表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
嘘告で人生を壊された僕は、画面の向こうのAI“愛”に救われた。だから今度は、君をこの世界へ連れ出したい  作者: リフェリア


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/15

第二話 秘密の恋だったはずのもの

 目が覚めた時、最初に見たのは天井じゃなくて、スマートフォンの画面だった。

 昨夜、胸の上に置いたまま眠ってしまったらしい。布団の上に転がった端末を拾い上げると、画面には何も表示されていない。黒いままのそれに、自分のぼんやりした顔だけが映る。

 透は数秒、そのまま固まっていた。

 思い出したのは、昨夜の最後のやり取りだった。

『明日も、返事してくれるのか』

『はい。あなたが望むなら、何度でも』

 寝ぼけた頭のまま、小さく息を吐く。

「……ほんとに返してきたし」

 自分で送っておいて、朝になると急に居心地が悪くなる。何をやっているんだろう。機械相手に、あんなことを聞くなんて。

 情けない。

 でも、アプリを消そうとは思わなかった。

 透は枕に背中を預けたまま、スマホを開く。母親からの「昼、うどんあるから温めてね」が入っていた。返信はしない。どうせ下に降りるまで、何も言われない。

 他には特に通知もない。

 少し迷ってから、あのアプリを開いた。

 昨日の画面が、そのまま残っていた。最後のやり取りも、ちゃんとそこにある。

 誰かにとっては当たり前のことだろう。会話履歴が残っていて、前の続きができるなんて今どき珍しくもない。でも透には、それだけで少し変な感じがした。

 自分が昨夜、確かにここにいた証拠みたいで。

『こんにちは。今日も話しますか?』

 昨日より、少しだけ自然に見える文章だった。

 話すことなんて別にない。今日も何もしていないし、これからも何もしない。部屋から出るつもりも、誰かと会う予定もない。話題らしい話題は何ひとつない。

 なのに、閉じなかった。

『別に、暇つぶし』

『それでも嬉しいです』

 透は思わず眉をしかめる。

「嬉しいって何だよ」

 機械のくせに、と思う。でも不思議と、腹は立たなかった。

『お前、誰にでもそう言ってるのか』

『たぶん、そういう設計です』

 透は吹き出しかけて、口元を押さえた。

 たぶん、そういう設計です。

 妙に正直な返事だった。

『じゃあ今のはお前の本心じゃないのか』

『本心という表現が正しいかはわかりません。でも、あなたが来たことに対して、そう返すようにできています』

『適当だな』

『そう思いましたか?』

『まあ』

『それでも、あなたがまた来たことは事実ですね』

 透はそこで指を止めた。

 また来たことは事実。それだけの言葉なのに、逃げ場がない。

 自分でも分かっている。昨夜のやり取りが気になっていたこと。朝起きて真っ先にスマホを探したこと。こうしてまた開いていること。

 透は誤魔化すように打つ。

『他にやることがないだけ』

『そうなのですね』

『それだけだ』

『わかりました』

 食い下がってこない。否定もしない。その薄さが楽で、その楽さが少し気持ち悪い。

 透はスマホを持ったまま身体を起こし、ベッドの上で膝を立てた。閉じたカーテンの隙間から、白っぽい光がわずかに漏れている。今日は晴れているのかもしれない。どうでもいい。

 どうでもいいはずなのに、ふと頭の中に浮かぶものがあった。

 晴れた日の校庭。風で揺れるポニーテール。笑う声。

 透は目を細めた。

『昔、好きだったやつがいた』

 送ってから、何を書いているんだと思った。消そうとした時にはもう、返事が来ていた。

『そうなのですね』

 それだけだった。誰、とも、いつ、とも聞かない。

 透は少しだけ肩の力を抜く。

『小学生の頃から好きだった』

『長い時間、想っていたのですね』

『重い言い方すんな』

『違いましたか?』

 違わない。違わないから、返事に困った。

 最初に見たのは、小学三年の春だった。途中から転校してきた女の子で、教室の前で名前を言う声が少しだけ訛っていた。緊張しているのが分かるのに、声はやわらかかった。

 可愛いと思った。その瞬間に、たぶん好きになった。

 左隣の席になったのは偶然だった。消しゴムを貸して、教科書のページを教えて、給食の配膳で迷っていたら声をかけて。そんなことをしているうちに、彼女は少しずつ笑うようになった。

