変われたこと、変われること
僕は今、人生初めての美容室に来ている。すごくおしゃれな雰囲気に包まれていていい香りもする、すごく場違いのように感じるが自分を変えるためにはその場にいるしかない。きれいな髪型、髪色、服装をしているお姉さんに案内されて僕は椅子に腰を掛ける。首元にタオルを巻かれて体にはカットクロスを巻かれ、テルテル坊主のような格好になっている。お姉さんに「今日はどのような髪型にしますか?」と言われてどのような髪型にするのか決めていなかったので戸惑った。普通は写真などを見せるものなのだろうがそんな写真も用意していないのでさわやかな高校生らしい感じでとお願いしたが自分でもさわやかな高校生ってどんなのだと思った。でも、お姉さんはわかりましたとすぐに言って仕事にとりかかった。髪を切っている間お姉さんはすごく話題を振ってくれて無言の時間ができないように努めていた。髪を切る技術だけでなくコミュニケーションまで大事なのかと思いながら自分もコミュニケーション磨くべきなのかと思った。そんなことを考えていると散髪が終わっていた。「どうですか?」とお姉さんが鏡を持ちながら聞いてくれていたので「大丈夫です。」と答えて会計を済ませて家に帰った。
前のぼさぼさな伸びに伸びきった髪型からかなり良くなったと思う。かなりすっきりしてうまくまとまっていると思う。
翌日、眼科で検査してコンタクトを作ってもらい購入した。コンタクトをつける練習をしたが最初はなかなかうまくできなかった。うまく入らないしうまく外せないし、手こずりすぎて目が赤くなるし散々だ。
慣れないコンタクトをつけて木下さんの家に向かう。コンタクトにすると眼鏡の時と少し見える世界が違うように感じる。例の公園を通り過ぎて今日は直接木下さんの家に向かう。インターホンを押したら木下さんが出てきた。ドアを開ける木下さんにドキッとしている自分がいた。やっぱり、私服姿にはなかなか慣れないな、制服が高校生であることを証明するものであるとすれば私服は彼女を証明するものだ。
「いらっしゃい、あがってー」
「お邪魔します」どうやら今日も親はいないようだ。部屋に案内されて床に座る。やっぱり落ち着かない、自分の部屋とはここまで異なるものなのだろうか。
「木村君、コンタクト似合ってるよ。髪型もすっきりしていい感じだし。自分磨き成功だね」
「ありがとう。まだ、コンタクトになれないけど」
「そうだよね、最初はなかなかね、運動はしてるの?」
「運動してるよ、おかげで少し筋肉がついてきたし脂肪も減ってきた」
「偉いね、外見の自分磨きは大体できてきたし、今度は中身する?」
「そうだね、中身はコミュニケーションとか?」
「そうだね、コミュニケーションかな、人とうまく接することによって人に好かれるし争いごとを避けられるから練習したほうがいいかもね」
「僕、あんまり人と話したことないから話題とかわからなくて」
「話題は相手が話していたこと興味あることを広げつつ相手の話を聞いてうまくリアクションをとることだね。相手の目や顔をしっかり見て相手の反応を見ながら相手を思いやる。ことかな」
「結構大変だね。これを習得することできるのかな?」
「いけるよ、人間練習すれば大体のことはできるから、私と一緒に練習していこ」
「ありがとう」
そこから、木下さんとのコミュニケーション練習が始まった。まず、相手の目や顔を見るということにつまずいた。相手の目や顔をじっと見ることなんて恥ずかしいじゃないか。練習で木下さんなんてハードル高くないか。木下さんは最終ゴールの相手だろう、と思いながら目をそらしてしまう。とはいえ、練習なのでできるようになるまで終わらないので最終的にはできるようになった。一つできるようになってもまた新しい課題があるのだ。しっかり相手の目や顔を見て話を聞いてうまい話題が出せるようになったのは5日後だった。5日間毎日、木下さんの家に行って練習していたが一度も木下さんの親には会わなかった。木下さんに「受験勉強あるのに僕の練習に付き合って大丈夫なの?木下さんのことだからかなり偏差値の高い学校目指すんでしょう?」と聞いたことがあったが「大丈夫だよ、勉強は夜に十分にしてるし木村君と話してると息抜きになるしいいの」彼女の言葉のどこまで本当なのかはわからない。
「よし、練習はもう十分かな。木村君ちゃんと私の方見ながら話し聞けてるし話題も振って相槌もいい感じ」
「ありがとう。5日間も練習に付き合ってもらってごめん、おかげで会話がうまくなった気がするよ。てか、木下さんのスマホはまだないの?」
「まだ見つからなくて、連絡取れないから不便だよね。ごめんね、もうすぐ見つかると思うんだけど」
彼女は何か隠しているのだろうか、そんなにスマホが見つからないことがあるだろうか。見つからないのだとしたらもっと不安がって焦るものではないのだろうか。それに比べて彼女は冷静すぎるまるでどこにスマホがあるのかを理解しているような。
「そうなんだ、早く見つかるといいね」
「ありがとう。何かあれば家に直接来てもらえればいると思うから」
「了解。じゃあ、僕そろそろ帰るね。いろいろありがとう。またね」
「うん!またね」
夏の暑さは夕方になっても残っていて蝉の声もまだまだ全盛期な中僕は一人歩いていた。
今回の練習の中で木下さんの表情をいろいろ知れた気がする。楽しそうに笑う笑顔と無理に作っている笑顔、今までは知らなかった表情を知って彼女のことを少しは理解できただろう。
完璧な彼女にも何かしら隠し事があるような気がするが彼女が話したがらないのであれば聞くのは野暮だ。彼女が自分から話してくるまで聞かないでおこうと決意した。




