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退魔師には死にたがりが多すぎる  作者: さかま
彼の日常、彼女の非日常
1/3

1 火燈灯也、という退魔師


 退魔師は死にたがりが多い。

 

 そう世間に揶揄されるようになってから数十年が経った。

 もちろん、本当に死にたがりな人間が退魔師に多いわけではない。彼らは人々のために必死に戦っているだけだ。

 だが退魔師の圧倒的な殉職率が、世間にそんな風潮を蔓延らせていた。


 人類の敵──瘴鬼(しょうき)が出現してから数百年。

 歴史を刻み人々の屍を積み上げても──

 未だ、退魔師の殉職率は七割を下回らない。


 だから、こんな光景もありふれたものだった。


「ごめんなさい、ごめんなさい……」

「謝らないでくれ。花音(かのん)くん」


 荒れ果てたビルの奥。

 そこに、二人の男女がいた。


 女──十代後半だろうか。学生服を着ていてもおかしくない年頃だが、彼女が着ているのは退魔師の隊服だ。所々汚れてはいるが、本来の純白の輝きを保っている。

 男──こちらは四十代前半。彼も退魔師の隊服を着用している。だがその様相は正反対だった。

 男の隊服は大きく破れ、腹部には大きな赤い染みがある。彼が重傷を負っているのは、誰の目にも明らかだった。


花音(かのん)くん、他の隊員は……」

「……いいえ。ここにたどり着けたのは私だけです」

「そうか……」


 ──どうしてこんなことになったんだろう。


 花音は青ざめた唇を噛みながら俯いた。


 瘴鬼が住み着いているビルを掃討する。

 簡単な任務だった。五級退魔師でもこなせる程度のものだった。初めはみんなそう思っていた。


 だが、想定より瘴鬼の数が多かった。


 情報が古かったのか精度が悪かったのか──提示された数を上回る瘴鬼が住み着いていた。そんな簡単なことで、みんなやられてしまった。

 生き残っているのは花音と隊長だけだ。


「ここもいつまで持つかわからないな……」


 隊長が呟く。事実だった。


 今、花音たちがいるのはビルの一室だ。徘徊している瘴鬼たちを尻目に立てこもっている。

 扉の前に机や椅子を並べ凌いでいるが、それもいつまで持つか……。

 鉄の扉にぶつかる瘴鬼の音がやけに大きく響いていた。


 外に出てたら死ぬ。この部屋に留まっても死ぬ。

 まさに、絶望するには十分な状況だった。


「……よし。私が囮になって化物たちを引き付ける。花音(かのん)くんはその隙に逃げなさい」

「だ、駄目ですそんなの! 見捨てるなんて出来ません!」

「それしか方法はないんだ」

「囮になるなら、わ、私が!」


 花音は、震える身体を押さえながら言った。


 ──怖い。死にたくない。囮になんてなりたくない。


 それが花音の本心だ。

 歯だって本当はガタガタ震えている。


 だけど。


 この任務を受けようと言ったのは花音だ。簡単そうな任務だと言ったのは花音だ。

 みんなはそれを受け入れてくれただけ。

 だから、責任は花音にある。


「それこそ反対だ! 未来ある若者に、そんなことを──」

「そうですね。俺も反対です」

「でも!……え?」


 思わず反論しようとして息を止めた。ここには花音と隊長しかいないはず。なら、さっきの声は誰が?


