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退魔師には死にたがりが多すぎる  作者: さかま
彼の日常、彼女の非日常
3/3

3 きっと初恋だった女の子




『ねぇ、トーヤ。知ってる?』


 夢を見ていた。まだ何も知らない頃の夢だった。


『なにをー?』


 声変わりの気配もないソプラノボイスで返す。夢の中の灯也は幼くて、目の前の少女も自分と同じように小さかった。


 彼女は白いワンピースをはためかせて言った。


『あのね。今さらどれだけ頑張っても、みんなは生き返らないんだよ?』


 息が詰まる。後頭部を鈍器で殴られたような衝撃が襲う。

 周囲の景色が一変した。穏やかな草原から、炎に包まれた校舎へ。

 肉が焦げるような匂いが漂う。彼女の、■■の体がぐちゃぐちゃに溶けていく。


『ああ、可哀想なトーヤ。いくら頑張ったって、トーヤが許される日なんてこないのにねぇ』




 




「──くん! 灯也くん!」


 呼び掛けと共に身体を揺さぶられる。その動作に意識が浮上し、灯也は目を開けた。


「大丈夫?」


 一人の少女が心配そうに覗き込んでくる。桜色の髪をポニーテールにまとめた、今の灯也と同じ年頃の少女。

 彼女の名前は何だったか。灯也は脳内を漁って、そして思い出した。


「うん。ありがとう、花音さん」


 花音かのん白鷺花音しらさぎかのん。数時間前に出会った少女は、確かそう名乗ったはずだ。ちゃんと覚えている。

 

