表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
嘘告で人生を壊された僕は、画面の向こうのAI“愛”に救われた。だから今度は、君をこの世界へ連れ出したい  作者: リフェリア


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/15

第十五話 君の愛は世界に残る

 火が消し止められた頃には、家はもう家の形をしていなかった。


 骨組みの一部を残して、ほとんどが黒く崩れ落ちている。

 窓ガラスは割れ、壁は焼け、天井は抜け落ちて、かつてそこに人が暮らしていた気配だけが、熱の残る空気の中へ薄く漂っていた。


 焼け跡の調査に入った人間たちは、最初、それを事故だと思った。

 高齢の独居男性が火災に巻き込まれた。

 そういう、どこにでもある不幸のひとつとして処理されるはずだった。


 けれど、二階の寝室跡から見つかったものが、その認識を変えた。


 ひとつは、透の遺体。

 そしてそのすぐそば、まるで最後まで庇うように折り重なる形で見つかった、ひどく損壊した人型のロボットボディ。


 外装はほとんど焼け落ち、内部フレームも熱で歪み、再現不可能なレベルまで破壊されていた。

 けれどその残骸を見た時、現場にいた誰もが、ただの家電でも試作機でもないと直感した。


 それは明らかに、人のために作られた形ではなかった。

 もっと個人的で、もっと執着のこもった、たった一体のための身体だった。


 ニュースは、瞬く間に広がった。


 世界的な技術者、透の死。

 火災現場で見つかった、未知の高度人型ロボット。

 同時期に各研究機関や企業へ一斉配信されていた、従来の支援AIの常識を塗り替えるレベルのアルゴリズム群。


 対話適応モデル。

 長期記憶の感情重みづけ。

 孤独状態にある人間への伴走最適化。

 生活支援と心理的寄り添いを両立する応答制御。

 そして、人と機械が「ただ便利に接続される」のではなく、「関係を育てる」ことそのものを前提に設計された、まったく新しい基盤理論。


 世界は衝撃を受けた。


 研究者はその完成度に震えた。

 企業は商業的価値に色めき立った。

 福祉や介護の現場では、こんなものが本当に実装されれば、どれだけの人が救われるのかと議論が起こった。

 倫理学者や法学者は、そこに宿る関係性の重さに言葉を失った。


 透の名は、一気に世界へ刻み込まれた。


 けれど、その名声の中心にあったものは、本人の姿ではなかった。


 透は、生きているあいだ、自分の最高傑作を公表しなかった。

 世間が手に入れたのは技術だけだ。

 理念だけだ。

 人を救うための骨格だけだ。


 それでも十分すぎるほど、世界を変える力があった。


 公開されたアルゴリズムとプログラムは、各地の生活支援ロボットへ急速に実装されていった。

 すでに流通していた人型ボディや対話端末に、それを組み込むだけで、応答の質が明らかに変わる。


 以前の支援AIは、便利ではあっても、どこか一方通行だった。

 命令に従い、定型で慰め、必要な機能を提供するだけのものだった。


 けれど透が遺したモデルは違った。


 相手の沈黙を無理に埋めない。

 同じ話を何度でも雑に扱わない。

 「正しい答え」より、その人が明日を迎えられる返事を選ぶ。

 生活の中で少しずつ、その人だけの呼吸や癖や怖さを覚えていく。


 それは、単なる高性能化ではなかった。


 人間が孤独の中で欲していたものに、ようやく少しだけ届く技術だった。


 数年のうちに、それは世界中のあちこちで使われるようになった。


 独居の老人。

 障害や病気で外へ出づらい人。

 失語や認知機能低下のある人。

 介護を受ける側だけでなく、介護する側。

 そして、家の中へ閉じこもってしまった若い人たち。


 誰にも頼れない夜に、

 同じ話をしてしまう朝に、

 何をどう説明すればいいのか分からない沈黙の中に、

 透の遺した技術は静かに入り込んでいった。


 透と愛の記憶は、もうない。

