第8話:1兆円の遊戯と、金髪の女王の陥落
音楽室での「宣戦布告」から数日後。 俺とエマ・ロスチャイルドは、ロンドンの金融街にある瀟洒なカフェにいた。 もちろん、俺は日本で学校に通っているという体なので、テレビ会議システムを通じての参加だ。画面の向こうには、アイスティーを優雅に傾けるエマの姿。
「なるほど。あなたの会社『フューチャー・ゲート』は、日本の災害復旧とテロ対策で、政府を出し抜いたようね。素晴らしい手腕だわ、藤城蓮」
エマは嘲るように、それでいてどこか楽しそうに笑う。 彼女の背後には、ロンドンの象徴であるビッグベンが見える。 こちらは日本の小学校の図書室。この圧倒的なロケーションの差が、二人の立場の違いを物語っていた。
「褒めても何も出ないぞ、エマ。用件は何だ。まさか、子供の僕に会いにわざわざ太平洋を渡ってきたわけじゃないだろう」 「ええ、その通りよ。あなたに『遊戯』を提案しに来たの」
エマはタブレットを操作し、画面を俺に共有した。 そこに表示されていたのは、一週間のうちに乱高下を始めた『ポンド/ドル』の為替チャートだ。
「来月、イギリスのEU離脱を巡る国民投票が行われるわ。結果はまだ混沌としているけれど、私たちは『離脱』に全BETしている。これで、1兆円規模の利益を狙うつもりよ」 「……」 「もちろん、あなたも乗ってもいいわ。私の情報網は世界最高よ? でも、子供のあなたには荷が重いかしら?」
挑発的なエマの言葉。 だが、俺のデータベースは瞬時に正確な未来を弾き出す。
(イギリスがEUを離脱するのは、数十年先の話だ。この時期の国民投票は『残留』に決まる。ロスチャイルド家がいくら動こうと、歴史の波には逆らえない)
つまり、エマは今、完璧な「誤った未来」に賭けているのだ。 これは、最高の「カモ」が目の前に現れた、ということだ。
「面白い。その遊戯、乗ってやろう」 「あら、強気ね。でも、あなたは『残留』に賭けるわけ?」 「いいや。僕は、君たちが『離脱』に賭けた全資金を、僕の『支配下』に置くことに賭ける」
エマの顔から笑みが消えた。 画面の向こうで、彼女の取り巻きの護衛たちがざわめく。
「……どういう意味かしら?」 「単純な話だ。君たちが『離脱』に賭けて仕掛けるであろうポンドの売りを、僕が全て買い占めてやる。そして、国民投票で『残留』が決まり、ポンドが急騰した時……君たちの資金を、僕がすべて吸い取る。それでいいだろう?」
これは、小学生が口にするような言葉ではない。 世界金融市場を裏から操ってきたロスチャイルド家への、宣戦布告だった。
「ふ、ふざけないで! たとえあなたが日本の神童だとしても、ロスチャイルドの動かす数兆円の資金を相手に、たった一人で渡り合えると思っているの!?」 「渡り合えない? 馬鹿を言え。僕には、君たちの資金を食い尽くす『未来知識』と、九条舞が開発した『世界最速のAIトレードシステム』がある」
俺は、端末を操作し、舞が開発中のAIアルゴリズムの稼働画面を見せた。 秒速で何万回もの取引を自動で行う、人類の思考を遥かに超えた超高性能AI。 エマの顔が、初めて恐怖に染まった。
「……まさか、あなた、そんなものを完成させていたなんて……!」
そして、運命の国民投票の日。 結果は、俺の知る歴史の通り、『残留』派の勝利に終わった。 ポンドは急騰。 ロンドン市場は阿鼻叫喚に包まれ、ロスチャイルド家は史上最大級の損失を計上した。
「蓮様! エマ・ロスチャイルド様が、こちらに……!」 翌日。フューチャー・ゲートの本社。 冴島凛が慌てた様子で、俺の執務室に飛び込んできた。
そこへ、開け放たれたドアから入ってきたのは、憔悴しきった様子のエマだった。 あの傲慢な笑みは消え失せ、瞳には悔しさと、そして「絶望」の色が浮かんでいる。
「……負けたわ。完全に、あなたの掌の上で踊らされていたのね。藤城蓮」 「言っただろう。僕には『未来』が見えていると」
俺は、彼女に一通の書類を差し出した。 それは、今回の損失を補填するための「フューチャー・ゲートへの出資契約書」。 そして、彼女を俺の「個人秘書兼、海外部門統括」として迎え入れるためのものだ。
「これを受け入れる以外に、ロスチャイルド家が崩壊を免れる道はないわ。……私の負けよ」 エマは震える手で、契約書にサインをした。 世界最強の金融一族の令嬢が、小学生である俺の配下となった瞬間だ。
「ようこそ、エマ。これからは僕の『手足』として、世界を買い叩いてもらうぞ」 「……ええ。存分に利用しなさい、私の王よ。その代わり、いつか必ずあなたを出し抜き、私の『王』にしてあげるわ」
エマは、跪くように俺の前にひざまずき、不敵な笑みを浮かべた。 新たな、そして最強のヒロインの参入。 ハーレムは、さらに複雑な色彩を帯び始める。




