第22話:救世主の休日と、正妻の座のオークション
2021年。世界はパンデミックの霧を抜け、かつてない好景気に沸いていた。
すべては、FGグループが提供したワクチンと、無尽蔵の資金供給によるものだ。
だが、その頂点に立つ藤城蓮(二十一歳)は、絶海の孤島に築かれたFG社所有の保養地で、人生最大の窮地に立たされていた。
「……いい加減にしろ、お前ら」
蓮が頭を抱える目の前で、四人の女性たちが、もはや一国の国家予算を動かす以上の熱量で火花を散らしている。
「蓮、逃がさないわよ。私がどれだけあなたを支えてきたと思っているの? 冴島財閥の看板は今や、あなたの『妻』を出すためのものよ!」
冴島凛が、純白のドレスを翻して宣言する。
「あら、幼馴染というだけの肩書きで『正妻』を語るなんて片腹痛いわ。蓮、私のロスチャイルド家と結婚すれば、欧州全土があなたの『庭』になる。これ以上の政略結婚はないはずよ?」
エマ・ロスチャイルドが、不敵な笑みを浮かべて対抗する。
「メリットで選ぶなら、私です。蓮様。貴方の公的なスケジュールからスキャンダルの隠蔽、さらには夜の健康管理まで……私以上に貴方を理解している女がいますか?」
神崎麗華が、眼鏡の奥の瞳を妖しく光らせる。
『……却下。……蓮の脳波、私の演算ユニットと直結済み。……心拍数、ホルモンバランス、すべて共有している私が、最も蓮に近い存在。……肉体は、もう古い』
空間に浮かび上がる九条舞のホログラムが、無機質に、しかし独占欲を露わにして割り込む。
「……だから、僕を『オークション』にかけるなんて正気か?」
蓮が指差した先には、彼女たちが共同で立ち上げた特設サイトの画面があった。
その名も、『藤城蓮・結婚権オークション』。
参加資格は、FGグループへの貢献度と、蓮への「純粋な愛」を証明する知的・体力的試練のクリア。
「いいじゃない、蓮。あなたが選べないなら、私たちが『実力』で勝ち取るだけよ!」
凛の言葉に、他の三人も力強く頷く。
こうして、世界を救った救世主の「正妻」の座を巡る、人類史上最も贅沢で、最も過酷な戦いが幕を開けた。
女たちが「誰が蓮に相応しい料理を作れるか」という第一課題(実際には、数百兆円規模の食材調達競争)に没頭している隙に、蓮は独り、地下の極秘ラボへと向かった。
そこにあるのは、エルダーの超技術と、舞が解析した宇宙の理を組み合わせた、究極の装置。
「……これさえあれば、人は『老い』からも、『死』からも解放される」
蓮が見つめるのは、ナノマシンによる細胞再生と、意識のデジタルバックアップを統合した**「不老不死システム」**だ。
0歳から始まった二度目の人生。
資産を築き、歴史を書き換え、世界を買い叩いてきた。
だが、蓮が最終的に行き着いたのは、愛する者たちを永遠に失わないための「時間の買収」だった。
「……凛も、エマも、麗華も。……そして、デジタルになった舞も」
蓮は、静かにスイッチを操作する。
2021年末。人類は、藤城蓮の手によって「生物としての限界」を突破しようとしていた。
だが、その直後。
ラボのスピーカーから、舞の焦ったような声が響いた。
『……蓮、待って。……予期せぬアクセスを確認。……地球外、太陽系外からの……「信号」』
蓮の手が止まる。
ホログラムに表示されたのは、未知の言語で綴られた、膨大な情報。
「……未来知識にも、前世の歴史にもない。……これは、何だ?」
『……査定。……「この星の文明は、買収する価値があるか」という……上位存在からの……通知』
蓮の目が、鋭く細められた。
地球上のすべてを買い占めた男の前に現れた、次なる「交渉相手」。
それは、宇宙という市場を管理する、正体不明の「神々の銀行」だった。
「ふん……面白い。世界を買い叩いた次は、神様を『買収』してやるまでだ」
二十一歳の神童。
その野望は、もはや次元の壁すらも超えようとしていた。




