第11話:運動会とシリコンバレーの招待状
1998年。アジアを「買い取った」俺は、束の間の休息――もとい、小学校の『運動会』に参加していた。 資産数兆円、影の国家元首。そんな肩書きを持つ男が、今、ハチマキを締めて砂埃の舞う校庭に立っている。
「蓮くん、頑張って! 勝ったら私のご褒美があるわよ!」 保護者席で一際目立つ、ドレス姿の冴島凛が身を乗り出して叫ぶ。隣では、黒のスーツを完璧に着こなした神崎麗華が、ビデオカメラを回しながら冷静に、しかし瞳を燃やして俺を凝視していた。
「……蓮、このシューズ、使って。反発係数を極限まで高めた。……世界記録、出る」 いつの間にか足元にいた九条舞が、怪しげな光沢を放つ特製スニーカーを差し出す。
「舞、これはさすがにドーピングだろう……」 「……バレない。ナノマシン、内蔵したから」
俺は苦笑しつつ、号砲とともに走り出した。 結果は言うまでもない。30メートル地点で他の児童を周回遅れにするほどの加速を見せ、ゴールテープを切ったときには、校庭にいた全員が呆然と立ち尽くしていた。
「……ふぅ。やれやれ、手加減が難しいな」
タオルで汗を拭う俺の元に、一台の黒塗りのリムジンが乗り込んできた。 校庭に静寂が訪れる。中から出てきたのは、金髪をなびかせたエマ・ロスチャイルドだ。
「蓮! 運動会なんて遊戯はそこまでよ。アメリカから『招待状』が届いたわ」 エマが差し出したのは、シリコンバレーで開催される世界最大のITカンファレンスの招待状。だが、その裏には極秘のサインがあった。
「ホワイトハウス、そして……若き日のビル・ゲイツ。彼らが、アジアの通貨危機を一人で鎮めた『謎の投資家』の正体を突き止めようと動き出したわ」
「……ようやく僕の存在を無視できなくなったか」
俺はハチマキを解き、凛が差し出した最高級のジャケットを羽織った。 ランドセルを背負ったまま、リムジンに乗り込む。
「さて、パパ、ママ。ちょっとアメリカまで『未来』を買いに行ってくる」
呆然とする教師と生徒たちを置き去りにし、俺は羽田空港へと向かった。 目指すはシリコンバレー。 そこでは、後にGAFAと呼ばれる巨像たちの「種」が、ようやく芽吹こうとしていた。




