第5話:秋葉原の魔女と、未来の設計図
1990年。バブル崩壊の余波で、日本中の大人が「土地と金」の亡霊を追いかけて右往左往していた。 だが、俺の視線はその先――電脳の海に向いていた。
「パパ、今日は秋葉原に行きたい」 「秋葉原? ああ、電気街か。蓮ならおもちゃ屋より、ああいう場所の方が好きそうだな」
もはや俺の「パペット・エージェント」と化した父・健一の運転で、俺たちは秋葉原へと降り立った。 2020年代の「萌えの聖地」とは違う。当時の秋葉原は、剥き出しの電子部品と油の匂いが漂う、真のオタクと技術者の聖地だった。
俺が探しているのは、後に『ITの巫女』と呼ばれ、世界を席巻するOSを開発することになる天才少女――九条 舞だ。 前世の歴史では、彼女は資金難から開発を断念し、若くしてその才能を埋没させていた。
(この時代の秋葉原のどこかに、彼女の拠り所があるはずだ……)
俺は「あー、パソコン、いっぱい」と幼児のフリをしつつ、裏通りの雑居ビルを鋭い目で見渡す。 すると、あるジャンク屋の店先で、段ボール箱に囲まれて黙々とハンダごてを握る少女を見つけた。
ボサボサの黒髪に、大きな瓶底メガネ。小学校高学年くらいだろうか。 彼女が触っているのは、当時の主流からは外れた「独自の並列演算処理ボード」……。
(見つけた。九条舞だ)
「お姉さん、それ、効率が悪いよ。第3バスを通さずに、直接メモリに書き込むルーチンに書き換えたら?」
背後から声をかけると、少女の肩がビクッと跳ねた。 彼女はメガネをズレさせながら、不思議な生き物を見るような目で俺を見下ろした。
「……えっ? いま、なんて……。え、3歳……くらい? 子供が、なんでバスラインの話を……」 「3歳だけど、君が今詰まっている『16メガの壁』を突破する方法を知ってる。……話、聞く?」
俺は、クマのぬいぐるみを抱えたまま(カモフラージュだ)、彼女のノートPCの画面を指差した。 そこには、世界を一変させる可能性を秘めた、未完成のソースコードが踊っていた。
「……信じられない。このコードのバグを、一目で見抜くなんて。あなた、何者なの?」 「投資家だよ。君の『未来』を買いに来た」
俺は、健一に持たせていたアタッシュケースを開けさせた。 中には、1000万円の現生と、一通の契約書。
「九条舞。君には、僕の個人所有する『研究所』のチーフになってもらう。資金は無制限だ。その代わり、僕が指定する『ドメイン』と『プロトコル』をすべて世界に先駆けて押さえてほしい」
「ドメイン……? 何を言ってるの。そんなもの、今はただの文字列じゃない。なんの価値も……」 「今はね。でも、あと5年もすれば、その文字列一つが数千億の価値を生む。日本中の土地よりも、電脳世界の『番地』の方が重要になるんだ」
俺は、彼女の目を見据えて断言した。 1990年において、インターネットの爆発的普及を確信している人間など、世界でも数えるほどしかいない。
「……いいわ。どのみち、この研究も資金が尽きて明日には路頭に迷うところだったし。あなたのその『目』、ただの子供じゃない。化け物のそれよ」
舞は不敵に笑い、ハンダごてを置いた。 第2のヒロイン、九条舞の確保。 これで「資金(冴島凛)」と「技術(九条舞)」の両輪が揃った。
帰り道、俺は車窓から沈みゆく日本の夜景を眺めていた。 (さあ、始めようか。アメリカのシリコンバレーが動く前に、僕がこの国をITの覇者にする)
俺はノートに、これから取得する予定のドメイン名を書き連ねた。 google、amazon、apple、yahoo……。 まだ誰も手をつけていない、未来の巨像たちの名前。
3歳の神童による、世界買い占め計画。 それは今、物理的な「土地」から、目に見えない「情報」の支配へとフェーズを移した。
「パパ。次は……『六本木』にオフィスを構えよう」 「ろ、六本木!? 蓮、あそこは家賃が……いや、もう何も言わないよ。パパ、ついていくから!」
翌月。 六本木の超一等ビルに、一つの奇妙な会社が登記された。 代表取締役は――藤城健一(実質的な全権は、その息子・蓮)。 社名は、『フューチャー・ゲート』。 後に、国家予算を超える利益を叩き出し、GAFAを「下請け」として扱うことになる伝説の企業の誕生であった。




