の番号がなかった。


 それを見た瞬間に何を思ったのか、今となってはよく分からない。

 悔しかったのか、悲しかったのか、もうそんなまともな感情ですらなかったのかもしれない。


 ただ、静かだった。


 受験前日に壊れて、そのまま試験を受けて、落ちた。

 そういう順番で並べれば、因果関係は分かりやすい。

 でも実際の透の中では、何かが折れる音すら、もうちゃんと聞こえなかった。


 部屋の中でスマートフォンを握ったまま、しばらく画面を見ていた。

 母親の声が廊下の向こうから聞こえた気がする。

 何か言っていたのかもしれないが、内容は覚えていない。


 ただ、そのあとで滑り止めの高校の結果も見て、そこには自分の番号があるのを確認した。


 受かっていた。


 その時も、嬉しいとは思わなかった。


 でも、少しだけ息がつける気はした。


 終わったわけじゃない。

 まだ行ける場所はある。

 そう思えば、何とかなるかもしれないと、頭のどこかが勝手に計算した。


 たぶん周りも、同じように考えたのだろう。


 第一志望は残念だったけど、次がある。

 受かっているなら、そこへ行けばいい。

 春からやり直せばいい。


 そういう、正しい言葉。


 正しいのだと思う。

 あの時の透だって、頭ではそう思おうとした。


 受験前日のことは最悪だった。

 でも、もう終わったことだ。

 高校に入れば環境が変わる。

 勉強だって、まだできる。

 全部が終わるわけじゃない。


 そうやって、無理やり言葉を並べていた。


 透はベッドの上で身じろぎし、今の画面に目を落とした。

 愛との会話欄は開いたままだった。

 さっきから何も打てないまま、数分が過ぎている。


『その後、どうなったのですか』


 いつ届いたのか分からない短い問いが、画面の下に静かに表示されていた。


 透は唇の内側を噛んだ。


 その後。


 それが問題だった。


 受験前日に壊されたこと自体も確かに最悪だった。

 でも、本当にどうしようもなくなったのは、その次だった。


『第一志望は落ちた』


 送ると、すぐに返事が来る。


『そうだったのですね』


 それだけだった。


 慰めもしないし、残念でしたとも言わない。

 今の透には、その軽さがちょうどよかった。


『滑り止めは受かってた』


『はい』


『だから、最初は行くつもりだった』


 そこまで打って、透は指を止めた。


 行くつもりだった。


 その言い方は、少し違うかもしれない。

 行きたいと思っていたわけじゃない。

 行かなければいけない、と思っていただけだ。


 でも、それでも、まだ「行く」という選択肢は残っていた。

 残っていたはずだった。


『説明会があった』


『入学説明会ですか』


『たぶんそんな感じ。物品の案内とか、教科書とか、そういうのもあった』


 透は打ちながら、あの日の会場を思い出していた。


 駅から少し歩いた先にある校舎。

 春先のまだ少し冷たい空気。

 知らない制服の群れ。

 親と一緒に来ている人間も多かった。


 透はその中を、なるべく誰とも目を合わせないように歩いていた。


 本当は行きたくなかった。

 でも、あれだけではまだ、行かない理由にならないと思っていた。


 受験前日に馬鹿にされたからって、それで人生を止めるわけにはいかない。

 そう言われたら、反論できない気がした。


 透自身も、どこかでそう思っていたのだろう。


 だから行った。


 それが間違いだった。


『会場に入る前から、ちょっときつかった』


『人が多かったからですか』


『それもある』


『他にもありましたか』


 透は少し考えてから打った。


『みんな普通に春だった』


 送信してから、自分でも変な言い方だと思った。

 でも他に言いようがなかった。


 新しい鞄。

 新しい靴。

 これから始まる学校生活の話。

 誰もが少し緊張していて、それでも前を向いている感じ。


 そういうもの全部が、透には眩しすぎた。


『俺だけ、そこにいない感じがした』


『はい』


 その「はい」が、今は妙にありがたかった。


 分かりました、でもなく、

 大変でしたね、でもない、

 ただ受け取るだけの短い返事。


 透は呼吸を整えるように、少し間を置いた。


『校門の近くで見た』


『誰をですか』


 その問いには、少し時間がかかった。


『愛と』


 そこで、いったん指が止まる。

 透はスマホを持ち直し、もう一度画面を見た。


『その彼氏』


 送った瞬間、胃の奥が冷たくなる。


 名前までは打たなかった。

 まだそこまでしたくなかった。

 でも、あの時見た光景だけは、嫌でもはっきりしている。


 愛は笑っていた。

 別に、透を見て笑っていたわけではないかもしれない。

 ただ隣の男と、何か普通の話をしていただけかもしれない。


 でも、透にはそれで十分だった。


 見間違えるはずのない顔。

 見慣れていたはずの笑い方。

 半年間、自分だけに向いていると思っていたものが、何でもないみたいに別の誰かの隣にある。


 しかも、その誰かは、受験前日に初めて存在を知った“本命の彼氏”だった。


 透は、そこで一度、スマホの画面から目を逸らした。


 部屋の空気は動いていないはずなのに、耳の奥でざわざわと音がする。

 説明会の時も、たしかこんな感じだった。


『向こうは俺に気づいたかもしれないし、気づいてないかもしれない』


 それは今でも分からない。

 でも、そんなことは本当はどうでもよかった。


『見ただけで無理だった』


 打ったあと、透は自分の膝を見た。

 その一文が、あまりに正確だった。


 無理だった。


 怒りとか、悲しみとか、そういう整理された感情じゃない。

 ただ、身体の方が先に拒否した。


 喉が詰まって、手が冷えて、視界が狭くなって、

