第13話:100兆円の小学生と、ホワイトハウスの膝詰め
1999年末。世界中が「2000年問題」という実体のない恐怖に震え、ITバブルがその膨張の極致に達していた頃。 ワシントンD.C.、ペンシルベニア通り1600番地。 世界で最も権力を持つ場所、ホワイトハウスのオーバルオフィス(大統領執務室)に、俺はいた。
「……信じがたい。これほどまでの報告書、誰が信じるというのか」 大統領は、神崎麗華が提出した一冊のファイルを手に、額の汗を拭った。 そこには、数ヶ月後に訪れるドットコム・バブルの崩壊シナリオと、それに伴う全米金融機関の連鎖破綻予測が、恐ろしいほどの精度で記されていた。
「大統領。信じるか信じないかは、貴方の自由だ。……ただ、現在、アメリカの主要IT企業の株、そして国債の約15パーセントを、僕のフューチャー・ゲートが握っているという事実は、忘れないでほしいな」
俺は、大統領のデスクに置かれた「キャンディ・ポット」から、一つ青い飴を取り出して口に放り込んだ。 小学生の俺が、世界最強の男を前に、まるでおやつを選んでいるかのような態度。
「君は……この国を破滅させるつもりか? 藤城蓮」
「逆だよ。救いに来たんだ。……ただし、僕のルールでね」
俺は、背後に控えるエマと麗華に合図を送った。 エマが欧州の金融界を、麗華が日本の政財界を、そして舞がデジタルの裏側を完璧に掌握している。 今の俺は、一国の国家予算を遥かに超える「100兆円」という、人類史上空前の個人資産を動かせるバケモノだ。
「バブルが弾ける瞬間、僕が全ての買い支えを行う。米ドルが紙クズになるのを防ぐ代わりに……アメリカのエネルギー利権、そして軍事産業の特許の一部を、僕の管理下に置かせてもらう」
「……それは、主権の譲渡に等しいぞ!」
「いいえ、大統領」 麗華が冷徹に、しかし美しく微笑みながら一歩前に出る。 「これは『救済』です。蓮様の手を拒めば、貴方の国は明日からパン一つ買うのに札束の山が必要な、ハイパーインフレの地獄に落ちる。……それとも、今すぐこの場で、蓮様が全資産を市場で『売り抜ける』のをご覧になりますか?」
大統領の顔が土気色になった。 もし今、俺が「売り」のボタンを一つ押せば、アメリカ経済は今日、この瞬間に終わる。 一人の小学生の指先一つに、3億人の運命が握られているのだ。
「……わかった。君の条件を飲もう。その代わり、世界を壊さないでくれ」
「約束するよ。……僕は、もっと面白い世界が見たいだけだから」
ホワイトハウスを後にした俺の前に、待機していた凛と舞が駆け寄ってきた。
「蓮! 交渉はどうだったの? ……というか、その飴、美味しいの?」 凛が無邪気に問いかける。
「……蓮。ホワイトハウスのサーバー、バックドア仕掛けておいた。……いつでも、大統領のメール、読める」 舞が淡々と恐ろしい報告を上げる。
「上出来だ。さて、エマ、麗華。……祝杯といこうか。ただし、僕はコーラでな」
俺は、黒塗りのリムジンに乗り込み、夕闇に染まるワシントンを眺めた。 2000年。ITバブル崩壊。 世界が悲鳴を上げ、投資家たちが窓から身を投げるその時、俺は「100兆円」を武器に、地球そのもののオーナーになるための総仕上げに入る。
「失われた10年? ……いいや、これからは僕が支配する『黄金の100年』だ」
史上最強の小学生は、不敵に笑い、次なる獲物――21世紀という時代の扉を蹴破った。




