EP4_四天王の一人サキュバス登場
「へぇ……こんな掃き溜めにも、一人くらいは異世界の勇者が隠れているものなのね」
宿屋のドアを魔法で軽く吹き飛ばすと、薄暗い部屋の中に一人の坊やがうずくまっていた。 鼻を突く、濃厚なオスの匂い。これは確実に童貞だ。しかも極上の、異世界の勇者のもの。 先ほどの勇者パーティは、ほんの挨拶代わりに精気を吸ったつもりが、あっけなく全滅させてしまった。まあ、森に捨ててきたからそのうち目覚めるだろう。問題は、生き残ったこの坊やがどれだけ我が軍の脅威となり得るかだが……。
部屋に入り、一歩ずつ近づく。 薄暗い室内、頼りないロウソクの光が一つ。坊やはこちらを一切見ることなく、机に向かって何かをしている。
私の視線が、彼の横に積み上がった大量の紙と冊子に釘付けになった。
(まずい! この子供、まさか魔法使いか!?)
机に積まれたあの分厚い冊子の山、あれは『魔導書』に違いない。
私は自分の迂闊さを後悔した。私はサキュバス。
魔法は使えるものの、専門は精神干渉や精気吸収だ。四天王のもう一人、魔導に通じたあいつに任せるべきだったか。 しかし、召喚されて間もない小僧にそこまでの力はないはず。 背後に忍び寄り、一気に精気を吸い尽くせば――。
そこで初めて、坊やがブツブツと何かを呟いているのが聞こえた。
高速詠唱だ。私は相打ち覚悟で踏み込む。
「ツギハオトサナイ……ゼッタイカベサー……ツギコソウカル、ゼッタイカベサー……」
(『オトサナイ』? 『カベ』!? 防御結界と広範囲攻撃の複合魔法か!?)
なんの呪文かは不明だが、この距離なら発動前に魔導書を燃やせる!
私は魔力を練り上げ、坊やが必死に書き込んでいる魔導書の中身を覗き込んだ。
「……なにこれ? えっ、めっちゃかわいいいいーー!」
「誰だお前。新聞なら間に合ってます。締め切りヤバいから少し黙ってもらえないですか?」
一瞬だけこちらをちらりと見た坊やは、サキュバスである私に全く興味を示さず、再び机に向かって何かを書き始めた。
魔導書ではなかった。絵だ。しかし、教会にあるような堅苦しい宗教画ではない。 目が大きくてキラキラした、とてつもなく可愛い女の子と、カッコいい男の絵だ。
「ねえ、これはなあに?」
「えっ、漫画だよ。知らないの?」
「マンガ? その机に積み上がってるのも『マンガ』という魔導書かしら?」
「魔導書?違うけど…。あーもう、気が散るなぁ。
勝手に読んでいいからさ、ちょっと邪魔しないで」
そう言った坊やは、机の上から無造作にいくつもの冊子を取り出し、
肩越しにこちらへ渡してくる。
罠かとも思ったが、その『マンガ』の表紙には先ほどのような魅惑的な絵が描かれており、警戒心よりも興味が勝ってしまった。
私はそれらを預かり、大人しく読み始めることにした。




