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問題児後輩のお世話係

作者: むき


 高校二年に進級してから早二カ月。受験期という学生にとっての地獄と忍耐の一年間を送る最後の期間の前。つまりは進路について本格的に決めておかねばならない時期。


 クラスの友人達も続々と日常会話でこれからの自分の未来像について語り始めている。


 そんな中特に何も決まっていないのが今の俺だった。


「はあ........」


 学校の教室の一つ、その室内で進級前に使用していた椅子に座りながら一枚の紙を睨みつけ溜息がこぼれた。


 ”進路調査”と用紙に記載された文字の中で一際大きく表示されている文字がこれほどまでに重苦しく感じる時期が自分にもついに来てしまった。第一、第二、第三と自分の志望する進路を記載することが出来るのだが、現時点で三つともに未記入の空欄が続いている。この紙が学年全体で配られたのは一週間ほど前。


『注意事項として言っておくけど、この進路調査は年間で二回行われる。一学期の今回と二学期の後半、冬休みに入る前だな。でもだからって適当に記入するのは止めろよ。この進路調査で学校側のこれからの方針なんかも職員会議で決めるんだからな。猶予は約二週間あるから真面目に考えて書けよ~』


 用紙を配られた際の担任の教師から言われた期間まで残り一週間もない。


 ”進学”と”就職”。この二つの選択肢があるのだがやはりどちらもピンと来ていない。


 勉強は嫌いだが出来る出来ないで評価されるのであれば出来る方だと周囲から見なされている。事実学年で十位以内には名を連ねているからだ。だからこそ周囲からも”進学”をするものだとみなされて話を振られる。


 であれば”就職”かと言われても簡単には口に出来ない。これまで一切バイトの経験も社会経験も何も身につけていない学生がいきなり社会に出るのだ、不安で仕方がないというのが正直な所だ。


 それならば何かやりたいことを見つける為に大学に”進学”するというのも考えられるのだが、どうしても高い学費を払って四年間を費やす程の価値が大学というものにあるのかと疑問に思ってしまう。


「.......先輩?」


 用紙に気を取られていると正面から俺を呼ぶ声が聴こえた。俺は用紙から視線を正面に座る後輩の女の子へと移した。


 彼女はいつもの気怠そうな表情を俺に向けていた。


「ん、何?」

「いや、溜息ついてたから..........何か嫌なことでもあったのかなーって」

「これだよ」


 そう言って俺は彼女に見せるように持っていた用紙を見せた。


「”進路調査”。何も書いてないね」

「まだ何も決まってないからな。適当に書くにしては何か重たいし。どうしたもんかって感じ」

「なら私が書いてあげようか?」

「........変なこと書かれそうだからダメ。そんなことよりもどの部分で躓いてんだ?」

「ここ」


 進路は取り合えず今は置いておくとしてと用紙を自分のリュックの中にしまう。そして彼女が躓いているであろう箇所を口頭で教える。出来るだけ分かりやすく受け取ってもらうために言葉を考えながら伝えると、その頑張りが功を奏し、彼女は空欄部分の解答用紙に記入をした。


「先輩って教えるの上手だよね」


 そこからは黙々と問題文を読んで記入。彼女が助けを求めるまで特にすることもなく、ただ時間だけが過ぎるのを窓の外の夕日を見詰めながら感じていた。その時、彼女が口にした言葉は助けではなく俺を賞賛する言葉だった。


「........たまに友達にも教えたりするからな」

「先生に向いてるんじゃない?」

「教師にか?」


 学生にとって家族以外で最も近い大人の存在。働いた経験のない俺にとって家族、親戚の次に仕事ぶりを見ている人達だった。


「考えておくよ」


 彼女の言葉で選択肢に含めるのも悪くはないかもしれないと思った。


「そうなると私が先輩の最初の教え子ってことになるね」

「......なんともまあ問題児な第一号だな」

「先輩だってそうじゃん」

「お前程じゃないだろ」


 そもそも何故二年生の俺が一年生の彼女の勉強を見ているのか。それは俺と彼女が揃って教師達の頭を悩ませる存在だからだ。 


 彼女は時雨(しぐれ)朝日(あさひ)。今年入学したばかりの一年生でありながら既にその名前は学年を飛び越えて二、三年にも響きつつある。その原因は圧倒的なまでのサボり癖。朝のHRから自分の教室にいることは滅多になく、かつ昼時になって登校することが現時点で多い。それでいて学校に居たとしても校内で彼女が見つけたサボり場所で昼寝をしたり読書をしたりと授業そのものに出席しないことも多数。一年でありながら既に進級など考えてもいないという清々しいまでの態度を取り続けている。でもってそんな生活を続けているものだから当然のことながら授業内容など殆ど頭に入っておらず一年の学力を図るための成績に一切影響が出ない試験において彼女は全五教科の内四教科で一桁を叩き出した。残りの一教科は二桁であったがそれでも両手で数えられるだけの点数を引いてしまえば一桁になるという程の低い点数だった。「授業に出ない」「学校に来ない」「成績は悪い」と学校側を悩ませる存在に一気に君臨したのが朝日だった。


