第21話:見えない敵と、救世主の帰還
2020年。
かつて俺がいた前世では、世界中が沈黙し、経済が死に体となり、多くの命が失われた「停滞の年」だ。
だが、この世界(二周目の人生)では、状況は劇的に異なっていた。
「蓮様、中国・武漢での局地的アウトブレイクを確認。WHO(世界保健機関)が動く前に、周辺諸国の入国制限を開始させました」
秘書官であり、政界のフィクサーへと成長した神崎麗華が、執務室のホログラムを操作する。
「お見事ね、麗華。……でも、それだけじゃ足りないわ。蓮、あなたが十年前に買い占めておいたドイツとアメリカの製薬会社、全ラインを『特定ワクチン』の生産に切り替えさせたわよ」
世界金融の女王、エマ・ロスチャイルドが不敵に微笑む。
前世の知識では、世界はこのウイルスの正体を突き止めるのに数ヶ月を要した。
しかし、俺の手元には、前世の記憶という「答え」と、AIへと進化した舞が弾き出す「未来の計算結果」がある。
『……蓮、聞こえる? ……ウイルスの塩基配列、解析完了。……変異パターンは三十二万通り。……すべてに対応する「万能ナノ・ワクチン」、設計図を送った』
スピーカーから響くのは、電子の海と同化した九条舞の声だ。
彼女は今、地球上の全ネットワークを監視し、ウイルスの拡散をシミュレートする「世界の頭脳」となっていた。
「……よし。凛、出番だぞ」
「わかっているわ、蓮」
FGグループの最高執行責任者、冴島凛がモニター越しに頷く。
「FGエクスプレス、並びにFG航空の全ネットワークを『医療物資専用』として開放したわ。世界中の病院に、マスクとワクチンを『無料』で届ける。……資金は、あなたが昨日売り抜けたビットコインの利益で十分ね」
世界がパニックに陥り、株価が崖を転がり落ちる中、俺一人だけが平然と「答え合わせ」をしていた。
ニューヨーク、ロンドン、パリ、そして東京。
前世ではロックダウンでゴーストタウン化した都市たちが、この世界では、FG社が提供する迅速な検査とワクチンによって、その活気を維持し続けている。
「……信じられない。なぜ、日本の小僧がこれほど完璧な対応ができるのだ!」
ホワイトハウスで、大統領が叫んでいる様子が舞のハッキング映像で流れる。
俺は椅子に深く腰掛け、コーラを一口飲んだ。
「理由なんて簡単だ、大統領。……僕は、君たちがゴルフをしている間に、人類の『命の価格』を査定し、それを守るためのコストを全て先払いしておいただけだ」
2020年。本来なら「失われるはずだった数年」は、俺の介入によって「日本とFGグループによる世界救済の年」へと書き換えられた。
だが、事態はそれだけでは終わらない。
経済が麻痺し、他国が喘ぐ中で、俺は次のフェーズ――**「全世界の主要企業の完全買収」**を開始した。
「麗華、GAFA(Google, Apple, Facebook, Amazon)の株価はどうなっている?」
「暴落しています。投資家たちは現金化を急いでいますが……買い手がおりません」
「そうか。じゃあ、全部僕が『定価』で引き取ってあげよう。……今日から、インターネットは僕の私物だ」
前世では世界を支配していた巨大IT企業たちが、パンデミックの混乱の中で、一人の二十歳の青年の傘下に収まっていく。
0歳から始まった資産形成。
100兆円、1000兆円……。もはや数字に意味はなくなった。
俺は、この星の「運営者」としての椅子を、誰に遠慮することなく引き寄せたのだ。
「……さて。世界を救う仕事は終わった。……そろそろ、僕の『私生活』の方も、決着をつけなきゃいけないかな」
執務室のドアが開き、着飾った四人のヒロイン――凛、舞、エマ、麗華が、殺気にも似た情熱を瞳に宿して現れた。
「蓮、世界を救ったんだから、次は『私』を幸せにする番よね?」
凛が、ダイヤモンドの指輪よりも輝く笑顔で迫ってくる。
神童・藤城蓮。
彼の戦いは、ウイルスよりも恐ろしい「女たちの独占欲」という、最後の壁にぶつかっていた。