 隊長と目が合う。二人は意を決して、声が聞こえた方へと振り返った。


「えーっと、こんにちは」


 そこには一人の少年がいた。


「うひゃあ! だ、誰? どうやって入ってきたの?」


 思ったより近くにいた少年に声を上げる。

 後ずさって距離を取ると、花音はその人物を改めて観察した。


 茶髪の、優しげな目元が印象的な少年。

 それが花音の第一印象だった。


 年は十代後半──花音と同じくらいだろうか。かなり若く見える。

 身体には純白の隊服を纏っており、彼も退魔師であることが伺えた。


「君一人か? 他に増援は?」

「いいえ、残念ながら一人です。たまたま近くで任務があって……本部からの増援はもう少し先になると思います」

「そうか」


 隊長が目に見えて落胆する。しかしそれも一瞬のことだった。


「だが、ありがたい! そこの少女……花音(かのん)くんを連れて逃げてくれ」

「貴方はどうするんですか?」

「私は……この通り重傷でな。逃げても足手まといになるだけだろう。捨て置いて構わない」


 そう言うと隊長は傷を覆っていた手を上げた。腹部の大きな傷が露になる。

 その瞬間、少年の表情が変わった。


「傷を見せてください。治します」

「治すって……あなた、回帰(かいき)術が使えるの?」


 あっけに取られていた花音が我に返る。続いて少年に尋ねた。


 退魔師が扱える力は、大きく分けて二つある。

 治す力と壊す力──回帰(かいき)術と祓魔(ふつま)術。

 回帰術は人体を治すことが、祓魔術は瘴鬼を倒すことが出来る。


 一見万能に見えるこの力。

 だが一つだけ大きな欠陥がある。

 それは、退魔師はどちらか()()()()()()使えないということだ。

 回帰術を使おうと決めて鍛練したなら祓魔術は扱えなくなる。逆も然りだ。


 この法則に例外はない。

 才能の有無に関わらず、治す力と壊す力を両立させるのは不可能だ。


 少年の話が本当なら、彼は治す力──回帰術しか使えないはず。戦闘力がない彼が、どうやってここまできたのか。花音は疑問に思った。


「……ああ、そうか。これが証明書です」


 その様子に気づいたのか。少年は懐から何かを取り出すと花音に差し出した。

 カード状のそれを受け取る。その正体は、協会が発行する退魔師の証明書だった。


「本当だ。協会公認回帰師……い、一級!?」


 思わず叫ぶ。

 花音がそうなったのは理由があった。


 退魔師のランクは基本的に五つある。

 五級から始まり、実績を上げると四級、三級……と上昇していく。

 この少年は一級。つまり、一番上のランクだ。

 そんな退魔師、両手に収まる程の人数しかいない。

 捏造だろうか?

 花音はますます混乱した。


 そうこうしている内に、少年は治療を進めていく。


「貴方はまず横になってください。怪我人ですよね」

「しかし、この傷ではもう……君の霊力を無駄にして──」

「いいから早く横になる!」

「す、すまない」


 二回りも年下の少年に一喝された隊長は、大人しく横たわった。

 少年は一つ息を吐く。そして、そっと傷に触れた。

 印を結び、祝詞(のりと)を唱え、霊力を流す。

 すると──


「おお……」


 隊長が安堵の声を漏らす。花音の目にも、傷がみるみる塞がっていくのがわかった。


 数十秒後。少年が傷口から手を離す。


「よし。治ったよ」

「え、もう?」


 花音は身を乗り出した。隊長の腹部を見つめる。


 ──すごい。本当に治ってる。


 傷口が完全に塞がっていた。傷跡も残っていない。ここに怪我をしたと言われても信じられないくらいだ。


 少年の治療は鮮やかだった。

 早い、というより早すぎる。

 花音は以前、回帰師の治療を受けたことがあるがここまで早くはなかった。軽い裂傷で十分はかかったはずだ。

 なのに、これだけの怪我を数十秒で治すなんて──少年が一級だというのも本当なのかもしれない。花音は疑った自分を恥じた。


「すごいな。もう動けるぞ! 君には是非お礼を言いたい」

「それは良かった。でもあんまり動かないでくださいね。絶対安静にしてください」

「……フム。努力しよう」


 少年の言葉に、隊長は目を逸らしながら顎を撫でた。


「さて、話は変わるがどうやってここから脱出する? 外には瘴鬼がうじゃうじゃいるぞ」


 そうだった。隊長が助かったことは心の底から嬉しいが事態は何一つ変わっていないのだ。

 彼がどれだけ治してくれても、このビルから脱出できなければ意味がない。

 花音は意を決して疑問を口にした。


「あ、あの! あなた、どうやってここまで来たの? 回帰師なら祓魔術は使えない……よね。まさか抜け道があるとか?」

「いや。普通に正面から来たよ。君たちの霊力を追ってきたんだ」

「ええっ?」


 花音たちの後を追ってきた。それはつまり、同じ道を進んできたということだ。

 花音たちが多少倒したとはいえ、瘴鬼との戦闘は避けられないはず。


「どうやって──」

「っ、危ない!」


 更に尋ねようとした瞬間、少年が花音の手を引いた。思わずたたらを踏む。

 一泊置いて何かが地面に落下する音がして──振り向くと、花音が先ほどまでいた場所に机が落下していた。


 この机は確か、バリケードに使っていた物だ。それが落ちてきたということは──


 花音が視線を上げた瞬間。

 ひしゃげた扉の隙間から、瘴鬼と目が合った。


「ひっ……」


 隊長が花音を庇うように前に出る。


「君たちは下がっていなさい!……私がやれるだけやってみよう。その隙に逃げるんだ」


 それに待ったをかけるように、少年が更に前に出た。


「いえ。俺が相手をします。貴方は安静にしていてください」

「無茶を言うな! 確かに、ここまで来たということは君は何らかの……瘴鬼に対処する方法を持っているのかもしれない。だがあの大群が相手では無謀すぎる。若者が死ぬのを……黙って見過ごすことは出来ない」

