表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

AI小説「ベクタの魔法」

作者: にくまん

 アーラン村の外れ、風の通り道に立つ一本の大樹。

 枝葉は空に伸び、幹は太く裂け、根は地の奥深くに絡みついている。

 時の大樹――それはただの自然の造形ではない。神話の残響を宿し、未来を映す鏡として語られる、女神アリステラの遺産。

 今もその木は、夕暮れの光に照らされながら、静かに息づいている。


 メルノは、その前に立っていた。

 風が頬を撫でる。空の色は、燃えるような朱。

 彼の心は、決して穏やかではなかった。


 継承の時が迫っている。

 アーラン村に古くから伝わる秘術、《ベクタの魔法》。

 それを託されるのが、自分だという事実に、未だ体の奥が軋んでいた。

 強大すぎる力。制御を誤れば時さえ歪めるという魔法。

 そんなものを託されることが、本当に「守ること」につながるのか。自問に、明確な答えは出せずにいる。


「……またここにいたの?、メルノ」


 後ろから届いた声は、どこか呆れたようで、けれど心配を隠せていなかった。

 振り返れば、そこにマヒルがいた。

 肩まで伸びた髪が風に揺れ、薄い外套の裾がかすかに翻る。

 子どもの頃から変わらない、しっかり者のまなざし。けれど今日は、それが少し翳って見えた。


「村では皆お前のことを探してる。……明日が継承の日なんだから。隠れてる場合じゃないでしょ」


「逃げてるわけじゃない」


 メルノはゆっくりと視線を戻し、大樹を見上げた。

 その枝の先に、何か答えがあるような気がしていた。


「ただ……どうしても、ここで確かめたかったんだ」


「未来を見せるって話? 伝説を本気で信じてるの?」


「伝説は語る者によって形を変える。でも、嘘ばかりじゃない。少なくとも……女神アリステラが何かを残したのは、本当だろう。だったら、俺はそれを見たい。自分の目で確かめたいんだ。これから先にあるものを」


 マヒルは口を閉ざし、少しだけうつむいた。

 彼の性格をよく知っている。理屈では止められない頑固さと、誰よりも強い責任感。

 けれど、それゆえに危ういとも思う。

 自分ひとりで全てを背負おうとするから、傷つく。だから――放っておけなかった。


「……私は、恐ろしい」


 マヒルの言葉は、ぽつりと漏れた祈りのようだった。

 彼女の中では、ずっと渦巻いていた感情。心の奥底で形を成さず、言葉にできなかった不安。


「ベクタの魔法は、誰も扱えなかった。だから封じられたんだよ? その力を継いで、もしお前が……お前が壊れてしまったら」


 言い終えたとき、マヒルの目に小さな揺らぎがあった。

 感情が表に出ることは少ない彼女だからこそ、その一言が重く響いた。


 メルノはゆっくりと目を伏せ、拳を握った。

 自分が継ごうとしているものが、どれほど危険かは分かっている。

 だが同時に、それを放り出すこともできなかった。


「……だから、逃げたいという気持ちもある」


 小さな声。それでも、その想いはまっすぐだった。


「未来を、世界を、たとえどんな運命が待っていたとしても、俺は選びたい。この手で選んだ結果なら、きっと受け止められるから」


 風が吹いた。

 その瞬間、大樹の根元から、淡い光が立ち上がる。


 ふたりは、ただその光景が大きな幻想として見えている。


 それは幻想のようで、しかし確かな存在感を持っていた。

 光は空中に浮かび、ゆるやかに形を変え始める。

 ひとつ、またひとつ、記憶の断片のような光景が浮かび上がる。


 ——子ども時代のふたり。

 無邪気に走り回り、笑い合い、大樹の根元に小さな宝物を埋めていた日の光景。


 ——未来。

 燃え落ちるアーラン村。

 ひとり立つメルノ。

 その掌に宿る光と、背負うべき罪。


「……これが、未来?」


 マヒルの言葉が不安に感じる。


 メルノは、足を一歩、前に踏み出した。

 逃げることはできない。見てしまったからには。


「運命回避の処方箋はないから、このまま行くね」


 彼の拳が、静かに震えていた。

 それは恐れでも迷いでもなく、覚悟の輪郭だった。


「運命が定まってるっていうなら、それを壊してみせる。未来を変えるために、俺はこの力を使う」


 そのとき。

 マヒルが、そっと彼の手を取った。

 ひんやりとして、けれど確かに体温のある手。


「……あたしも一緒に見るよ」

 目を逸らさず、彼女は言った。


 時の大樹の葉が揺れ、音もなく天を仰いだ。

 それは、ふたりの誓いに応えるように、優しく、ゆるやかに光を放つ。


 この大樹が映したのは、破滅の未来。

 だが——その未来は、まだ書き換えられていない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