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流運の儀

掲載日:2026/03/26

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 流れを感じるとき。君はどのようなものがあるかな。

 自分の思うようにことがうまく運び、とんとん拍子で行くなら流れがあるといえるだろう。逆に何をやっても裏目に出て、必死に手を打っているつもりが、肝心なところで武運つたなく機を逃してしまう、となれば流れが悪いだろうな。

 当人としては、なにやらツイている、ツイていない程度しか把握できないかもしれないが、きっと俯瞰してみたならば思考回路が状況に合致しているかどうかなんじゃないか、と私は思う。

 自分の向いている方が正解なら幸い、だが誤ったほうを向いてうまくいかない、となるとますます意固地になって軌道修正が難しく、傷を深めてしまう。

 そうなると外部からの助けを得るなり、いったん距離をとって頭を冷やすなりして、凝り固まったものをほぐしてやる、というのが有効なんだろうな。

 で、固まりこわばるとは、死の兆しともいえる。死体だって死後硬直するものだし、もし生きたいなら柔らかさを保っていかないといけない。

 少し前に友達から聞いた、「流れ」に関する話があるのだけど、聞いてみないか?


 一時期、友達は自分がとことん間の悪いヤツだと、感じていたらしい。

 端的に話すと、やたら自分の手前で物が売り切れるというんだ。

 本、食べ物、パッケージ付きのソフト……データをダウンロードして完了するタイプではない数量の限られたものたちだ。

 山積みされていて、並びながらも残りが確認できるなら見当もつくが、そのようなものなく、いきなり「品切れです」と告げられるのはショックがでかい。

 一度や二度なら、そんなこともあるかとも思うものの、数日で少なくとも両手両足の指でも足りないくらいの回数で、大小の間の悪さに出くわしている。


 ――まじでなんか憑いてんじゃないかな。


 そう思いはじめて、クラスメートの仲がいい子のひとりに相談してみたそうだ。


 その子、少し占いに凝っている子だったという。

 実家が少し名の知れた易者の血を引くものとのことだが、一族全員が優れたセンスを持っているわけでもなく、その子もせいぜい1割でどんぴしゃなものが来るか、とのことらしい。

 いや、1割でも相当なもんじゃね? と感じる友達は事情を打ち明けて、自分の運勢を占ってもらおうと思ったそうだ。

 その子は占いに、何かしら道具を使うことが多かった。しかし、友達のときはポケットから白色ベースの手袋を取り出して、着けたかと思うと、友達の頭上で手をかざしつつぐるぐると渦を巻く動きを見せる。


「ごらん」


 その子があらためて見せてくれた手袋は、ほんの数秒前の白をたちまち失い、ブルーベリージャムを塗りたくったかのような、深い紫色に染まっていたらしい。


「この手袋は相手の身体から沸き立つ気に対して、敏感に反応する。一種のリトマス紙のようなものだ。この色に染まるってことは、気が停滞しているってこと。流れが止まるとそこと関連する場所の働きが、とたんに悪くなる。体の臓器と同じさ」


 もうちょい調べさせてね、とその子は別の白い手袋を何組か取り出し、友達の身体のあちらこちらへかざすや、その色変化の具合を確かめていく。

 結果、友達の丹田のあたりが最もひどかったそうだ。なにせ手袋が染まるばかりか、表面からその紫色の液体がにじみ、したたり落ちるほどだったらしいから。


「……よし、分かった。もし運気を戻したいなら協力しよう。ただし、目隠しをしてもらうけど」


「目隠し?」


「これを解決するときの作法のようなものさ。ちょっと場所を移動しないといけないんだけどね」


 促されて、その子が取り出した大きめのアイマスクを装着する友達。

 手を引っ張られて案内されたが、それも体感でおおよそ5分程度。地元ということもあり、どの方角にいったとしてもおおまかな景色は想像がつくレベル……と思っていた。


 しかし、いざ許しをもらってアイマスクを取ってみると、そこは薄い紫色のもやが立ち込める原っぱだったらしいんだ。そこは友達の住むあたりでは、とんと縁がないほどに建物の影が見当たらなかったとか。

 街中の喧騒のかわりに、耳へ届くのは小さな水のせせらぎ。案内されるまま歩いて行った先にはまたぎ越せるほどの小川が、ひとすじ横たわっていた。


「端的にいうと、ここは『運』を運んでいる。ここが完全に止まると、文字通りの運の尽き。どのようなささいなことでも、命取りになりかねない。よもや、と思う死因の人は、まず間違いなくここの流れが止まってしまった人だ」


 右から左へ流れる川は、かろうじて音を立てるのがやっとという緩やかなものだ。川幅にもいくぶんかゆとりができてしまうほど細いものでもある。

 上流へ向かっていくらか二人が歩いていくと、やがて川の途中をせき止める石の壁にあたる。川の大きさ相応にささいな規模ではあるものの、水の勢いを殺すには十分。

 水たちは壁のわずかなすき間を縫って、懸命に身を乗り出して先ほどの川の姿をどうにか保っていたんだ。


「ここを崩せば、運気は元に戻るはずさ」


 その子は、先に気をはかるときに使った手袋と、ほぼ同じ新品の手袋を友達に渡す。運気を持つ本人でなくては、岩をどかせないとのことで。

 実際、友達が壁をつつくと、石たちはあっけないほどに崩れ去る。同時に、これまでのうっぷんを晴らすように上流の水たちが、どっと下流へ注ぎ込まれていった。


「これでよし。その売り切れ連発の事態もこれで防げるはずさ。ただ注意してほしいのが、帰りも目隠しをするけれども、これから数日間は入念に顔と体を洗うこと。流れを無理に変えたぶん、揺り戻しが来るだろうからね」


 そういわれた友達の身体は、確かに数日の間は妙に腫れぼったい感覚があり、鏡で見ると目のあたりを中心に、悪意あるパンダのごとく黒々とした斑点が浮かんでしまったとか。

 ただ、あの異様なほどの売り切れに出会うこともなくなったのは確か。そしていくら地元を歩き回っても、あのような地形には出くわせなかったらしい。

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