 真っ直ぐな、きっと自分とは違う日常を送る女の子。


「……本当に大丈夫?」

「うん。心配させてごめん。ちょっと疲れてるだけだから」

「そっか。ならいいんだけど……車に乗るなり、灯也くん気絶するみたいに寝ちゃったから。さっきはかなりうなされてたし」

「あはは。課題に追われる夢でも見てたのかも」


 そう誤魔化して、灯也は花音を見た。いや、正確には自分を不安気に見つめる花音と()()を視界に収めた。

 いる。変わりなく、今日も。


 それは幼い少女だった。

 それは白いワンピースを着ていた。

 それは灯也にしか見えなかった。


『ねぇ、トーヤ。本当にいいの? この子を現場に連れてって。わたしみたいに死んじゃうかもよ?』


 彼女はいた。最後に見た時と変わらない姿で、ふよふよと車内に浮かんでいる。

 いつからこれが見えるようになったのか、灯也はもう思い出せない。

 だが一つだけ確かなことがあった。それは彼女は成長しないという事だ。

 灯也が年を重ね、中学生になり、そしてブレザーに袖を通す年齢になっても彼女はあの頃のままだった。


 だから灯也は、自分だけが生き残ってしまった事実を毎日新鮮に突きつけられる。


「花音さん」

「うん。どうしたの?」


 灯也の声に、武器の確認をしていた花音が顔を上げた。

 躊躇わず■■と同じことを尋ねる。


「本当にいいの? このまま現場に向かっても。……出撃義務は、四級以上にしかないよ」


 花音の視線を感じながら言葉を続ける。


「これから向かう場所は前線じゃないけど、当然命の危険はある。……いや、むしろ前線より人が少ない分、死ぬ確率は高いかもしれない。降りるなら、今のだよ」


 この車の目的地は、瘴鬼が蔓延る前線ではない。

 むしろその逆──後方にある、逃げ遅れた人々が集う避難所だ。負傷した退魔師もそこに運ばれる。

 回帰師である灯也の、本来の戦場。


 花音は目を伏せた。前髪で表情が見えなくなる。

 一拍置いたのち、彼女は再び視線を灯也に向けた。


「確かに、ちょっとだけ……ううん。かなり怖いって気持ちはあるよ」


 彼女は拳をグッと握った。


「でも、行くよ。もう見てるだけは嫌だから」


 そう告げる彼女の瞳には、かすかに、しかし確かな意思の光が宿っていた。


 灯也は知っている。この目をした退魔師は止められないと。

 なぜなら、自分もそうであるから。


「……そっか」


 今の花音は、数時間前に出会った時と何かが変わったように見えた。何がきっかけかはわからないが死ぬ姿は見たくないと思う。正直、本心ではもっと強く引き止めたい。

 しかし花音が行くと決意したなら、自分にそれを阻む権利はない。灯也は脱力して背もたれに身を預けた。


『ふぅん。トーヤはまた見殺しにするんだねぇ』


 うるさい。

 彼女はそんなこと言わない。






「あなたが火燈灯也(ひとぼしとうや)さん、ですね。お待ちしておりました。(わたくし)雲治院晴(うじいんはる)。三級回帰師でございます」


 車に乗ること数十分。避難所に到着した二人を出迎えたのは、一人の女性だった。

 腰まで伸びた白髪を後ろにまとめている。年は二十代前半だろうか。

 しかし彼女の丁寧な言葉遣いと穏やかな所作は、年齢に見合わない老練さを感じさせた。


 晴の視線が灯也の隣へと向く。


「その方は?」

「ああ、彼女は……」

「は、初めまして。白鷺花音といいます。五級退魔師です」

「五級ですか」


 花音の自己紹介に、晴は考え込むように顎に手を添えた。


「五級に出撃義務はないはずですが……なぜ、危険を冒してまでここに……」


 問いかけていると言うよりは、呟くような声。

 晴の目が再び灯也に向く。そしてまた、花音を見る。晴はしばらく二人を見比べていた。



「……なるほど。わたくし、理解いたしました。白鷺さんは火燈さんの力になりたくて付いて来たという事ですね? つまり、火燈さんにほの字だと」

「違います!」

「はは……面白い冗談ですけど、それはないと思いますよ。花音さんとはさっき会ったばっかりだし、好かれる理由もない」

「………………。いや、別に全部間違いってわけじゃないけど……」


 晴は二人のやり取りを一瞥した後、空気を変えるように咳払いをした。


「さて。冗談はここまでといたしまして──」


 

 彼女はその白い指を伸ばし、室内へと入るよう促した。


 

「こちらへ。火燈さん、貴方に見ていただきたい負傷者がいるのです」




 彼女に先導され、二人は建物の中へと足を踏み入れる。

 ここは退魔師協会が保有しているビルの一つ──正式名称は、退魔師協会足立区第三支部。普段は退魔師たちの拠点として活躍しているが、非常時は一階が避難所として解放される。


 奥へ奥へと進む中で、灯也は周囲の様子を観察していた。


 不安そうに親に抱きつく子供。

 誰かに電話している女子高生。

 ため息を吐き、肩を落とす男性。


 自分が守るべき人々。


 ──ここにいる誰一人、死なせたくない。


「こちらでございます。この扉の先に、貴方に治療していただきたい負傷者が。……少々刺激が強いので、お覚悟を」


 知らず知らずの内に握っていた拳をほどき、灯也は扉に手を掛けた。


 そして部屋の様子を目にした瞬間、思わず息を呑む。



 それ──その人物は()()()()()()()()()ベッドの上にいた。

 白い隊服は見る影もなく赤く染まっている。

 顔を見る限り男性であろう。叫ぶ気力もないのか、半開きになった口からは呻き声が漏れるだけ。目は虚空を見つめている。


 



 彼には四肢がなかった。

 右手左手右足左足。その全てが半ばで切断されている。

 失った部分を思い出すように、時折痙攣していた。

 


「……なるほど。状態は?」

「四肢が欠損しているのと、一部の内臓に損傷がございます」

「どれくらい時間が?」

「ここに運び込まれてから、およそ三十分ほど経過しております。……出来る限り手を尽くしたのですが、私どもでは応急処置しか出来ず」

「四肢は回収しましたか?」

「ええ。それだけは幸いな事に、手足四本ともこちらにございます。それで、どうでしょう。……一本だけでも繋ぐ事は可能でしょうか?」

「……いいや」


()()()()()()

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