「……わかりました。貴方の考えも、貴方がどんな信念を持っている退魔師なのかも」

「では──」

「だからこそ、ここで戦わせるわけにはいかない」


 少年が隊長を見つめる。意思のこもった真っ直ぐな目。


「大丈夫。俺を信じてください」


 その輝きに、花音たちはなにも言えなくなった。気づいてしまったからだ。彼の目にあるのは蛮勇でも自己犠牲でもない。確かな自信だと。


 完全に開かれた扉から我先にと瘴鬼が流れ込む。

 彼は一人、その群れへと向かう。


「『告げる』」


 少年が言葉を紡いだ。

 瘴鬼を倒すための力。人々を守るための術。

 その第一節を。


「『原初の火。天の炎。暁の焔』」 


 少年の周囲に青い炎が灯る。一つ、二つ、三つ──数えきれないほどの熱が彼の周りで揺蕩(たゆた)う。


「『その全てを我が身に宿し──』」


 詠唱は続く。

 瘴鬼は、光に吸い寄せられる虫のように彼の元へ向かっていく。


「『この灯火(とうか)をもって汝の闇を祓わん』」


 青い炎と瘴鬼がぶつかる。炎は一瞬でその体を包み込んだ。

 そこまでしてやっと異変に気づいたのか、化物たちは怯えたように立ち止まる。


 だが──もう遅い。


「……滅」


 ぽつり、と。

 花音の耳にその言葉が届いた瞬間──瘴鬼の体がポップコーンのように弾けた。

 断末魔を上げる間もなく消滅していく。


「すごい……」


 感嘆の声が漏れる。暗いビルの中で、青い炎が揺らめく様は場違いなほどに幻想的だった。


「……でも、なんで?」


 少年が使ったのは最上級の祓魔術だ。回帰術とは両立できない。

 いや、正確には()()()()()()()

 なぜなら──


「っ、げほっ……!」


 呻き声と共に、少年の口から血が吐き出された。

 しかしその身体に傷はない。彼は相変わらず瘴鬼を圧倒している。

 花音は知っていた。理解してしまった。あの少年に血を吐かせたのは、あんな化物なんかじゃないと。


 彼の身体を壊しているのは──彼自身だ。


 なぜ祓魔術と回帰術を両立してはいけないのか?

 その理由は明快。一言で言えば死ぬからだ。

 壊す力と治す力はその性質上、正反対の霊力を持つ。一方に慣れ親しんだ者がもう一方を使うと──人体にある霊力器官が破裂する。つまり、身体が内側から壊れるのだ。祓魔術と回帰術を両立させた退魔師はその瞬間に死ぬ。


「そんな。あの人は、命と引き換えに私たちを……」

「いや、()()


 花音の横にいた隊長が口を開いた。その顔には、感嘆とも恐怖とも言えない表情が浮かんでいる。


「花音くん。彼は、祓魔術で壊れた身体を……回帰術で強引に治している」

「…………!」


 回帰術で身体を治しながら祓魔術を使う──なるほど、確かに理論上は可能だ。

 一瞬で身体を治せる技量とそれに耐えうる膨大な霊力量。その二つがあれば出来るのかもしれない。

 だけど普通の人間ならやらない。思いついてもやろうとは考えない。


 なぜなら。


「ぐっ……」


 戦っている少年の表情が歪む。

 身体の内側が壊れるのだ。当然、常人ならのたうち回るほどの激痛が伴う。とても戦闘が出来る状態ではない。

 しかもそれを、自分の意思で行うなんて──


「……正気じゃない」


 彼がやっていることは、壊れた水槽をテープで直そうとするようなものだ。

 テープ(治す力)が薄くては駄目。貼る(治す)のが間に合わなくても駄目。いつ決壊するかわからない、まさに命の綱渡り。


 少年が数十体目の瘴鬼を倒した。

 相変わらず表情には苦痛が見えるが、術を扱う手に一切の躊躇はない。みるみる内に敵が減っていく。


 花音たちは言葉を失っていた。気圧されていたのだ。

 少年の才能に。

 少年の技術に。

 少年の、覚悟に。


「花音くん。彼の名前は?」


 隊長に震えた声で尋ねられる。その声にふと、我に戻った。


「えっと……」


 花音は返しそこねた彼の証明書を見る。

 個人情報を盗み見るようで気が引けたが、どうしても命の恩人の名前が知りたかった。

 必要な情報以外を見ないよう薄目で確認する。


「ひ……とう? 何て読むんだろう、これ」

火燈(ひとぼし)だよ」

「ひゃあ!」


 いつの間に戦闘を終えたのか。

 背後にいた少年に、花音はみっともない声を出しながら驚いてしまう。

 弾みで手から証明書がこぼれ落ちる。


 そして彼は。口元を血で濡らした少年は。

 それを素早くキャッチしながら言った。


火燈(ひとぼし)火燈灯也(ひとぼしとうや)っていうんだ」


 よろしくね。


 そう名乗って。

 花音たちの恩人──圧倒的な退魔師の少年は、年相応に微笑んだ。

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