リュウ3 ~逆襲のインコ~
『この子の名前は、リュウ3
かわいがってあげてください
──おばあちゃんより 』
「ママがね──送ってきたの」と彼女が言った。
「お義母さんが…」
柏木大介は繰り返した。
* * *
柏木大介が家に帰ると、いつものように彼女が出迎える。
軽く抱擁をし、無事を確かめ、リビングに行くと、彼女は見せたいものがあるのと言って、柏木に1枚の手紙を渡す。
そもそも、その手紙よりも気になるものがリビングには居たが、まずは彼女の話を聞くことにする。
「ママからなの」
彼女の表情は、困惑に溢れている。
柏木は、その手紙を読むとこう書かれていた。
『この子の名前は、リュウ3
かわいがってあげてください
おばあちゃんより』
「ママがね──送ってきたの」と彼女が言った。
「お義母さんが....」
柏木大介は繰り返した。
そして合点がいった。
リビングに置かれた鳥かご。
そして中には、緑色のインコが1羽いる。
そのインコは、時折インコ本来の「ピヨッ」と短く鳴くが、それより柏木が気になるのは、人の声をまねて言う短い言葉だった。
マ、マゴ、カワイイ─ オバーチャン、
マゴ、アイタイ、オバーチャン
ピヨッ
もうインコは飼わない。
立て続けに起きた不幸な死を目の当たりにし、鳥を飼うことをやめていた柏木夫妻のもとに、訪れた一羽のインコ。
それは、徒歩10分程度離れた場所に住む、祖母からの贈り物だった。
「ママったら、わざわざ配達業者にお願いしたみたいなの」
ため息混じりに彼女は言うと、「ママに引き取るように電話するね。一緒に話してくれないかしら──」
「わかったよ」と柏木は言う。
孫に会うために、随分と手の込んだ事をするなと、柏木は少し感心した。
たしかに、大二郎──柏木と彼女の間に生まれた子──が、幼稚園に通うぐらいになってから、彼女の実家に行く回数は減った。しかし、祖母は先週も柏木の家に来ては、孫と戯れていたではないかと思う。
ましてや、徒歩10分。
いつでも来れる距離だ。
彼女はスマートフォンを取り出し、スピーカーで祖母に架電する。
”コンピューターおばーちゃーん…”
スピーカーから名曲が流れる。
──わざわざコレにしたのかと柏木は思う。
『”──はい。もしもし。私、おばあちゃん”』かくしゃくとした義母の声が聞こえる。
「ママ、なんで急にインコなんて送ってくるの?」
『”──あら、インコ?”』
「とぼけないで。この子、リュウ3(スリー)? うちではもうインコ飼わないって言ったでしょ!」
『”──リュウスリー? なに? リュウスリーって?”』
「もう、またとぼけて。インコの名前よ、手紙に書いてあるじゃないの!」
彼女は少ししびれを切らしているようだった。
『”──あらやだ、違うわよ”』
「違うって何が?」
『”──リュウスリーじゃなくて、リュウゾウよ。リュウゾウ。じゃあね!”』
というと一方的に義母は電話を切った。
柏木は、なんとも言えない空気を感じる。
一方的に義母が電話を切ってしまったとはいえ、一緒に説得すると言ったものの、一言も言葉を発することなく終わってしまったこの会話に対する不甲斐なさ。
そして、『リュウゾウ』というネーミングセンス。
そういえば──柏木は、『彼女』と出会った時の会話を思い出す。
”──冬由さんでいいのかな?”
