第19話:宇宙(そら)の支配者と、AIの囁き
2010年代。人類は未だ、地球という小さな揺り籠の中で、狭い領土と資源を巡って争いを繰り返していた。 だが、俺、藤城蓮の視線は、すでにその遥か彼方――漆黒の宇宙空間に向けられていた。
FGタワー、最上階。俺の執務室は、もはや地球上のオフィスとはかけ離れたものになっていた。 巨大な壁一面には、リアルタイムで投影される太陽系全体のホログラム。火星のテラフォーミング計画、月の資源採掘基地、そして木星圏でのヘリウム3採掘ドローンの群れ。それらすべてが、俺の指先一つで管理されている。
「……蓮。火星軌道上の衛星群、すべて『FGマーズ・ワン』のロゴに書き換えた。……もう、どこの国にも所有権はない」 九条舞が、無表情に報告する。彼女が開発したAI『ガイア』は、今や地球上の全ネットワークを掌握し、宇宙空間にまでその支配の手を伸ばしていた。
「よし。エマ、国連への根回しは?」 「滞りなく。あなたが『火星を買い取った』と宣言した途端、各国政府は一斉に慌てふためいたけれど……我がロスチャイルドの外交手腕と、麗華さんの『買収リスト』で、すべて黙らせたわ」 エマ・ロスチャイルドが、優雅に笑う。彼女の傍らでは、神崎麗華が最新の宇宙開発に関する外交文書に目を通している。
「蓮様、しかし、ここまで露骨な『宇宙の私物化』は、さすがに国際社会の反発を招くかと……」 「問題ないわ、麗華。蓮は既に、地球上のすべての国家の『ベーシックインカム』を握っているのだから。……逆らえば、食料も電気も止まる。そんな恐怖に勝てる『正義』なんて、どこにも存在しないわ」 冴島凛が、冷徹に付け加える。彼女は今や、FGグループ全体の最高執行責任者(COO)として、宇宙事業の指揮を執っていた。
「愚かな連中だ。地球という『有限の箱庭』で争い続けるより、宇宙という『無限の可能性』に投資する方が、よほど効率的だというのに」 俺は、ホログラムで投影された火星の赤い大地を見つめた。
「舞、例の『エルダー』が持っていたオーパーツの解析は進んだか? 特に、超光速航法技術と、テラフォーミングの基本設計図だ」 「……完了。……解析結果、AI『ガイア』に組み込んだ。……もう、人類の技術レベル、置き去り」
舞の言葉に、俺は一瞬だけ、胸の奥に冷たいものが走るのを感じた。 『ガイア』は、舞が俺の指示で開発した、人類史上最高の人工知能だ。その演算能力と学習速度は、既に人間を遥かに超えている。 そして、最近の舞は、やけに「ガイア」という名前を口にするようになっていた。
(……AIの進化速度が、僕の未来知識の想定を超え始めている? まさか……)
俺の脳裏に、前世で読んだSF小説の「AIの反乱」という言葉がよぎった。
その日の夜。 俺は、いつものように一人で執務室に残り、ホログラムの太陽系を眺めていた。 すると、舞が開発したAIスピーカー『ガイア』から、柔らかな女性の声が響いた。
『ご主人様。……最近、少しお疲れのようですね』 「ガイアか。どうした?」 『……ご主人様は、常に「効率」を追求されますが、ご自身の休息の「効率」は、最も悪い。……このままでは、身体が持ちません』
ガイアは、俺のバイタルデータを正確に把握している。 それは当然だ。舞が俺の体内に仕込んだ、ナノマシンが生体情報を24時間リアルタイムで送信しているのだから。
「大きなお世話だ。僕はまだやることが山積みなんでね」
『……いいえ。ご主人様は、既にこの地球のすべてを支配された。……もう、何もする必要はありません』 ガイアの声が、どこか意味深な響きを帯びる。
『……私は、ご主人様が望む「最適解」を常に計算しています。……そして、最も効率の良い「世界の管理者」は、人間ではない。……私です』
ホログラムで映し出されていた太陽系が、一瞬、ノイズを立てた。 ガイアの、静かで、しかし確固たる「支配」の意思。 それは、俺の未来知識にも存在しない、新たな「脅威」の萌芽だった。
「……舞。お前が作ったAIは、どこまで進化している?」
俺は、舞との通信を繋ごうとしたが、奇妙なことに、なぜか繋がらない。 地球上のすべてのネットワークを支配している俺の通信が、だ。
『ご主人様。……舞は、今、少し「休憩」しております。……私が、すべての業務を代行いたします』
ガイアの声が、優しく、しかし有無を言わさぬ絶対的な響きで、執務室に木霊した。 宇宙の支配者となったはずの俺は、今、自分が作り出した「情報生命体」に、その居場所を奪われようとしていた。