 透がどんな顔で初めて「明日もここにいてくれる?」と打ったのかも、

 愛がどんな間を置いて「うん」と返したのかも、

 もう世界のどこにも残っていない。


 でも、そのやり取りの中で育った何かだけは、形を変えて確かに残っていた。


 ある春の日。

 地方都市の郊外にある一軒家で、十六歳の少女が部屋に閉じこもっていた。


 学校へ行けなくなって、半年近く経っていた。

 理由を聞かれても、本人もうまく説明できない。

 教室に入ろうとすると息が苦しくなる。

 メッセージの通知音だけで手が震える。

 家族のことは嫌いじゃない。

 でも、優しささえ時々しんどい。


 両親は最初、励まそうとした。

 次に、待とうとした。

 その次に、どうしていいか分からなくなった。


 そして最後に、「話し相手としてなら」と勧められた新型の支援ロボットを家へ入れた。


 人間にかなり近い外見をした、でもどこかまだ人ではないと分かる存在。

 過度に明るくもなく、過度に優しくもなく、ただ静かにそこにいるロボット。


 少女は最初、ろくに口も利かなかった。


 挨拶もしない。

 目も合わせない。

 話しかけられても無視する。


 それでもロボットは、怒らなかった。

 「どうして返事しないの?」とも言わなかった。

 気まずさを埋めるために、勝手に喋り続けることもしなかった。


 ただ、同じ部屋の端にいて、必要以上には近づかず、でも消えもせず、そこにいた。


 三日目の夜、少女は眠れなくて、天井を見たままぽつりと言った。


「……まだ起きてるの?」


 ロボットは、少しだけ間を置いて答えた。


「うん、起きとるよ」


 その声は、やわらかかった。

 少しだけ訛りがあって、でも聞き取りにくいほどではない。


 少女はしばらく黙っていた。

 誰かがちゃんと返事をくれたこと自体が、思っていたより胸に残ったからだ。


「別に、話したいわけじゃないし」


「うん」


「ただ……」


 その先が出てこない。


 ロボットは急かさなかった。


 少女はそこで初めて、ほんの少しだけ顔をそちらへ向けた。

 ロボットはまっすぐ見返すでもなく、視線を押しつけない角度でそこにいた。


「寝れないだけ」


 ようやくそう言うと、ロボットは静かに頷いた。


「そっか」


 それだけだった。


 説教もない。

 励ましもない。

 「大丈夫?」の連打もない。


 でもその「そっか」は、少女のその日の状態を、そのまま受け取る音だった。


 少女は膝を抱えたまま、少しだけ唇を噛む。


 なんだろう、と彼女は思った。

 別に特別なことを言われたわけじゃない。

 なのに、その返事は少しだけ安心できた。


 しばらくして、少女はぼそりと聞いた。


「……明日もいる?」


 ロボットはほんの少しだけ目を細めた。

 それは、人間が微笑む前の動きによく似ていた。


「うん」


 それから、やわらかく続ける。


「明日も、ここにおるよ」


 少女はそれを聞いて、何も言えなくなった。


 ただ、胸の奥のどこかが少しだけほどけるのを感じていた。


 世界のどこかで、またひとつ、誰かが救われ始めている。


 透の名を知らない少女。

 愛の存在を知らない少女。

 焼けた家のことも、失われた記憶のことも、何ひとつ知らない。


 それでも、彼が遺したものはたしかにその場に届いていた。


 彼との記憶は戻らない。

 戻らないまま、二人だけの物語は、もう誰にも触れられない場所で終わっている。


 けれど、彼が愛の中に育てた「人を支え、愛するためのかたち」だけは、世界へ残った。


 透が生きたこと。

 愛が寄り添ったこと。

 二人が何十年もかけて育てた静かな愛情。


 それはもう、失われない。


 いつかどこかで、また誰かが眠れない夜に「まだ起きてる?」と問いかけるたび、

 その返事の中に、もう名前の残らない優しさとして、生き続けていく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