 かく言う俺も時雨程ではないにしろ問題児だと教師陣から思われている。程度で言えば朝日の下位版みたいな可愛らしいものだが、それでも一切変わる気がないことが問題らしい。そこらへんは自己認識している。しかし毎度成績上位十人の中に入り込んでいるお陰で大きな説教のようなものを受けた経験はなく軽い注意なもので済んでいる。


 そんな俺と時雨だが出会いは二週間ほど前、俺が授業をサボる時に使っていた場所に時雨が居たことで不真面目な関係が始まった。不真面目と言っても特に男女の関係になりそうなことは特になく、授業をサボって並んで小説を読んだり、日常会話をしたり、買ってきたスナック菓子を広げてお菓子パーティーを開催するといったものだ。


「先輩は良いよなー。成績良いからそこまで怒られないんだから」

「学校っていうのはそういうもんなんだよ。人間性じゃなくて如何に学校側にとって不利益な行動を取るか取らないかで生徒を判断するんだから、成績が良いイコール学校での教えが良いっていう周囲の評価が勝手につくから、俺に対して強くいって勉学へのやる気がそがれたら本末転倒。今みたいに変な感じに落ちついてるんだよ」

「先輩だけズルい」

「時雨も少しは真面目に勉強すればそれなりの点数叩き出せるだろ。お前が自頭良いの分かってるからな」


 一緒にサボって仲良くなっていく内に分かったのは本当に時雨は勉強をしていないだけで自頭の方はよく、教えればすぐに問題を解ける力があること。


「嫌だよ。今だって先輩が見てくれてるからやってるだけだし」

「これが罰だってこと思い出せよ」


 事件は三日前。時雨はいつものように、俺は一週間に三日ほどの頻度で発生するサボり癖でいつも使っているサボり場所で二人して他愛のない会話を繰り広げていた時の話だ。偶然私情で学校へ来るのが遅れた女性教師と目が合ってしまいそのまま二人揃ってその女性教師に捕まり生徒指導室へ連行されてしまった。その時二人揃って小言を言われたが、俺の方は兎も角時雨に至ってはとんでもない雷が落ちた。


『時雨さん!このままの生活態度と成績だと普通に留年しますよ!それに夏休みや冬休みと言った大型連休も補講になると覚悟しておきなさい!!」

『は~い』

 

 学生にとってかなり重要な内容だったが当の本人は全くそれを聞き入れるつもりはないようだった。流石にここまでの不真面目だと怒りを示す先生に同情の念を隠し切れなかった俺だが、ここで介入したとしても時雨本人のやる気の問題。俺がどうこう出来る問題ではないとだんまりを決め込んだ。


 流れが変わったのはそこから数分後。遅れてやってきた時雨のクラスの副担任が合流した時だ。


『だったら矢野(やの)が時雨に勉強を教えれば良いだろ』


 この先生は去年は俺のクラスの副担任をしていた。だから俺の成績が良いことも、時雨の成績が悪いことも理解している。その二つを合わせて今回の件を水に流す代わりに俺が時雨の勉強の世話をすることを提案してきた。


「放課後を使ってまで教えてるんだからマジで次の試験は良い点数取ってくれよ」

「じゃあご褒美が欲しい」

「例えば?」

「例えばじゃなくて。もし五教科赤点回避したら私とデートして」

「........」


 時雨の目は真っすぐ俺の目を見ていた。いつものやる気のない態度は何処へ行ったのかと疑問が出るが、これまでの時雨の印象からかけ離れた言葉の要求に素直に驚いた。


「............ごめん、やっぱり今の無しで」


 顔を赤くして俯きながら時雨は手で顔を隠して訂正を入れた。


 だが俺は時雨の要求を吞むことにした。


「別にいいぞ」


 これには流石の時雨も驚いた。


「え!いいの!?」

「それでやる気が出るなら安いもんだろ。別に俺、時雨の事嫌いじゃないし」

「!.....ん~~~~!!!」


そう言うと再び時雨は顔を紅くさせ、教科書で顔を隠した。


(そういうところなんだけどな)


 学校内で時雨はどう考えても問題児。この評価は俺の目から見ても正当なものだと思う。


 しかしだからと言って時雨の内面性の全てが悪い方向へ向いている訳ではないのを俺は知っている。学校内で噂をされている時雨の印象と今の時雨の様子とではかなりの差がある。


 俺は時雨を問題児と思う反面、この学校にいる女子生徒と変わらない女の子らしさを持っていることを知っている。


(.......まだ、言えないな) 


 時雨がどのような感情を俺に抱いているのかなど彼女の接し方に違和感を覚えた時から察している。それを敢えて知らないふりで突き通しているのは俺の我儘。今置かれている環境は罰で一緒に放課後勉強の世話をしているだけに過ぎない。


 関係を変えるのはこの罰が終わってからだと決めてから俺は顔を隠す時雨の教科書を奪うために手を伸ばした。

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