科学文明開化
科学文明開化
機動部隊が異世界に迷い込み30年が経過した。
艦隊の乗員達は地下迷宮での延命という目的を順調に達成し続けており、残りの90年もこの調子でいけるよう、万全の体制で臨んでいた。最大の脅威は士気の低下であり、艦隊司令部は最大限の配慮を行っていた。
地上の迷宮都市国家では鉄道網が整備され、領土内の都市や街を鉄道が繋ぐようになっていた。走っている蒸気機関車は装甲化されており、砲塔も備えていた。
深い森を抜ける際は魔物との遭遇は避けられず、中・小型の魔物であれば前方に大きく突き出た排障器や前面装甲で弾き飛ばし、大型の魔物であれば砲撃で撃退していた。
大型の艦艇も建造され始め、着実に金剛型戦艦に近付いていた。
これら艦艇は海竜以外の海の魔物には十分対抗でき、海岸伝いになら遠方との交易も可能となっていた。
迷宮都市では火力発電所から送られる電力で、電気を活用する製品が増えていた。
中でも人気を博した物は、無声映画であった。
無声映画では地下迷宮深層での探索者の戦いが上映され、活動弁士が大いに盛り上げた。
派閥「艦隊」もこれに協力しており、度々出演も行っていた。
やがて地下迷宮都市でも無声映画の上映が行われ、深層で活躍する探索者は一躍人気者となっていった。映写機は地上向けの電気を用いる物ではなく、魔法技術を応用した地下迷宮向けの物が用いられていた。
無声映画の影響で、艦隊の乗員達の中にも知名度が高くなった者達がおり、特に機動部隊の司令長官は独自魔法「統制雷撃」の派手さから、「水雷戦隊」の二つ名が広まり迷宮都市国家では有名人となっていた。
艦隊の乗員達は、延命が目的のため91階層までの探索で事足りていたのだが、無声映画の人気により92階層以降へも足を伸ばすようになっていた。
92階層以降に現れる巨獣との戦闘は、派手な大火力魔法をもって行われるため、映画の素材に持って来いであった。
艦隊がこの世界に来て60年が経過し、竣工当時の金剛型戦艦に相当する戦艦が、ようやく運用されるようになった。
戦艦を十分に運用するためには、それを支える多岐に渡る体制が必要で、それを整備するために長い年月が掛かったのであった。
この世界での戦争は、高位階の者達による地上戦闘であるため、元の世界のように戦争で科学が発展する事がなかった。
ましてや砲撃戦を行う海戦など起きようはずもなく、戦艦とそれを支える体制の発展は元の世界よりも緩やかだった。
迷宮都市国家は海洋交易に乗り出し、戦艦が船団を護衛する形で諸外国との貿易を開始した。
諸外国も、迷宮都市国家の科学技術の発展による影響を受け、産業革命が起きていた。
海洋交易が盛んになり、香辛料が豊富に手に入るようになった事で、カレーが完全に再現され、艦隊乗員の士気が大いに上昇した。
カレーは日本海軍にとって、非常に重要な献立だったのである。
映画には音声が付き始め、ラジオ放送も始まり、自動車や単車、農業用牽引車も出回り始めていた。
大きな町には電気を使った街灯が設置され、家庭には電球による明かりが点っていた。都市には電話線が引かれ、領土内の各地は埋設された電話線で繋がっていた。
地下迷宮都市では、燃料輸送や電気の送電が困難なため、魔法技術による代用が行われていた。
自動車や単車も迷宮仕様の物が製作されており、迷宮探索にも活用されるようになっていった。
90年が経過した。
金剛型戦艦と同等の物が建造できるようになっており、航空機も飛び始めていた。
艦隊司令部はいずれ艦隊を再建すべく、準備を始めていた。
艦隊再建の資金は、これまでの迷宮探索で十分稼げており、機動部隊の艦艇を同等以上の性能で揃える予定だった。
まだ時間は十分にあるため、それぞれの艦種を1隻ずつ建造し運用試験を十分に行い、元の世界に帰る際には出港当時の機動部隊以上の性能で、真珠湾攻撃に備えるつもりであった。
まだまだ猶予はあるものの日本の開発体制には及ばないため、既存の艦艇や航空機の改良がせいぜいであろうと考えられた。
航空母艦は赤城型、加賀型、蒼龍型、飛龍型、翔鶴型と複数種類ある中から、翔鶴型空母を基にした空母を6隻建造する予定とした。
戦艦は金剛型を基に2隻。重巡洋艦は利根型を基に2隻で、軽巡洋艦は長良型を基に1隻。駆逐艦は陽炎型を基にした物に統一し9隻、潜水艦は伊十五型を基に2隻。給油艦は川崎型油槽船7隻とする予定だった。
哨戒隊の潜水艦はもう一隻いたが、落伍していたため異世界には来ていなかった。
元の世界に帰還後に合流した場合、陣容が変わっているため情報のすり合わせが必要だと考えられた。
迷宮都市国家の地上の都市では、人口が密集しアメリカのニューヨークのように高層建築物が立ち並んでいた。テレビ放送が始まっており、高層建築物を超える巨大な電波塔が建設されていた。
埋設された電話線が各国にも届き、諸外国とも電話回線が繋がるようになった。
機動部隊が異世界に科学をもたらし90年。ゆっくりとではあるが、元の世界の水準に近付いてきたのであった。
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