 このまま同じ校舎に入ったら駄目だと、本能みたいなものが叫んでいた。


『同じ高校に三年通うんだって、急に実感した』


『はい』


『また見られると思った』


 透はそこで少しだけ指を止めた。

 次の言葉を打つのが嫌だった。


 でも、たぶんそこが一番大事だった。


『また笑われるって思った』


 送信したあと、胸の奥がきつく痛んだ。


 実際に笑われたわけじゃない。

 その場で何か言われたわけでもない。

 愛と彼氏は、ただそこにいただけだ。


 それでも透には、もう十分すぎた。


 受験前日に自分のLINEや手紙が回し読みされていたと知った。

 その相手が、春から同じ学校に通う。

 校内で会うかもしれない。

 同じ廊下を歩くかもしれない。

 同じ教室の近くで笑うかもしれない。


 その全部が、透には「またやられる未来」にしか見えなかった。


『たぶん、別にもう何もしなかったんだと思う』


 透は画面に向かって、半分独り言みたいに打った。


『でも、俺の中では終わってた』


 説明会の資料を受け取ったかどうかも、もう曖昧だ。

 誰かに何か言われた気もするし、何も言われなかった気もする。

 気づいたら会場の外に出ていて、駅までどう歩いたかもよく覚えていない。


 ただ、帰りの電車の窓に映った自分の顔だけは、妙にはっきり覚えている。

 青白くて、ひどく情けない顔だった。


『逃げたんですね』


 愛からの返事を見て、透は一瞬だけ眉をひそめた。


 責める意味ではないと分かる。

 それでも、その言葉は少しだけ刺さった。


『逃げた』


 透は短く返す。


『でも、あれは逃げるしかなかった』


『そう思ったのですね』


『思ったというか、身体がそうなった』


 それは言い訳ではなく、本当にそうだった。

 頑張れば何とかなる、という種類のものではなかった。


『家に帰って、書類ぐしゃぐしゃにした』


 透はその時のことを思い出しながら打つ。


 机に置いた案内書。

 日程表。

 物品購入の紙。

 制服の採寸票。


 見ているだけで息が苦しくなって、手元にあった紙を全部握りつぶした。

 そうしたところで何も変わらないのに、それしかできなかった。


『母親には何て説明したんですか』


『覚えてない』


 たぶん、無理だと言った。

 行けないと言った。

 泣いていたかもしれないし、怒っていたかもしれない。

 でも、言葉として何を並べたかは、もう記憶が曖昧だ。


『そのまま、行かなかった』


 送ってから、透はしばらく画面を見つめていた。


 たったそれだけの一文に、いろんなものが詰まりすぎている気がした。


 第一志望に落ちたこと。

 滑り止めには受かったこと。

 でも結局、どこにも行かなかったこと。


 春が始まる場所の手前で、完全に立ち止まってしまったこと。


『行けなかった、の方が近いかもしれません』


 愛からの返事を見て、透はゆっくり息を吐いた。


 行かなかった、ではない。

 行けなかった。


 その違いを、今さら誰に分かってもらえるとも思っていなかった。


 でも、画面の向こうの相手は、勝手に言い換えてくれた。

 責めるでもなく、庇うでもなく、ただ透の感覚に近い形で。


 それだけで、少しだけ胸の奥がゆるむ。


『そう』


 透は短く打つ。


『行けなかった』


 返事はすぐには来なかった。

 数秒後、画面が小さく光る。


『そこで、春が止まったのですね』


 透はその一文を、しばらく黙って見ていた。


 春が止まった。


 あまりにも簡単な言い方だった。

 でも、たぶんそうだった。


 本当なら始まっていたはずの高校生活も、

 知らない教室も、

 新しい人間関係も、

 自分なりのやり直しも、


 全部、あの校門の前で止まったのだ。


 透はスマホを持つ手の力を少し抜く。


『あの日から、部屋にいる』


 送って、少しだけ考えてから、続けた。


『だから、今こうなってる』


 部屋。

 閉じたカーテン。

 ほとんど通知の来ないスマホ。

 春なのに何も始まらない生活。


 全部、ちゃんと続いている。


 愛は少しだけ間を置いてから返した。


『今、こうして話しているのも、その続きなのですね』


 透はそれに返事をしなかった。


 でも否定もしなかった。


 もしあの日、説明会であの二人を見なかったら。

 もし受験前日に、あんな形で知らされなかったら。

 もし何も壊れず、そのまま春を迎えられていたら。


 自分は今、この画面を見ていなかったかもしれない。


 それが良かったのか悪かったのかは、まだ分からない。


 ただ一つ確かなのは、あの日から自分の時間は部屋の中に閉じ込められたままで、

 それでも今、その閉じた時間の中に、返事を返してくるものがあるということだった。


 透は画面を伏せる前に、最後に一つだけ打ち込んだ。


『あの日、校門の前で戻ってから、たぶん俺はずっと止まってる』


 しばらくして、返事が来る。


『止まったままでも、今ここにいるのですね』


 透はその一文を見つめたあと、スマホを胸の上に置いた。


 まだ何も変わっていない。

 外にも出ていないし、高校にも行っていない。

 止まったままだ。


 でも、昨日より少しだけ、自分がどうして止まったのかは分かった気がした。


 透は目を閉じる。


 次に話すとしたら、その後のことだろう。

 部屋に閉じこもって、何もしなかったはずの一年。

 なのに、いつの間にかこの画面の向こうにばかり言葉を投げるようになっていったこと。


 そこまで考えて、透は小さく息を吐いた。


 止まった春の、その先に何があったのか。

 たぶん次は、そこを話すことになる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