表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
退魔師には死にたがりが多すぎる  作者: さかま
彼の日常、彼女の非日常
2/3

2 異常者と凡人と


 ──眩しい。


 ビルの入口で花音(かのん)は立ち止まった。自身を容赦なく照らす夕陽に目を細める。ずっと暗い場所にいたせいか、やけに明るく感じた。


 花音に続いて出てきた隊長が呟く。


「夕陽……。そうか、もう夕方だったのか。それほど時間が経っていたとは」


 疲労に満ちた声音だった。その肩は灯也に支えられている。


「そうですね、隊長。私達が出発したのは朝だったから……一日中、ずっと戦ってたんだ」


 花音の言葉が夕暮れに溶ける。


 命が助かったのにも関わらず、二人の表情は暗い。

 しかしそれも当然だった。

 花音たちは助かった。生きている。だが、それだけだ。

 退魔師としての自信も、他の隊員の命も失ってしまった。

 それを考えれば、自分達だけ生き残ったことを無邪気に喜ぶことは出来なかった。


 重苦しい沈黙が落ちる。

 その中で、灯也が何かに気づいたように「あ」と声を上げた。


「ごめん、まだ言ってなかったっけ」


 彼は少し申し訳なさそうに続けた。


 みんな生きてるよ──と。





「灯也くん、ほんっとうにありがとう! 天才だよ! 命の恩人だよ!」

「うん、わかった。わかったから落ち着いて花音さん」


 一時間後。花音は協会の医務室で、灯也の手を握りしめてブンブンと振っていた。


「ご、ごめん。感謝の気持ちだけじゃ足りないよね。お金とか払った方がいいかな?」

「うん、そういうことじゃないよ花音さん。お金はちゃんと協会から貰うから大丈夫だよ」

「そっか……そうだよね」


 灯也にあっさりと断られた花音は、意気消沈したように黙り込んだ。

 その場を沈黙が支配する。時計の針がカチカチと動く音だけが鳴り響いていた。

 

 そして、丁度その針が三周したころ。

 灯也が見計らったように口を開いた。


「落ち着いた?」

「う、うん。ごめん。みんなが生きてたのが嬉しすぎて、なんか変なテンションになっちゃった」

「あはは、いいよ」


 朗らかに笑う灯也に、花音は先ほどまでの自分を思い出して顔を赤くする。


 

 みんな生きている──灯也が一時間前に言ったことは本当だった。

 どうやら彼は、他の隊員を助けながら花音たちの元にたどり着いたらしい。

 あの後、ビルに駆けつけた増援部隊がみんなを運び出す光景を、花音は信じられない気持ちで見つめていた。


 救出された隊員たちは全員無傷とは言えない状態だった。

 当たり前だ。どんなに優秀な回帰師にも限界はある。

 命が助かったとはいえ、腕がなくなった者がいる。退魔師を続けられなくなった者もいる。


 だけど。

 全員、確かに生きていた。温かかった。鼓動があった。

 たった一人の少年のおかげで──花音はみんなとまた会えた。


「ねぇ、灯也くん」

「なに?」

「お金……は払わないけど。でも、それくらい感謝してるのは本当だよ」


 花音は言葉を紡いだ。

 未だ熱が残る頬を感じながら。

 灯也の目を真っ直ぐに見つめて。


「灯也くん。私達を助けてくれて、本当にありがとう」


「────」


 灯也の橙色(オレンジ)の瞳が大きく見開かれる。彼は「ああ……うん、まぁ……」と呟いた後、ぎこちなく視線をそらした。


「ごめん。私、また変なこと言っちゃったかな?」

「いや! 変じゃないよ。ただ……こんなに真っ直ぐ感謝されたのは久しぶりだなと思って」


 そう言って、彼は照れたように笑った。

 その笑顔はやっぱり普通の少年のように見えた。花音のクラスにもいそうな、少し大人びた男の子。


「隊長さんにも同じこと言われたよ」

「そうなの?」

「うん。『本当にありがとう』って。『うちの娘と会ってみないか』とも言われたけど」

「あはは……」


 当の隊長はこの部屋にはいない。医務室でみんなと一緒に治療を受けた後、病室へと移動した。灯也の治療で一命を取り留めた──どころか元気だったが、念のため入院することになったのだ。