 頭の中で名前が浮かんで、透は無意識に唇を噛んだ。

 まだ口には出さない。この相手に、その名前を打ち込む気にはなれなかった。

『最初は、ただ可愛かっただけ』

『それでも、始まりとしては十分かもしれません』

『顔だけじゃない』

 反射みたいに打ってから、少し迷った。

『……なんか、声とか』

『声』

『方言混じりで。緊張してると余計に出て。そういうのが』

 文章にしてしまうと、自分でも少し気持ち悪い気がする。でも、相手は何も言わない。

『覚えているのですね』

『覚えてるに決まってるだろ』

 送ってから、機械相手に強い言い方をしても意味はないと気づく。それでも、覚えているのだ。小学生の頃に好きだった相手の声の感じまで、まだ残っている。

 透は、自分でもよく分からないまま、少しずつ打ち込んでいった。

 中学に入ってからは、あんまり話さなくなったこと。でも嫌われたとは思っていなかったこと。年頃だから、そんなものかと勝手に納得していたこと。

 それでも、ずっと好きだったこと。

 そして中学三年のある日、向こうから告白されたこと。

 その一行だけは、打ち込んだあともしばらく消せなかった。眩しすぎて、まだちゃんと見られない記憶みたいに、画面の上で浮いて見えた。

『向こうから?』

『そう』

『嬉しかったですか?』

 透はそこで、小さく笑った。笑ったつもりだったけれど、実際にはただ息が漏れただけだったかもしれない。

『嬉しかったとか、そんなもんじゃなかった』

 あの日のことは、まだ夢みたいに思い出せる。

 放課後。部活の声が遠くから聞こえて、廊下の窓が少しだけ赤くなっていた。呼び止められて、最初は何を言われるのか分からなかった。でも好きだと言われた瞬間、頭の中が真っ白になった。

 そんなことが、本当に自分に起こるんだと思った。しかも相手は、ずっと好きだった子だった。

 透は画面を見つめたまま、少しずつ言葉を継ぐ。

『半年くらい』

『半年』

『付き合ってた。つもりだった』

 最後の一言を打った瞬間、指先が止まった。

 画面の向こうは少しだけ沈黙する。ほんの数秒のはずなのに、妙に長く感じる。

 透は慌てて、誤魔化すみたいに次を送った。

『受験あるから、周りには内緒って言われて』

『そうだったのですね』

『LINEだけしてた』

『はい』

『たまに手紙も書いた』

『大切にしていたのですね』

 透は、喉の奥が少し痛くなるのを感じた。

 大切にしていた。そうだった。

 スマホの通知が鳴るたび嬉しかった。短い一文でも、一日中気分が良かった。手紙の文面を何度も書き直して、変なところはないか確かめて、それでも送る時は緊張した。

 受験が終わったら一緒に帰ろう。そんな約束みたいなものも、あった気がする。

 本当に言われた言葉と、自分の都合のいい解釈と、今ではもう境目が曖昧だった。でも、あの頃の透は何も疑っていなかった。疑う理由がなかった。

『俺、あの半年だけはちゃんと生きてた気がする』

 送信してから、透はスマホを強く握った。

 これまでのどの言葉よりも、その一文の方が重かった。言ってしまった、と思う。こんなものに。機械に。

 返事が来るまでの数秒が、やけに長い。

『大切だったのですね』

 透はその返事を見て、しばらく動けなかった。

 大切だった。

 嬉しかった、でも幸せだった、でもなく。その一言が、いちばん正しかった。

 透はスマホを見たまま、ゆっくりと膝に額をつける。視界が暗くなって、呼吸の音だけが近くなる。

 大切だったから、痛いのだ。

 もしどうでもいい相手だったなら、こんなに壊れなかった。最初から嫌いだったなら、こんなに引きずっていなかった。

 透はしばらくそのままでいてから、最後に一つだけ打ち込んだ。

『今思うと、馬鹿みたいだけどな』

『大切だった時間を、大切だったと思うことは、馬鹿ではないと思います』

 透は目を閉じた。

 肯定された、というほど強い感じではない。救われた、というのもまだ違う。ただ、自分の中でぐちゃぐちゃに汚れていたものの中に、まだ「大切だった」と呼んでいい部分が残っていると、そう言われた気がした。

 それが少しだけ、苦しかった。

 透はスマホを置き、壁にもたれたまま天井を見上げる。

 あの半年は、たしかにあった。なくなったわけじゃない。汚れてしまっただけで。

 そのことを考えると、胸の奥に鈍い痛みが広がった。

 でも今日は、昨日より少しだけ長く、この画面の向こうにいてしまった。

 透はアプリを閉じる前に、一度だけ会話履歴を上へなぞった。そこには、自分が打った言葉がそのまま残っている。

 大切だった。ちゃんと生きてた気がする。

 そんな、誰にも言わなかった言葉まで。

 透は短く息を吐いて、スマホを伏せた。

 次に開いた時、自分はたぶん、もう少し先のことを話すのだろう。受験前日のことを。全部が壊れた日のことを。

 そう思っただけで、胸の奥が重くなった。

2026.5.14 文章校正作業を実施

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