現代刑法のゼミ室で、柏木は、彼女の下の名前を確認する。
”ふゆ、ではなくて、ふぃいゆです”
珍しい読み方だな、まるでフランス語のfilleの音に似ている。その意味は『娘』だ。
「まさか、苗字が一緒の人が、ゼミに入ってくるとはね」という会話から、二人は親密になり、お互いの呼び方を確認していた。
彼女は樫木冬由。自分は柏木大介。
「結婚しても、苗字はかわらないわ」と、彼女が小さく笑ったのを柏木は今でも憶えている。
「ママがね、つけてくれた名前なんだけど、フランス語で『娘』っていう意味なんですって。わたし、初めて意味を知ったとき、びっくりしちゃって」
ゆったりとした口調で彼女は続ける。
「なんで、そんな名前つけたの?『娘』ってそのままじゃない。──そうしたら、『出会う人にとっても、その人の娘のように愛される人を願って』って。そういう意味を込めたんだって」
静かに微笑む。
美しい話のようだ、と思う一方、なんて安易なんだろうという思いは拭いきれなかった。
そんな安直でいいのだろうか──いろいろ心配だが、ここは東大法学部に設置された刑法ゼミであり、彼女はその1年生だ──ある意味、それでいい気もする。
柏木自身、自分が常識人ではないと思っているが、目の前にいる彼女も、その親も常識からは少し離れている気がする。
きっと結婚したら苦労するのではないだろうかとその時は思ったが、その「樫木家」の娘と婚姻している自分がいる。
そして、その少し外れた感覚が、柏木のツボにはまったのだ。
「──リュウゾウか...」
柏木は、説得できなくてごめん。時間をかけて、お義母さんに返そう、と妥協としか言えない提案をする。
「そうね。時間をかけて...」
彼女も頷き、言い訳をするように続ける「ちょっと、愛着持っちゃうかもね…」
そうなのだ。
動物好きであり、ある意味責任感が強い彼女は、”二度と飼わない”という約束を自ら破ることはない。
こういった多少、強引な状況にならない限り。
これは、母の娘への深い思いやりなのだろうか。
「こんどは、ちゃんと安全に面倒見ようね」と柏木は言う。
「そうね。お料理や、お掃除されないように──大二郎がいたずらできないよう、寝室にでも」
きっと、それがいい。
柏木も頷いた。
それから数週間後。
リュウゾウはまだ柏木家にいた。
そして、リビングには柏木と冬由のほか、スーツ姿の男が3人と、女性が一人いる。いずれも屈強な体つきで、鋭い眼光を持つ者たちだ。
「奥さん、この場を作っていただき、ありがとうございます」
そのうちの男がかしこまり丁寧な口調で言う。
「いえいえ。柏木くんのお仕事の関係者が来ていただけるなんて──」彼女はにこやかに受け答えをし、挨拶にも似た雑談の時間を過ごす。
場もだいぶ砕けたところで、その男は改まった声で言った。
「──今回、奥さんも居る場で話するのは、”次の事件”では、おそらく柏木君のご家族まで、影響があるのではないか、それはとても危険な状況に置かれるのではないかと...」
皆がその言葉に真剣な表情に変わる。
張りつめる空気。
”次の事件”
柏木もある意味覚悟をしている。
今度の相手は、決して表社会に出てこない彼らとの闘い…。
”奥さん、いいですか。今から話す内容は──”
彼が話し始めると、皆が聴覚を研ぎ澄ました。
──と、その時
ピヨッ
インコが鳴き、そして続ける。
”あンッ!”
”ぁんっ! イッちゃうっ!! あぁんっ!! イクっ! 気持ちいいッあっアアアッ!!”
インコが、冬由の声真似を始めた。
「ちょっとーやめてー!」
顔を真っ赤にして、寝室へ走り出す冬由。「おねがいやめてー」という声が聞こえる。
ピヨッ
ぁあんっ!
リビングに残される5人。
「な、仲がいいですね」
困り果てた同僚から絞り出されたのはその言葉だった。
* * *
それから約1年後。
柏木から内祝いをもらった同僚たちは、「ああ、あの時の子か──」と思わざるを得なかった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
タイトルからして変わっているので、なかなか開くには勇気が必要なんじゃないかなと思います。
そのせいもあってか、他のサイトにも掲載していたんですが、PVがほぼゼロで、(鳥だけに)鳴かず飛ばずの状態でした。
反応もないので、ChatGPTやGeminiに書評をしてもらったところ、ブラックユーモアに対して真面目に書評を返してくれた内容が面白かったので、のちのち参考として投稿します。
とりあえず、鳥三部作として完結です。