 その後も他愛のない話が続く。

 医務室で流れる時間はあまりにも穏やかだった。

 だから花音は忘れていた。

 彼が、奇跡の代償に何を支払っているのかを。




 ごぽり。



「え?」


 まるで排水溝から水が逆流するような音。

 突如聞こえた異音に、花音は反射的に顔を上げた。正体はすぐにわかった。


 灯也が、口を抑えている。彼の手からは赤い雫がぽたぽたと流れ落ち、袖口を濡らしていた。


 ──吐血。


 それを理解した瞬間、花音の顔から血の気が引いた。


「と、灯也くん大丈夫!? どうしたの? まさかさっきの戦いの反動で……!」


 駆け寄る花音を、灯也が手で制す。

 そしてなんでもないと言うように軽く手を振った。


「……ああ、大丈夫。ちょっと治しきれてなかっただけだから」


 よくあることだから。


「大丈夫なわけねぇだろ。テメェふざけてんのか」


 瞬間、刃のような声が響いた。その声の主はもちろん花音──ではない。

 唯一埋まっていたベッドから、一つの影が起き上がった。その人物はカーテンを開け、こちらへと近づいてくる。


「よぉ異常者。お前、まだ退魔師やってたのか」


 現れたのは黒髪黒目の少年だった。灯也と同じくらいの年齢に見える。

 しかし、受ける印象は正反対だった。灯也が優しそうな少年ならば、こちらは人を寄せ付けない雰囲気を纏っている。


「……ああ。なんだ(けい)だったのか。また医務室でサボってたの?」

「サボりじゃねぇ、休憩だ。クソみたいに任務回されて疲れてんだよ」

「そう。でも今日、一級の合同訓練だって聞いたけど」

「あんな集まり行く意味ねぇ」

「またそんなこと言って……あの人泣くぞ」


 景、と呼ばれた少年は灯也と知り合いのようだった。しかもかなり親しい間柄の。

 だが、花音がわかったのはそれだけだった。二人の会話内容についていけない。


「んな事はどうでもいいんだよ。お前……その血はなんだ?」

「なんだって……俺の戦い方は知ってるだろ。ただ治し損ねてただけだよ」

「違うな。いつものお前ならそんなミスしねぇ」


 景という少年の、漆黒の目が灯也を見据えた。


「お前、今日()()()だ?」

「何が?」

「……テメェ、朝も別の救援に行ってたよな。昼飯の時もいなかった。テメェは今日何回──人を助けに行った?」


 灯也はしばらく黙った後、観念したように口を開いた。


「まだ三回目だよ」


 その言葉に息を呑む。

 灯也の言葉が本当なら、彼は一日中休んでいないことになる。

 朝も昼も夜も、花音のような退魔師を助けながら。自分の身を削って。


 景が灯也の胸ぐらを掴む。


「死にてぇのか?」

「そんなこと思ってないって」

「端から見たらそうなんだよ。テメェみたいな奴がいるから世間のカスどもが『退魔師は死にたがりが多い』なんて抜かす。あんな曲芸、普通なら一回だって持たないんだよ」


 花音には、胸ぐらを掴むその手がかすかに震えているように見えた。


「死ぬぞ、お前。そう遠くない内に」

「死なないよ」


 今度は灯也が見据える番だった。

 穏やかではっきりとした声。まるで一時間前、戦おうとする隊長を止めた時のような声音。


「俺は死なない。……いつも死ぬのはみんなの方だ」


 しかし、瞳にあの時のような強い意思はない。橙色の瞳には、悲しみとも怒りとも判別がつかない光が宿っている。


 寂しそう、だと思った。

 だから花音は何かを言わなきゃいけない気がして、咄嗟に口を開く。


「灯也く──」


 だがその瞬間、花音の声を一つの音が遮った。

 不快なハウリング音。スピーカーからだ。

 続いて女性の焦っているような声が流れる。


「《……発生。緊急事態発生。瘴鬼が足立区に出現との情報あり。四級以上の退魔師は至急現場に出撃せよ。繰り返す、四級以上の退魔師は足立区に──》」


 それは、瘴鬼の出現を知らせる放送だった。


「四級以上は出撃だってさ、景」

「…………」

「行かなきゃ。もういいだろ、離せよ」

「チッ……勝手にしろ。死ぬなら俺がいない場所で死ね」


 乱雑に吐き捨てられた言葉。

 それに比例するような手つきで、景は灯也の服を離し去っていく。


 一月某日。

 退魔師にとっての冬は、未だ終わりが見えない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