前編
mixi2の異世界恋愛作家部、
『愛が重いヒーロー企画』参加作品です。
ましゅろうの愛が重〜いヒーローをお楽しみくださいませ。
「察しなさい。貴女が生涯身を置く宮廷内は建前と偽りで溢れているわ。でもその建前や偽り、お茶を濁した言葉にこそ、本音が隠れているものなのよ。さすれば察するのみ。何事もいち早く相手の心情を察するのです。それが高貴な女の処世術なのよ。わかりましたね、オフィーリア」
「はい。わかりましたわ、おばぁちゃま」
王女として傍流の公爵家に嫁下したおばあ様が生前、わたくしに授けてくださったその言葉は、今でもわたくしの生きる指針でありますの。
“お察しする”
そう。高位令嬢たるもの、相手に一から十と、皆まで言わせてはなりません。
わたくし、ロッテンフィールド公女オフィーリアは齢八歳にして、その事を深く理解し実践して参ったのですわ。
そしてそれから十年後、わたくしはとある光景を見て、人生最大の“お察し”をしたのです。
王太子妃教育のカリキュラムのひとつ、
『出そうになる欠伸を、顔を一ミリも動かさずに咬み殺す技法』の講習が早めに終わったわたくしは、今が盛りの薔薇を愛でようと王宮の庭園へ足を運びました。
そしてそこで見てしまったのです。
咲き誇る薔薇の庭園にて仲睦まじげに薔薇を鑑賞される、王太子エルリック殿下とジョンストン伯爵令嬢バネッサ様を。
エル様(エルリック殿下の愛称)はわたくしの婚約者でございますの。
そしてバネッサ様は最近行儀見習いとして、王妃様の側付きの末席に加わった方ですわ。
お二人は当然、王妃様を介して面識がございますが、まさか二人だけで庭園を散策されるほど仲良しさんにお成りあそばしていたとは……。
わたくしは供に連れていた侍女と護衛騎士に「お嬢様?」と怪訝な顔をされるのを他所に、サッと庭園の木の陰に隠れましたわ。
そしてその陰からお二人の様子を覗き見しましたの。
え?覗き見なんて淑女にあるまじき行いですって?
何を言っておられるのかしら。淑女だからこそ、魑魅魍魎蠢く宮廷で生き残るために、時と場合を選んで手段は選ばず……を実行するのですわ。
……コホン、お話が逸れてしまいましたけれど、とにかくお二人ともとても楽しそうに薔薇を眺められて、会話もとても弾んでいるご様子。
でもどちらかというと、可愛らしくモジモジされているバネッサ様にエル様が積極的に話しかけられている感じね?
まぁ……エル様ったら普段はわたくし以外のご令嬢とあまり個人的に接することをなさらないのに、あのように楽しげにお二人だけで(周りに側近や侍従が沢山おりますけども)薔薇を愛でることもなさいますのね。
意外な一面ですわ。
一体何を話されているのかしら?
エル様の表情がとても柔らかいわ。
それにバネッサ様は庭園の薔薇に負けないくらいに頬を薔薇色に染めていらっしゃる。
まぁ……なんて愛らしいのでしょう。
まるで恋する乙女ですわ……。
キュピーンッ!
「はっ!お察し!」
その時、わたくしは察してしまいましたの。
お二人は……、エル様とバネッサ様は恋をしていらっしゃるのだわっ!……と。
エル様のお優しい表情と楽しげに会話をされているご様子で、わたくしはお察しいたしました。
エル様の真の胸の内をっ……!
なんという事でしょう。
まさか、婚礼まであと一年チョットとなって、エル様に真実の愛のお相手が見つかるなんて……!
わたくしとエル様は生まれる前から婚約が結ばれていた、いわば政略的なもの。
この国で最も位の高い男児と最も位の高い(王族を除く)女児が同じ年に生まれるとわかり、王家と筆頭公爵家の繋がりをより強固にするために婚約が結ばれたと聞きましたわ。
わたくしとエル様は生まれる前から決められていた婚約者同士。
それでも、わたくしはずっとエル様のお側に居て、ちゃんと彼に恋をしましたの。
エル様がわたくしの初恋の人なのです。
だけどエル様は違ったのね……。
どちらかというと女の子が苦手だったエル様。
そんなエル様がわたくし以外に唯一、あのように楽しげに接する事が出来るなんて。
間違いないわ。エル様は初めての恋をされたのだわ……。
つきん。
「……薔薇の鑑賞はまた今度にするわ……今日はもう屋敷に戻ります……」
わたくしはふいに感じた胸の痛みに耐えられず、侍女と護衛騎士にそう告げてその場を去りました。
あぁ……どうしたらいいの?
エル様のお心を知ってしまったのに、このまま何も知らないふりをして婚約を続けてもいいの……?
わたくしは酷く心を揺さぶられながら、馬車にも揺さぶられて王宮を後にしたのです。
屋敷に戻ってもわたくしの心は千々に乱れるばかり。
当家のパティシエ自慢のシャルロットフリュイが二切れしか食べらなかったわ……。
あぁ……本当にどうすれば……。
わたくしは考えに考え、そしてとにかく考え抜いて、とある結論に達しました。
「エル様との婚約を解消しますわ……」
エル様を政略結婚の柵から解放して差し上げる。
だって、そうするのが一番良いのですもの。
王太子だからと、将来の為政者だからと、政略に縛られた結婚を我慢しなくてもいい筈。
逆に、生涯重責を背負い続けるエル様だからこそ、伴侶くらいは好きに選ぶべきだとわたくしは思うわ。
……それがわたくしでない事が堪らなく辛いですけれど。
でも、エル様のことが大好きだから、彼には幸せになって欲しいんですもの。
人を好きになるって素晴らしいことだわ。
わたくしはエル様に恋をして、その素晴らしさを知ることが出来た。
だから今度はエル様の番ね。
わたくしが恋をして幸せだった分、今度はエル様に幸せになってもらう番だわ。
「そうしたらわたくしは幸せでなくなってしまうけれど……」
でもでも!他に想う方がいるエル様と無理やり結婚してもお互いに不幸なだけだわ。
結婚式はもう来年だけれども、今さら中止にするなど大変な事になってしまうかもしれないけれど、だからこそ一日も早くエル様とお話をしてこの婚姻を取り止めねばならないわ。
わたくしひとりの力では難しいけれど、王太子であるエル様がゴリゴリごり押しすればなんとかなるかもしれない。
だってエル様はとても優秀な方ですもの。
わたくしは決心が鈍らぬよう、自分を鼓舞するために声に出して言いました。
「そうと決まれば、明日にでもエル様にお伝えしなくては!」
この婚約を解消しましょうと。
あなたは真に愛する方と結ばれるべきだとお伝えしましょう。
わたくしが全てをお察しして、エル様のお心を煩わさずにしなくては。
それが長年エル様の婚約者として彼の側にいたわたくしの最後の務め。
天国のおばあちゃま、どうかわたくしを見守っていてくださいませね……。