06 白む朝
エンシオはシャツとズボンを身にまとうと、寝台で眠る彼女を残して、部屋を出た。
先刻上がってきた階段を下り、廊下の奥の洗面所へと向かう。
そこはクロエが倒れたときのままの状態になっており、ブラシやタオルが床に散乱していた。
ざっと片付けて、陶器のボウルに湯を入れながら、先ほどまでの彼女の様子を思い出す。
はじめてのことに戸惑い、恥じらう彼女の姿は、なんとかして一生脳裏に焼き付けておきたいほど愛らしかった。
まるで少年のように高揚している自分につい苦笑する。
そのとき、不意に遠くのほうでドアの閉まる音が響いた。
◇
「ふあ……」
クロエはあくびをしながら目を開けた。気付くとエンシオの姿はなく、一人で寝台にねそべっていた。
シーツに彼の体温とオーデコロンの香りがかすかに残っている。
(私……エンシオと、あんなこと……)
思い出しただけで頬がかっと熱を持つ。涙が出そうなほど恥ずかしかったが、同時にこそばゆくて口元がゆるむ。
(エンシオ……)
ぼんやりとさっきまでのことを思い出しながら布団を抱きしめていると、階段を上ってくる足音が聞こえた。
彼が戻ってきたわ!
クロエは熱くなる頬をおさえて、布団の中にもぐりこんだ。
やがて寝室の扉が開く音がし、足音が部屋の入り口で止まった。
(どんな顔をしていればいいのかしら……)
悶々としながら布団に隠れているクロエの耳に、予想外な声が飛び込んできた。
「お嬢様……?」
その声はエンシオのものではなく、クロエは文字通り飛び上がって布団を跳ねとばした。
「マ、マーティン……?!」
休暇で出かけているはずだった庭師のマーティンが、ドアの前で目を丸くしている。
「お、お嬢様、どうして裸──そんな格好でベッドに──?!」
「あっ、きゃあああっ!」
「クロエ……? 何があった?」
廊下の向こうから駆けてくる音がしたあと、エンシオがマーティンのうしろから顔を覗かせた。
「っ……!」
クロエは声にならない悲鳴をあげて布団を抱き寄せた。
「どうした、きみはたしか園丁の……?」
「は、はい、マーティンと申します」
マーティンは、ラフな出立ちのエンシオとほとんど裸のクロエを見て、唖然としている様子だった。
「え……と、俺はその……この家が大変な目に遭っていると聞いて、急いで休暇から戻ってきたんです。誰もいないかと思って部屋を開けたら、お嬢様が……」
しどろもどろになるマーティンの横で、クロエは恥ずかしさから顔を真っ赤にしている。
エンシオは眉間を揉んでため息をついた。
「とりあえず──一旦、全員落ち着こうか」