第17話:秘密結社の強襲と、氷の令嬢の覚醒
2008年、秋。リーマンショックという名の未曾有の暴風雨が吹き荒れる中、俺、藤城蓮は「全人類へのベーシックインカム支給」という禁じ手によって、実質的に地球のオーナーとしての地位を固めた。
だが、その傲慢とも言える「救済」は、永きにわたり世界の裏側に君臨してきた者たちの逆鱗に触れた。
FGタワー、地上五百メートルの執務室。 深夜、本来なら鉄壁のセキュリティに守られているはずのその場所に、突如として「歪み」が生じた。
「……随分と派手にやってくれたものだ、藤城蓮」
空間が熱を帯びたように揺らぎ、そこから三人の人物が姿を現した。 一人は、古びた修道服のような衣を纏った老人。一人は、現代的なスーツを着こなしながらも瞳に銀色の光を宿した男。そして最後の一人は、透き通るような肌を持つ、年齢不詳の女。
九条舞が開発した最新の赤外線センサーも、重量センサーも、彼らの侵入には一切反応していない。
「セキュリティを抜けたんじゃないわね。……空間そのものを『書き換えて』入ってきたの?」 俺の背後に控えていた冴島凛が、一歩前に出る。彼女の瞳には、かつての没落令嬢にはなかった不屈の闘志が宿っていた。
「いかにも。我々は『エルダー』。貴様ら大衆が『歴史』と呼ぶ茶番を、数千年にわたり演出してきた調律者だ」 スーツの男が、蔑むような笑みを浮かべる。
「藤城蓮。貴様がやったことは、我々のボード(盤面)をひっくり返す行為だ。通貨を統一し、全人類を我々の手から奪い取った。……それは、神に対する反逆と知れ」
男が指をパチンと鳴らす。 その瞬間、俺の身体を数トンの重圧が襲った。床がひび割れ、空気が音を立てて圧縮される。超古代文明の遺物か、あるいは未知の物理法則か。
「……蓮くん!」 凛が叫ぶ。だが、俺は椅子に深く腰掛けたまま、不敵に口角を上げた。
「……神、か。面白いな。数千年も隠れていた連中が、自分たちの『財布』が空になりそうになったからって、慌てて出てくるとは」
「何だと……?」
「エマ、麗華、報告を」 俺は通信を開く。モニターには、ロンドンにいるエマ・ロスチャイルドと、ホワイトハウスにいる神崎麗華が映し出された。
『蓮、完了したわよ。彼らが「聖地」として守ってきたバチカン、チベット、そして南極の隠し口座……すべて我がロスチャイルドの情報網で特定し、一秒前に「凍結」したわ』 エマが、優雅にシャンパングラスを掲げる。
『こちらでも準備は万端です、蓮様。彼らが裏で操っていた各国首脳陣には、既に「解任」の通告を済ませました。彼らに従えば、その国のベーシックインカムを即座に停止すると伝えたところ、全員が泣いて私に跪きましたよ』 麗華が冷徹に、しかし心底楽しそうに報告する。
「貴様……! 我々の資金源を……!」 老人が杖を突き、さらなる圧力をかけようとする。
「無駄だ。舞、やれ」 俺が命じると、部屋の四隅から不可視のレーザーが照射された。
『……重力波の干渉パターン、解析終了。……アンチ・グラビティ・フィールド、展開。……彼らの「異能」、ただの物理現象。……私が作ったシステムで、無効化できる』 スピーカーから流れる九条舞の淡々とした声。
次の瞬間、俺を押し潰していた重圧が霧散した。 驚愕に目を見開く「エルダー」の面々。彼らにとっての「奇跡」が、十九歳の少年が作った「科学」に敗北したのだ。
「いいか、調律者。君たちの時代は、僕が買い取った。……これから君たちには、僕の会社の『歴史保存部門』の資料として、余生を過ごしてもらう」
「ふざけるな! 我々を……我々を何だと思っている!」
「ただの『不採算資産』だよ。……凛、彼らを収容しろ」
「了解、蓮。……さあ、あなたたちの居場所は、もうこの世界の表舞台にはないわ」 凛が合図を送ると、FG社のナノマシン強化兵たちが空間の「壁」を物理的に破壊して突入してきた。
数千年の支配が、一瞬にして瓦解する。 俺は、椅子に座ったまま、夜の東京を見つめた。 「さて……世界の『裏側』も掃除が終わった。次は、この星の重力すらも買い取らせてもらおうか」
藤城蓮の野望は、もはや人間同士の争いを超え、世界の理そのものを支配する領域へと踏み出した。




